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オーストラリアの“ブルース狼” ウルフ・メイルが帰還。熱情のブルース・ギターが心の扉を叩く

山崎智之音楽ライター
Wolf Mail / BSMF Records

オーストラリアの“ブルース狼” ウルフ・メイルが帰ってきた。ニュー・アルバム『ザ・ウルフ・イズ・アット・アワ・ドア』は、当代随一のギター・スリンガーが音楽ファンの心の扉を叩く入魂の一撃だ。

ブルースの伝統を受け継ぎながら、新鮮でエキサイティングな演奏を聴かせる本作。ロッキンなブルースから泣きのリード・ギターまで豊かな表現力で聴く者を翻弄、ソングライター・シンガーとしても刺激と円熟を兼ね備えている。

2023年型ブルースの快作を引っ提げて、世界にその牙を食い込ます。インタビューで、ウルフが吠えた。

Wolf Mail『The Wolf Is At Our Door』ジャケット(BSMF Records/現在発売中)
Wolf Mail『The Wolf Is At Our Door』ジャケット(BSMF Records/現在発売中)

<音楽そのものにエキサイト出来るアルバム>

●久しぶりのニュー・アルバム、待っていました!

うん、前作『アバヴ・ジ・インフルエンス』から10年ぶりの新作なんだ。2015年にノルウェーでレコーディングしたライヴ・アルバム『Wolf Mail At The Oseana Auditorium』を出したしオーストラリアの女性シンガー、ミレーナ・バレットとアルバム『Lazybones』(2018)を出したけど、自分のスタジオ・アルバムは久しぶりだよ。ただ、休んでいたわけではない。ずっと世界中をノンストップでツアーしてきたよ。それから“ピーター&ザ・ウルフ”というプロジェクトもやったんだ。フリートウッド・マックの偉大なギタリスト、ピーター・グリーンの音楽をプレイするライヴで、すごく盛り上がったんだ。新作の曲は2019年に書き始めて、2020年にアメリカとオランダでアルバムをレコーディングする予定だった。でもコロナ禍のせいで家から出られなくなって、すべての作業が遅れることになったんだ。

●“ピーター&ザ・ウルフ”について教えて下さい。前回、2013年に日本でプレイしたときも「ニード・ユア・ラヴ・ソー・バッド」をプレイしましたが、その頃からピーター・グリーンの曲をプレイするプロジェクトをやろうと考えていたのですか?

当時は考えていなかったけど、ピーター・グリーンはずっと前から特別な存在だった。俺が10、11歳の頃、母親が初期フリートウッド・マックを聴いていたんだ。彼のギターとヴォーカルは繊細で、直接的に自分の感情を露わにしていた。残念ながら彼と会う機会はなかったけど、その音楽とギターは自分の中に染み込んでいるし、多大な影響を受けてきたよ。ピーターが亡くなったとき(2020年)シドニーでジャーナリストをやっている友人と話して、ぜひやろうと盛り上がったんだ。「アルバトロス」「オー・ウェル」「ブラック・マジック・ウーマン」「ザ・スーパーナチュラル」「ローリング・マン」「ランブリング・ポニー」それからもちろん「マン・オブ・ザ・ワールド」...ピーターが初期フリートウッド・マックやジョン・メイオールズ・ブルースブレイカーズで弾いた曲を自分で弾くことで、ギターにエモーションを込めることを再認識したよ。ライヴをレコーディングして、出来が良いんでライヴ・アルバムにしようかとも考えているけど、スタジオでも数曲をレコーディングしたんだ。「ニード・ユア・ラヴ・ソー・バッド」「オー・ウェル」「マン・オブ・ザ・ワールド」、あと何曲かね。まあ、どうするか考えるよ。『ザ・ウルフ・イズ・アット・アワ・ドア』のアナログ盤LPのみのボーナス・トラックとして「オー・ウェル」のライヴ・ヴァージョンを収録するんだ。自分にとって思い入れの強い曲で、とても気に入っている。

●ゲイリー・ムーアもピーターがプレイした曲をカヴァーするアルバム『ブルース・フォー・グリーニー』(1995)を発表しましたが、聴いたことはありますか?

もちろん!全曲ではないけど、数曲を聴いて、素晴らしいと思ったよ。ゲイリーはロックをやっている頃から聴いていたけど、そのハードな部分をピーターのソフトなスタイルと融合させて、独自の個性を築いていたね。

●ピーターといえばゲイリー・ムーア、メタリカのカーク・ハメットに受け継がれたギブソン・レスポールを弾いていたことで有名ですが、あなたはテレキャスターをメインに弾いてきました。“ピーター&ザ・ウルフ”ではどんなギターを弾きましたか?

“ピーター&ザ・ウルフ”のライヴでは1972年製ギブソン・レスポール・デラックスを弾いたんだ。ジェイミー・モーゼズがブライアン・メイのバンドでやっているとき、彼がブライアンから譲ってもらったものだよ。ピーターのレスポールと同じようにフロント・ピックアップが逆になっている。彼のトーンを出すのにはぜひ必要だと思ったんだ。

●“ピーター&ザ・ウルフ”をやったことで、『ザ・ウルフ・イズ・アット・アワ・ドア』の音楽性に影響があったと思いますか?

俺がこれまでやってきたこと、今やっていることはひとつの線で繋がれているんだ。俺のギター・スタイルはピーターやエルモア・ジェイムズ、B.B.キングなどから影響を受けてきたし、それは新しいアルバムでも表れていると思う。ただ、テーマ的には両者に共通するものはないと思う。“ウルフ”は俺の名前だけど、世界の闇を象徴する“狼”を指している。現代の社会情勢を反映した、ダークな面のあるアルバムなんだ。

●『ピーターと狼』から『3匹の子豚』という、童話をモチーフにしたタイトルが続くのが興味深いですが、それは意図したことですか?

うーん、そうであり、そうでもないような...(笑)。俺は音楽に対してシリアスに取り組んでいるけど、過剰にガチガチになることなく、どこかにユーモアも忍び込ませるようにしているんだ。それで童話を思わせるタイトルを使ったんだよ。

●「ホェン・アイム・ゴーン」のメロウなリード・ギターなどはピーター・グリーンを彷彿とさせるものがありますね。

とても気に入っている曲だし、そう言ってもらえると嬉しいね。決してピーターのように弾こうと意識したわけではないけれど、彼からの影響が表れているかも知れない。ロックであることよりも、繊細なエモーションを重視したんだ。

●ブルースには100年以上の歴史があって、“モダン・ブルース”と呼ばれるスタイルですら1960年代に盛り上がったものですが、21世紀においてブルースの様式に則った“新曲”を書くことは困難を伴うでしょうか?

“新しいこと”をやっているつもりはないんだ。俺がやろうとしているのは自分にとってエキサイティングな音楽だ。自分のエモーションに導かれるまま、信じる音楽をやるだけだよ。ペンタトニックのスケールとかI→IV→Vのコード進行がブルースではない。ブルースを感じて、ブルースを生きることがブルースなんだよ。確かにブルースには100年以上の歴史があるし、あれもこれも歌われ尽くしたと思う人も多いだろう。でも俺にとってはパーソナルな、生の経験なんだよ。自分らしくあることで、それは他の誰とも異なったものになるんだ。ブルースの根底にあるのは苦悩と心の痛みだ。それをありったけのハート&ソウルで表現するのがブルースだよ。表面だけをなぞっても、それはブルースではない。心の奥底から湧き出る誠実なエモーションが大事なんだ。愛する人を失う悲しみや仕事の辛さは、世界のどこだって同じだ。だからミシシッピやシカゴに生まれなくても、カナダでもオーストラリアでも日本でも、どこ出身でもブルースは歌えるんだよ。あと俺の場合、記憶に残るフックのある曲を書こうと心がけている。ライヴでみんなに歌ってもらうのは、いつだってスリルだからね。

●『ザ・ウルフ・イズ・アット・アワ・ドア』ではどんな音楽性を志しましたか?

ソングライティングとアレンジ、プロダクションに時間をかけた。バック・ヴォーカルやピアノなどを含めて、細部にこだわっているよ。最初からそうしようと思ったわけではなく、コロナ禍でツアーが出来なかったことで、不幸中の幸いだったんだ。そのおかげで、どの曲もより効果的になったと思う。ただ気を付けたのは、いじり過ぎて滅菌されて、ライヴ・フィーリングを失わないことだった。顔面に叩きつけるようなエネルギーのあるアルバムになっているよ。そこいら中に山ほどあるブルース・ロック・ギター・アルバムに陥ることなく、音楽そのものにエキサイト出来るように心がけた。

●レコード会社のプレス・リリースでタイトル曲「ザ・ウルフ・イズ・アット・アワ・ドア」がマディ・ウォーターズの『エレクトリック・マッド』(1968)と比較されていますが、それはあなた自身の意見ですか?

それはプレス・リリースを書いてくれた友人のジャーナリストの視点だよ。俺自身は「ザ・ウルフ・イズ・アット・アワ・ドア」を書いたとき、『エレクトリック・マッド』は意識していなかった。でも生々しいグルーヴ感があるエレクトリック・ブルースという共通点を指摘されて、面白いと思ったんだ。「バッド・アス・ブルース」にもそんなヴァイブがあるね。『エレクトリック・マッド』に賛否があったのは知っているけど、俺は好きなアルバムだし、比較されるのは光栄だ。マディの音楽は、どの時代だって最高だ。確かに一風変わった作品だけど、やはり素晴らしいよ。

●「アーリーン」はリトル・リチャードの「ルシール」やチャック・ベリーの「メイベリーン」ばりに女性名をタイトルにしたロックンロールですが、アーリーンさんは実在の人物ですか?

十代の後半、ロサンゼルスに住んでいたんだ。初めての自分の車は中古の1963年シヴォレーのノヴァだった。半年ぐらい車内で暮らしていたこともあった。その頃、ローレル・キャニオンに住んでいる女の子と付き合っていたんだ。彼女の名前がアーリーンだったんだよ。彼女は去ってしまったけど、当時の思い出を歌ったのがこの歌だ。古き良きロックンロールだよ。アルバムの曲を書いているときに亡くなったリトル・リチャードへのトリビュートでもあるんだ。B.B.キングのルシールみたく、自分のギターにアーリーンと名付けても良いかもね!

●「ローナー」はフレディ・キングばりのギター・インストゥルメンタルですね。

うん、フレディのインストゥルメンタルはロッキンなアタックのあるギターが好きだし、自分のスタイルの一部となっているよ。

●アルバム唯一のカヴァー曲であるダン・ペンの「ライク・ア・ロード」(別題「ライク・ア・ロード・リーディング・ホーム」)について教えて下さい。

アルバート・キングがやっているのを聴いて、恋に落ちたんだ。まずライヴでプレイするようになった。お客さんからの反応もすごく良くて、「どのアルバムに入っているの?」と何度も訊かれたから、レコーディングすることにしたんだ。カヴァーをするときは、自分なりのエモーションを込めることが大事なんだ。まるで自分が書いた曲のようにね。

Wolf Mail in Japan 2011 / courtesy of BSMF Records
Wolf Mail in Japan 2011 / courtesy of BSMF Records

<世界のさまざまな文化を繋ぐのがブルース>

●ブルースを聴くのは、カヴァー曲のオリジナルを掘り下げるのも楽しみのひとつです。あなたが「ニード・ユア・ラヴ・ソー・バッド」を弾くのを聴いたファンはフリートウッド・マックのヴァージョンも聴いて、オリジナルをリトル・ウィリー・ジョンが書いたことを知ったり、ピーターがB.B.キングのヴァージョンを下敷きにしたとルーツを探求することが出来ます。その一方で、音楽を純粋に楽しむのでなく、教条主義的になってしまうリスクもあります。ブルース音楽において知識や教育はどの程度必要でしょうか?

うーん、どうだろうな...俺は好きな曲が誰かのカヴァーだと知ると、オリジナルを聴いてみたいと思う方だけど、それは自分が聴きたいからであって、誰かに「聴け!」と強制されたわけではない。音楽はそういうものじゃないよ。俺が「ニード・ユア・ラヴ・ソー・バッド」を弾くのを聴いて「クールな曲だ。ふーん、フリートウッド・マックもやっているんだって?よし、聴いてみよう」と言って遡ってみるリスナーがいたら最高だけど、音楽は大学の講義でもロケット工学でもない。音楽は“感じる”ことが重要なんだ。俺の母親はエルモア・ジェイムズが好きで、よく聴いていたんだ。彼女には本当に感謝しているよ。俺もいつも聴いていて、学校の友達に「ブルースが好きなの?」と訊かれた。「ブルース?何それ?」と訊き返したよ。本当に知らなかったんだ。それからエルモアと同時代のブルースメンや、彼から影響を受けたプレイヤー達を聴き漁ったけどね。エルモア・ジェイムズ、ロバート・ジョンソン、チャック・ベリー、リトル・リチャード...ルーツを探すうちに新しい地平線が開けていくのは、素晴らしい経験だったよ。

●あなたはカナダに生まれ、アメリカとフランスで育ち、現在オーストラリア在住ですが、地域によってブルースのスタイルはそれぞれ異なりますか?

いや、世界のさまざまな文化を繋ぐのがブルースなんだ。俺が生まれ育った国々はもちろん、これまでツアーしてきた南米やロシアでも、ブルースは共通言語だよ。たまに「オーストラリアにブルースはあるの?」とか訊かれたりするけど、AC/DCのアンガス・ヤングだって根底にあるのはブルース・フィーリングだよね。ケヴィン・ボリッチはメインストリームで成功しているし、どの都市にも活発なクラブ・シーンがあって、ブルースやジャズ、ロックなどのライヴが行われている。

●デヴィッド・ボウイ「レッツ・ダンス」のミュージック・ビデオではスティーヴィ・レイ・ヴォーンのギターがオーストラリアの風景と見事にマッチしていますね。

うん、その通りだ。オーストラリアはブルースに適した国だよ。これから才能あふれる新しいプレイヤー達が世界に打って出ることになるだろうね。

●今後の予定について教えて下さい。

今年(2023年)の秋にオーストラリアと日本でツアーをやる話し合いをしているんだ。その後、11月から12月にかけてヨーロッパを回る。オランダ、チェコ、スイス、ドイツ、オーストリア...世界を回って、音楽をプレイするのが俺の生業だし、これ以外の仕事をする気はないよ。

●これまで4回の日本公演を行っていますが、どんな思い出がありますか?

(2009年、2010年、2011年、2013年)

誰もが敬意を持ってくれて礼儀正しく、最高の経験だった。日本で俺のアルバムを出してくれるBSMFレコーズとの関係は良好だし、みんな音楽に情熱を持っていて、ライヴの後に声をかけてくれる人々もフレンドリーだ。しばらく行けなくて、ほとんどホームシックの気分だよ。

●レコーディングの予定などはありますか?

まだ決定事項はないけど、既に新しい曲を書いているし、来年(2024年)になったらスタジオ・アルバムを作るつもりだよ。失われた時間の埋め合わせをしたいんだ。

●あなたは1980年代にオジー・オズボーンやビリー・アイドルのバンドのオーディションを受けた経験もありますが、今後ストレートなロックをやる可能性はありますか?

どうかなあ?俺の中からブルースを取り去るのは不可能だし、ストレートなヘヴィ・メタルをやったりはしないよ。でもザ・ローリング・ストーンズやブラック・クロウズのようなブルース・テイストのあるロックンロールならやってみたい。彼らほどうまくやれるか知らないけど、楽しそうだよね。

●TikTok世代の若い音楽リスナーにとってブルースは20世紀の音楽と見做されがちですが、彼らにブルースを聴かせるにはどうしたら良いでしょうか?

元々ブルースがメインストリームだったことはないんだ。20世紀だっていつだって、熱心なファンに支えられてきたんだよ。俺はブルースの未来が明るいと考えている。ゲイリー・クラーク・ジュニアやマーカス・キングのような新世代のミュージシャンも登場しているし、クリストーン“キングフィッシュ”イングラムもすごく良いよ。彼らのライヴを目にする機会があれば、ブルースのリスナーはもっと増えるだろう。しかもブルースはたった1音で感情を表現することが出来るから、即効性がある。飽きっぽい音楽リスナーだって、きっと魅了されるよ!

【アルバム情報】

ウルフ・メイル

『ザ・ウルフ・イズ・アット・アワ・ドア』

BSMF Records

現在発売中

https://www.bsmf.jp/?pid=173391182

【公式ウェブサイト】

https://wolf-mail.com/

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,300以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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