男子バレー世界選手権、フランスにフルセットで敗戦も「悔しさ」と「希望」を感じさせる大きな一歩
ベスト8進出をかけ立ちはだかるのは世界王者
惜敗、か。大健闘、か。
書き出してなお悩む。そんな言葉で表しきれるだろうか、と。
男子バレー世界選手権、準々決勝進出をかけ6日(現地時間5日)、日本代表は東京五輪と今夏のネーションズリーグを制したフランス戦に臨んだ。
正直に言うならば、1次リーグを突破した後、ベスト8をかけた戦いがフランスになったと知り、「厳しい」と思った。むしろ16チームの中で一番嫌な、ここで当たりたくなかった相手、とも思っていた。
なぜか。個の力、組織力、経験値、守備力、攻撃力。どれをとってもフランスの値は高く、細かなスキルや判断力など項目を分けて五角系、十角形に分類してもきっとデコボコの少ない円に近い図を描く。バランスという面で、フランスは頭一つ抜けている印象が強く、事実、今季のネーションズリーグでも二度敗れている。
さかのぼれば16年のリオデジャネイロ五輪最終予選で日本が勝利してはいる。だがその時はすでにフランスの五輪出場、日本は五輪出場が経たれた後の最終戦で、フランスのフルメンバーは出場せず、アップゾーンでサッカーに興ずる姿を何とも言えない思いで見ていたことも、未だ鮮やかに思い出すことができるほどだ。
日本時間朝4時、まだ陽が昇る前の薄暗い時間に始まった第1セットから、フランスのパフォーマンスは圧巻だった。互いに負けたら終わりの決勝トーナメント、少なからぬ緊張感が漂う試合であるにも関わらず、卓越した守備力、攻撃力を携え、いかなる時も普段と変わらず自在にボールを扱うイアルバン・ヌガペトや、1次リーグでも高い決定力を誇ってきた西田有志のスパイクコースに入り、ただ上げるだけでなく自チームのチャンスボールとなる素晴らしい質のレシーブ力を誇るリベロ、ジェニア・グルベニコフ。196cmの高身長セッター、アントワヌ・ブリザールの選択肢も多彩で、アウトサイドやオポジットのみならず、サイドアウト、ラリーを問わずミドルも難なく使う。
ヌガペトのサービスエースで17対25で第1セットをフランスが先取した時は、悔しさよりもむしろ素晴らしいプレーの数々にため息が出た。
世界に見せつけた日本のサーブとディフェンス力
あれほど高めてきた日本のスキルや組織力をここまで発揮させてくれないフランスの壁はやはり高く、分厚い。だが、このまま終わるものか、とばかりに日本も覚醒する。
第2セット、フランスのサーブに対し、日本は石川祐希、髙橋藍、山本智大のサーブレシーブから応戦。セッターの関田誠大はミドルの山内晶大や西田の攻撃を前半から積極的に使う。手堅い守備が強さの1つでもあるフランスも、サーブで崩れず安定したパスからさまざまな攻撃に転ずる日本を止めきれず、25対21。セットカウントを1対1のイーブンとした。
第3セットもフランスに6対11と一時は最大5点を先行されたが、劣勢をはね返すにはサーブで攻めろ、とばかりにフランスの守備を乱すサーブで攻撃を絞り、ブロックタッチとレシーブでつないだボールを石川、西田が決める。石川のサービスエースで19対19と同点にし、終盤、22対24とフランスにセットポイントを握られるも石川のブロックポイントで24対24と再び追いつく底力を見せた。結果的にこのセットは西田のバックアタックがラインを踏んだとの判定で24対26、ジュースの末に失ったが第4セットも関田、西田のサービスエースや勝負所での石川の攻撃力がフランスを圧倒。25対22で第4セットを取り返し、フルセットへ突入した。
そして15点先取の最終セット。まず先行したのは日本だった。フランスのサーブから髙橋のスパイク、相手の攻撃をリベロの山本が好守でつなぎ、またも髙橋が冷静にブロックタッチを取るスパイクで2対0。続けて髙橋のサーブから西田のバックアタックで4対1と3点をリードした。
「勝てる」期待も打ち砕くフランスの強さ
あのフランスに勝つかもしれない。いや、勝てる。
現地配信の映像では、英語実況が戦前の予想を覆す日本の戦いぶりを称賛するとともに「東京五輪、VNL王者のフランスが危険だ、追い込まれている」と繰り返す。このまま日本が勝利すれば最大のジャイアントキリング、と報じられるかもしれない。
勝手に盛り上がり無駄に緊張した筆者とは異なり、日本代表の選手たちはもはや世界のベスト8は夢ではなく現実的な目標なのだと、高揚感の中でも冷静に、そびえ立つブロックに対しても無理に攻めず、リバウンドでタッチを取ってチャンスをつくり切り返す。勝負してブロックされたボールもフォローでつないで、次の攻撃に転ずる姿は、日本がこれまで取り組んできた形であり、突き放されても追い上げる。まさに互角の戦いを、世界王者と繰り広げていたのは紛れもなく、これまでずっと「弱い」「勝てない」と言われ続けた日本代表が、世界に勝つための知恵と技を備えて戦う、誇るべき姿だった。
とはいえフランスはやはりフランスだ。東京五輪でも何度もカムバックを遂げ、最後に頂点へ立ったように、15点先取で3点のビハインド、圧倒的に不利な状況からも巻き返す。中盤に追いつかれ、逆転を許すも、夜が明け、陽が差し始めた6時過ぎ、12対13の場面で西田のブロックが決まり13対13になった時は、思わず叫び、叩く手に力が入った。
先にマッチポイントを取られても石川のスパイクで取り返し、続けて石川のサーブからこの試合、数え切れぬほどの山本の好レシーブから15対14、ついに日本がマッチポイントを握る。
しかし、あと1点が遠く、あと1点を獲らせないフランスはやはり強い。
石川のサーブがネットに阻まれ15対15、フランスのサーブから山内の攻撃を切り返され軟打を落とされ15対16。西田のバックアタックで16対16に追いついたが、フランスのミドルからの攻撃を通され、16対17。西田のバックアタックでブロックをはじくもレシーブでつながれ、最後はヌガペトの鮮やかなクロススパイクが決まり16対18。
2時間17分、5セットに及んだ激闘はフルセット、最後はジュースの末にフランスが制し、ベスト8進出。日本代表の世界選手権が終わった。
世界トップへ近づくための「経験」
昨夏の東京五輪を終えて以後、主将の石川が繰り返し説いてきたのは「経験」の重要性だった。
「僕自身も、日本代表としても世界で勝った経験がありません。大きな舞台で結果を残す、1つ壁を越えるためには、いかに経験を重ねることができるか。そこが重要で、経験を積むことができれば世界のトップとも渡り合えるチームになれると思うんです」
ベスト8進出を果たしたが、準々決勝でブラジルに屈した経験から石川が感じたのは「“個”の力を高めることが必要」ということ。そしてその言葉を体現するがごとく、それぞれが国内外のクラブシーズンでそれまでとは異なる環境へと飛び立ち、チームの主将を務めるなど、また新たな経験を重ね、個々のレベルアップ、スキルアップを遂げた。
代表シーズンが始まってからも海外遠征が続き、心身ともに万全なコンディションを維持することすら困難である状況で、目標達成に向け、総力で挑んだ世界選手権。結果はフルセットでフランスの前に敗れたが、すべてのセットを通しても両チームの差はわずか5点(フランス112、日本107)。手が届きかけたからこそ味わう悔しさも、これからにつながる大きな、大きな経験だ。
戦いを終え、それぞれが抱く獲り切れなかった、拾いきれなかった、防ぎきれなかった「1点」の重みを噛みしめながら、誓うはずだ。
もっと強くなる。次は絶対に負けない、と。
あの敗戦が転機になった。あの負けがあったから、この高みへたどり着いた。そんな言葉を聞き、綴れる日はきっと遠くない。
“惜敗”とも“大健闘”ともあてはめられないこの一戦は、新たなスタートへの大きな一歩。
この経験が花咲くその日へ向けて。今日は新たな、希望の朝だ。