パリ五輪卓球で快進撃の北朝鮮…「平壌オープン」参加の在日の元選手が見た“驚きの練習内容”と強さの理由
パリ五輪・卓球で朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)が快進撃を続けている。まずは混合ダブルス初戦で、金メダル候補といわれた日本の張本智和と早田ひなのペアを4-1で撃破したのが、リ・ジョンシクとキム・クムヨンの北朝鮮ペアだった。
この結果を日本としては“波乱”と捉えたものの、北朝鮮ペアのパワーとスピード、相手の戦術に対しての対応力で“はりひな”ペアを圧倒した。試合後に張本は「相手の男子選手のプレーが良すぎた。ミックスだけで言えば(世界の)トップ10に入るぐらい。本当に想像絶するようなプレーだった」とその実力を素直に認めていたほど。
その後、北朝鮮は決勝まで勝ち上がり、“絶対王者”中国の王楚欽、孫穎莎ペアと対戦。2-4で敗れたが、銀メダルで隠れた実力を世界にアピールした。また、女子シングルスでは世界ランキング168位の北朝鮮のピョン・ソンギョンが準々決勝で、早田ひなと対戦。3-4で惜敗したが、早田を追い詰めた粘り強いプレーに驚いた人も多いのではないだろうか。
北朝鮮の卓球はなぜ強いのか――。国際卓球連盟(ITTF)主催のトーナメント「平壌オープン」にも出場し、北朝鮮代表選手たちと共に練習したことがある在日本朝鮮人卓球協会・副会長の高健植(コ・ゴンシク)氏に話を聞くことができた。
異質ラバーに「張本が合わせるのに苦戦」
高氏は1991年と2000年の「平壌オープン」に在日の代表選手として出場した経歴を持つ。01年に大阪で開催された世界卓球参加のために来日した北朝鮮選手団のアテンドもした。ちなみに「平壌オープン」には、世界各国の実力者のほか、かつては日本の選手も参加していた大会だ。
まずは、今回の北朝鮮の混合ダブルスでの銀メダル獲得をどのように見たのか。
「混合ダブルスの中国との決勝戦も非常に惜しかった。朝鮮は2-4で敗れましたが、中国のペアは共に世界1位の選手ですから、そこから2セットとったのは大健闘でしょう。中国も韓国との準決勝では、あそこまで声は出ていなかった。必死でヒヤヒヤしていたと思います」
初戦で金メダル候補だった張本、早田ペアを破った試合に関してもこう分析する。「日本選手の試合映像は何度も見ながら対策を徹底しているはずです。それに女子のキム・クムヨン選手は“異質ラバー”といって、バック面に回転が特殊にかかるラバーを貼っていました。それに対して、張本選手が合わせるのに苦戦したようにも見えました。というのも男子で異質ラバーを使っている選手はほぼいないですし、男子はパワーとスピードの勝負ですから」。
北朝鮮の混合ダブルス監督は世界選手権の元王者
さらに気になったのは、なぜ国内だけでこれだけ高いレベルの選手を育てることができるのかだ。「監督は世界選手権の王者ですからね」と話す。
「ベンチから見守っていた北朝鮮監督は、13年世界卓球(パリ)の混合ダブルスで金メダルを獲得したキム・ヒョクボンです。15年世界卓球(蘇州)の混合ダブルスでも銅メダルを獲得しています」
コロナ禍で国際大会に出ていなかったとはいえ、世界の技術レベルを知る38歳の若き指導者が、北朝鮮ペアを国内で着実に世界レベルにまで引き上げてきたわけだ。
そもそも卓球において北朝鮮は、突如として現れた“ダークホース”ではない。それは過去の五輪で立証済みだ。16年リオ五輪では、日本の石川佳純が初戦で北朝鮮のキム・ソンイに敗れ、その後、順当に勝ち進んだキムは3位決定戦で福原愛に勝利して銅メダルを獲得している。
朝からダッシュとハードな筋トレに「驚き」
伝統的な強さがあるとはいえ、一体、どんな練習をすればこうなるのか。高氏は「平壌オープン」開催前の1週間ほど、北朝鮮代表の選手たちと練習する機会に恵まれた。その時の内容には驚かされたという。
「とにかく練習量が多くトレーニングがハード。まず、朝起きてから走るメニューがあるのですが、ジョギングではなく、ほぼダッシュのスピードで4~5キロ走りました。その後は上半身と下半身の筋力トレーニングをこなす。それは男子だけでなく女子もです。混合ダブルス銀のリ・ジョンシク選手の体つきを見ると一目瞭然ですが、朝鮮の男子選手はみんな筋肉質です。女子も細い体の卓球選手はいません。とにかくスタンダードな練習ですが、パワーとスピードを上げるトレーニングに加え、終盤戦になっても落ちない体力はトップクラスでしょう。10セット勝負くらいあれば絶対に負けないんじゃないでしょうか(笑)。それと同時に監督やコーチは常に世界を見据えて指導しています」
「パワーとスピード重視、経験を積めばもっと強くなる」
北朝鮮の卓球スタイルは、パワーとスピード重視。試合を見る限り、時に荒っぽさも目立つが、ハマれば勢いに乗れるのは強みかもしれない。
「前でどんどん攻めていく。後ろに下がって守りに入ることはしない。日本の選手で例えるならば、攻めて得点を重ねていく伊藤美誠選手のような卓球です」
そして最後に必要なのは「経験」と強調した。「中国のような強い選手と戦うことで、技術的にも精神的にも何が足りないのかが見えてきます。五輪や世界選手権という大舞台で経験を積めば、朝鮮の卓球はもっと強くなります」
潜在力を秘めた選手は他にも国内にたくさんいるという高氏。世界選手権や次の28年ロサンゼルス五輪でも日本や中国の前に大きな壁となって立ちはだかるのは間違いなさそうだ。