組織委会長に「五輪の申し子」橋本氏 憲法施行から74年 いつになったら「両性の平等」は実現できるのか
IOC会長「橋本氏は組織委会長に最適」
[ロンドン発]「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」という女性差別発言で東京五輪・パラリンピック組織委員会会長を辞任した森喜朗氏(83)の後任に「五輪の申し子」橋本聖子五輪相(56)が8日選出された。五輪相の後任は丸川珠代元五輪相が務める。
感染者1億1千万人、死者243万人を突破したコロナ危機の最中、五輪を開催できるのか重大な決断を迫られる。橋本氏は「会長を引き受ける背景には男女平等の問題があった。スピード感をもって、組織委理事会の女性比率向上、平等推進チームの立ち上げをやらないといけない」と声を震わせながら決意を表明した。
国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は「夏季、冬季合わせ五輪に7回出場し、メダル1個を獲得した彼女はこの役職に最適。オリンピックアジェンダ2020の課題である男女共同参画に関して非常に重要なシグナルになる」と橋本氏の会長就任を歓迎した。
「両性の平等」がうたわれた日本国憲法が施行されたのは昭和22(1947)年5月3日。それから74年。世界経済フォーラムの「グローバル・ジェンダー・ギャップ報告2020」によると日本はイスラム国家のアラブ首長国連邦(UAE)より一つ下の153カ国中121位。下を見れば中東・アフリカ諸国がズラリと並ぶ。
憲法の「両性の平等」を起草した22歳のアメリカ人女性
この現状を現行憲法の「両性の平等」を起草したアメリカ人女性の故ベアテ・シロタ・ゴードンさん(1923~2012年)が聞いたら、どう思うだろう。現行憲法24条は次のように定める。
「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」
5歳だったベアテさんは1929年、高名なピアニストの父とともに一家で来日し、15歳まで日本で暮らす。ユダヤ人のベアテさんは日本のドイツ人学校でナチの教師から迫害を受け、アメリカンスクールに転校した経験を持つ。
日本女性は夫の後ろを歩き、客が来ても一緒に食事や会話することはない。好きな人と自由に結婚することもできず、凶作になると農家の娘は身売りされる。離婚の権利は男性にしかなく、女性には財産権も相続権も与えられていなかった。ベアテさんは母や日本人女性からそう聞かされた。
その後、アメリカの大学を卒業し、雑誌タイムで働くようになったベアテさんは資料係で、女性という理由で記事は書かせてもらえなかった。終戦直後の1945年12月24日、ベアテさんはGHQ(連合国軍総司令部)の民間人要員として来日。46年2月、日本国憲法の草案をつくるという極秘任務を与えられる。
22歳のベアテさんは英語のほか、ロシア語、ドイツ語、フランス語、日本語にも堪能で、「女性の権利条項を書いたらどうか」と言われ、ソ連の憲法やドイツのワイマール憲法、フィンランド憲法を参考に草案をつくった。いわゆる「ベアテ草案」は次の通りだ。
男女共同参画を先取りした「ベアテ草案」
GHQ第一次案(ベアテ草案)
第6条
すべての自然人は法の前に乎等である。人種・信条・性別・門地・国籍により政治的・経済的関係、教育や家族の関係において差別がなされることを授権し、または容認してはならない。称号・栄誉・勲章その他の栄典の保有または賜与はいかなる特別な特権も伴ってはならない。
また、このような栄典の保有または賜与は現に与えられているものであると将来与えられるべきものとを問わず、現にこれを保有し、または将来それを受ける者の一代に限り、その効力を有すものとする。
第18条
家庭は人類社会の基礎であり、その伝統は善きにつけ悪しきにつけ国全体に浸透する。それゆえ婚姻と家庭とは法律的にも社会的にも平等であるに基礎をおき、親の強制ではなく相互の合意に基づき、かつ男性の支配ではなく両性の協力に基づくべきことをここに定める。
これらの原理に反する法律は廃止され、それに代わって配偶者の選択・財産権・相続・住居の選択・離婚並びに婚姻と家庭に関するその他の事項を個人の尊厳と両性の本質的平等の見地に立って定める法律が制定されるべきである。
第19条
妊婦と乳児の保育に当たっている母親は既婚であると否とを問わず、国の保護とその必要とする公の扶助を受ける。嫡出でない子は法律上不利益に取り扱われてはならない。
嫡出でない子はその身体的・知的・社会的成長につき嫡出子と同一の権利及び機会が与えられなければならない。
第20条
養子にする場合には、夫と妻の合意なしに家族にすることはできない。養子になった子供によって他の家族が不利な立場になるような偏愛が起こってはならない。長男の単独相続権は廃止する。
第26条
女子は公職につく権利を含めてあらゆる職業を選ぶ権利を有し、かつ 同等の仕事に対し男子と同一の給与を受ける。
第29条
老齢年金・扶養手当・母親援護と事故・健康・障害・失業・生命保険を含む適切な社会保険制度が法律により定められなければならない。その条件と規定は少なくとも国際労働機関と国際連合により承認された最適基準に適合するものでなければならない。
女子・児童と恵まれない人々に対しては特別の保護が与えられなければならない。故意に招いたものでない一切の貧困と放置から国民を保護することは国民の義務である。
「憲法に女性の権利を書けば日本の官僚も無視できない」
「憲法に女性の諸権利を書き込んでおけば、法律を起草する日本の官僚も無視できない」とベアテさんは考えたが、運営委員会のチャールズ・ケーディス陸軍中佐は憲法に記載するには細かすぎると大幅に削除した。あとは法律で十分というわけだ。日本女性を取り巻く環境を知るベアテさんは涙を流して悔しがった。
日本政府は女性の権利条項に反対していたが、通訳として日本側にいろいろ配慮してくれていたベアテさんが起草したことをGHQ側から知らされ、受け入れる。憲法担当国務大臣だった金森徳次郎(1886~1959年)は『憲法うらおもて』でこう書き残している。
「ホイットニー(GHQ民政局長)案として先方から持って来た憲法案の第23条には“家庭は人類社会の基礎であり、その伝統は善かれ悪しかれ国民にしみ渡っている。婚姻は男女両性の法律上及び社会上の争うべからざる平等に基づくべきであり、両親の強要によるのではなく当事者相互の同意に基づくべきであり、男性支配ではなく協力によって支持されるべきである…”となっている」
その後、現行憲法のような形になり「家族そのものを認識する部分があまりにも教科書風の無用の字句なのでこれを削ってしまったのであろう」と金森は振り返っている。ベアテさんの願い通り、日本の家族制度や相続は「比較的進歩的な方向」へと引っ張られていく。
しかし「憲法には大切な家族制度を尊重する規定がないからけしからん。日本の美しい家族関係はつぶれてしまった」「外国側では日本の強さの源泉は家族制度であったから、日本を無力化するためには家族制度を破壊することが必要だとして家族制度をつぶした」という反動が憲法改正運動という形で起き、今に続いている。
日本の有権者は前回総選挙で男性5127万人(投票者数は2772万人)、女性5482万人(同2922万人)と女性票の方が多い。しかし衆議院に占める女性議員の割合はわずか1割。女性たちがその気になれば、日本政治における男性支配を崩せるにもかかわらず、その女性が現状を追認してしまっている。
終戦直後に男女共同参画や男女同一賃金をうたったベアテさんは今から見ても先駆的だ。森氏のような女性差別発言を許さないためにも女性たちが民主主義を活用して、自らの手で「ベアテ草案」を実現していく必要がある。そうしなければ、時代錯誤のオヤジ政治が半永久的にまかり通ることになる。
(参考)
・日本国憲法に「両性の平等」条項を起草した女性(ベアテさん講演会)