「AI幽霊ライター」が続々と徘徊、大リストラが襲う老舗メディアの“怖い話”とは?
「AI幽霊ライター」が続々と徘徊する、大リストラが襲う老舗メディアの裏側とは?
架空の「AI幽霊ライター」の署名コンテンツをめぐり、老舗スポーツメディア「スポーツ・イラストレイテッド」が揺れている。
テクノロジーメディア「フューチャリズム」の報道によれば、スポーツ・イラストレイテッドの商品レビューページで、AI生成のプロフィール画像を使った、実在が疑われる「ライター」が複数確認できたという。
また、同様の「AI幽霊ライター」の事例は、系列の他のメディアでも確認できたとしている。
スポーツ・イラストレイテッドなど250メディアを傘下に擁するメディア企業「アリーナ・グループ」は、問題のライターは「ペンネーム・仮名」だったとし、コンテンツそのものは提携先企業で人間が作成したもの、と釈明する。
生成AIをめぐっては、米国最大の新聞チェーン、ガネットの傘下でも低品質のスポーツ記事の掲載をめぐり、批判が殺到。プロジェクトの中止に追い込まれるという騒動もあった。
相次ぐ売却とブランドの切り売り、大規模リストラ、そして生成AI導入と追加のリストラ――スポーツ・イラストレイテッドの騒動の背景には、メディア業界の行く末を暗示するようなホラーストーリーがある。
●AI生成のプロフィール写真
フューチャリズムのマギー・ハリソン氏は11月27日付の記事で、そう指摘している。
スポーツ・イラストレイテッドは1954年創刊の老舗スポーツ誌。ノーベル賞作家、ウィリアム・フォークナーや、ピュリツァー賞などを受賞したジョン・アップダイクも寄稿し、最盛期には300万部を超えていたという。
そんな老舗メディアに、AI生成の顔写真販売サイト「ジェネレーテッド・フォトス」で売られているプロフィール写真が使われ、存在すら確認できない「ドリュー・オルティス」という人物の署名記事が掲載されていたのだという。
フューチャリズムが取り上げた、「ドリュー・オルティス」の記事は2022年9月13日付のもので、「バレーボールを始めるのは、特に練習用のボールがないと、やや難しいかもしれない」などスポーツメディアには似つかわしくないぎこちない文章で、バレーボールの商品レビューをまとめたものだ。
しかも、AI生成プロフィールは、これだけではなく、このほかに、「ソラ・タナカ」という人物もライターとして掲載されていたが、やはりプロフィール写真は「ジェネレーテッド・フォトス」で売られているものだったという。
「ドリュー・オルティス」も「ソラ・タナカ」も、遅くとも2021年10月には、スポーツ・イラストレイテッドに登場している。
記事では、スポーツ・イラストレイテッドだけではなく、同じくアリーナ・グループ傘下のメディア「ザ・ストリート」でも、同様の「AIプロフィール写真」を掲載した複数のライターが確認できたという。
そしてフューチャリズムは、スポーツ・イラストレイテッドのコンテンツ制作に携わる関係者の証言だとして、こう述べている。「証言によれば、少なくとも記事の一部は、AIを使って作成されているという」
●「我々が信じるジャーナリズムを冒涜」
スポーツ・イラストレイテッドの組合は、フューチャリズムの記事を受けて11月27日午後4時すぎ、Xにこう投稿している。
一方のアリーナ・グループは現地時間11月27日午後6時すぎ、Xの公式アカウントでこんな声明文を投稿している。
声明によれば、問題のレビュー記事は「アドボン・コマース」という企業からライセンスを受けて掲載したもので、人間が書いていたが、「偽名・ペンネームを使わせていた」ケースがあった、と述べている。
AIによるプロフィール写真についての釈明はなく、否定もしていない。
●AI戦略と大規模リストラ
スポーツ・イラストレイテッドのニュースは、各主要メディアでも注目を集めた。
その背景には、同誌が相次ぐ売却と大規模リストラ、さらに大々的なAI戦略の宣伝と追加リストラ、というメディア業界の行く末を暗示するような経過をたどってきたことがある。
スポーツ・イラストレイテッドは2017年、親会社タイムから、タイムやフォーチュンなどとともに、出版コングロマリット「メレディス」に18億ドル(約2,650億円)で売却される。
さらにメレディスは2019年、スポーツ・イラストレイテッドを現在のオーナーであるマーケティング企業「オーセンティック・ブランズ・グループ」に1億1,000万ドルで売却する。
オーセンティック・ブランズは、スポーツ・イラストレイテッドのブランドを、サプリメントやリゾートなどに展開。その一方、そのメディアビジネスについては、新興メディア企業「メイブン(※2021年にアリーナ・グループに名称変更)」に、年額1,500万ドルでライセンス供与を行う。
アリーナ・グループの会長兼CEOで、スポーツ・イラストレイテッドのCEOを務めるロス・レビンソン氏は、米ヤフーの暫定CEOや、ロサンゼルス・タイムズ発行人などを歴任したメディア業界のベテランだ。
この混乱の中で、スポーツ・イラストレイテッドは4割近いリストラを断行する。
そして、チャットGPT登場による生成AI旋風を受け、アリーナ・グループは2023年2月3日、「ジャスパー」「ノタ」という2つのAI企業との提携で、スポーツ・イラストレイテッドなど傘下250のメディアでAIを導入する、と打ち上げる。またアリーナ・グループは、チャットGPTの開発元、オープンAIのテクノロジーも導入した、と述べている。
アリーナ・グループは、「AIがジャーナリズム、報道、記事の作成や編集に取って代わることは決してありません」としていたが、その半月後には、スポーツ・イラストレイテッドの17人のジャーナリストのリストラと、「ビジネスの新たな需要を反映した」12人の新規採用が報じられた。
また、今回のスポーツ・イラストレイテッドの騒動を報じたフューチャリズムは2月10日、アリーナ・グループがコンテンツ作成にAIを先行導入したという「メンズ・ジャーナル」で、1本のコンテンツに18カ所もの不正確な記述があったと指摘。メンズ・ジャーナルは大幅修正に追い込まれた。
そして、今回の騒動だ。
●メディアの地盤沈下とAI
スポーツ・イラストレイテッドと同じような事例は、全米最大の新聞チェーン、ガネットでも起きていた。
ガネット傘下の商品レビューサイト「レビュード」で10月下旬、編集部が把握していない「ライター」による署名コンテンツが発覚。ライターたちが実在しないのでは、との疑惑が持ち上がった。
問題となったコンテンツは、スポーツ・イラストレイテッドのケースと同じ、アドボン・コマースに外注されたものだった。
この時も、アドボン・コマースが「ライターは実在する」と主張。真相は未解明のままとなっていた。
ガネットはこれに先立つ8月、傘下の新聞社数社で、高校スポーツ報道への生成AIの導入実験を実施。ここでも騒動が持ち上がった。
生成AIを導入した新聞社の一つ、コロンバス・ディスパッチが掲載した高校のアメリカン・フットボールの試合の記事が、スコアをなぞるだけの低品質の内容だったことが判明。メディア関係者の批判を受けて炎上状態となった。
記事の中にAI用のプログラムの一部が露出するような、ずさんなケースもあった。
その結果、ガネットは傘下新聞社での生成AI導入実験を一時的に見合わせている。
●透明性と確認
メディアのAI導入を巡っては、このほかにも様々な混乱が明らかになっている。
米CNETでは1月、70本以上の金融コンテンツをAIで作成しながら、一目ではそれとわからない形で公開していたことが判明。さらにAI生成のコンテンツ77本のうち、半分以上の41本で誤りが見つかり、AI生成は見合わせることとなった。
米バズフィードも1月に「我々はAIを活用したコンテンツの未来をリードする」と宣言。オープンAIと提携してチャットGPTを導入し、クイズや観光ガイド、レシピなどのコンテンツを相次いで展開している。
その一方で大幅なリストラも実施。2023年5月には、中国政府によるウイグル族弾圧についての一連の報道でピュリツァー賞受賞(2021年)もしたニュース部門、バズフィード・ニュースを閉鎖している。
※参照:AIが大手メディアのジャーナリストを追い払う、その実態とは?(07/06/2023 新聞紙学的)
生成AIの波は、メディア業界も飲み込む。
メディアのAI導入には、ジャーナリズムの倫理と足並みを揃え、信頼を担保するためのガイドライン策定が必要になる。
その大きな柱が、AI使用を開示する透明性と、内容の確認だ。
安易なAI利用と大幅なリストラは、それだけメディアの体力と品質を削り、信頼を損なう。
(※2023年11月30日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)