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失敗し続けるアメリカの戦略――真実から逃げているツケ

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
国連安保理、北朝鮮制裁決議を全会一致で採択(写真:ロイター/アフロ)

 全ての選択肢はテーブルの上にあると言いながら武力攻撃の手段は選べず、原油の全面禁輸まで譲歩した。これでは北朝鮮に核・ミサイル開発の時間を与えるだけだ。問題の根源から逃げてきたアメリカのツケである。

◆又もや譲歩――北朝鮮を増長させるだけ

 日本時間9月12日朝、国連安保理で北朝鮮への制裁決議案が採決された。アメリカ主導で「これまでにない最強の制裁」として、原油の全面禁輸などを宣言しながら、結局、また中国やロシアに譲歩した形だ。事実上、石油禁輸の程度はこれまでと大差ない。金正恩委員長個人の資産凍結さえ盛り込めなかった。繊維の輸入や北朝鮮労働者の新たな受け入れを禁止したくらいでは、何も変わらない。「全会一致」という現象を重視しただけで、効果はあまり期待できないだろう。

 これでは、強いことを言ってきただけに、今までよりも更に北朝鮮を増長させるだけだ。

 そうでなくともトランプ政権は何度も「すべての選択肢はテーブルの上にある」と言って武力攻撃を暗示しては、結局のところ「犠牲があまりに大きすぎる」として武力攻撃に入れずにいる。

 これは何も言わないときよりも北朝鮮を勇気づけ、「結局、武力攻撃はしてこないな」と高をくくらせ、これまで以上に大胆にさせていくだけだろう。

 全ての選択はテーブルの上にあると言ったのなら、北朝鮮が最も恐れる選択を実施すればいい。米軍の技術が高いのなら「斬首作戦」を断行するとか、核・ミサイル基地をピンポイント攻撃するとか、あるいはミサイル発射機能をサイバー攻撃するなど、選択肢はないわけではあるまい。こちら側に犠牲が出ない方法だって、取ろうと思えば取り得る。特にピンポイント攻撃に関しては、中国も容認している。

 残された時間がないというのに、今回の制裁決議案は、また「北朝鮮が増長するための時間」を与えただけだ。北朝鮮は一気に加速度的に核・ミサイル開発に全力を注ぎ、アメリカまで届く核弾頭弾道ミサイルを完成させてしまうだろう。

◆アメリカが休戦協定を破っていることが根源的原因

 何度も繰り返すが、北朝鮮問題の根源的理由はアメリカが朝鮮戦争(1950年6月25日~1953年7月27日)の休戦協定(1953年7月27日)を破っていることにある。

 休戦協定第60項では、休戦協定締結から3ヵ月以内に、朝鮮半島にいるすべての他国軍は撤退することとなっているが、アメリカを除くすべての軍隊が撤退したというのに、アメリカだけは撤退せずに今日まで至っている。休戦協定はアメリカが暫定的に提案したので、休戦協定の冒頭および第60項では、「終戦のための平和条約を結ぶこと」が大前提となっている。

 そのため平和条約締結と他国軍撤退のためのハイレベル政治会議を迅速に開催することが休戦協定60項には書いてある。それを実行するために1953年10月にジュネーブで開催された「ハイレベル政治会議招集のための予備会談」をアメリカだけがボイコット。

 しかし朝鮮戦争に参戦したのはアメリカが主導した「国連軍」である。

 朝鮮戦争を始めたのは北朝鮮で、金日成(キム・イルソン)の朝鮮半島統一の野心から始まった。だから、もちろん最初の原因を作ったのは北朝鮮であることは言うまでもない。悪いのは北朝鮮だ。その事実は動かない。

 しかし形勢不利と見て休戦を呼び掛けたのはアメリカだ。

 つまりアメリカが主導した国連軍なのである。国連加盟国のうち、アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、カナダなど、22カ国に及ぶ。

 したがって、アメリカのボイコットは国際法違反だということで、当時の国際社会の非難の的となった。そこでやむなくアメリカは54年4月にジュネーブで開催されたハイレベル政治会議に出席したが、「休戦協定60項に基づく外国軍隊の撤去と平和条約締結」に関する話し合いはアメリカの反対により決裂した。

 なぜならアメリカは、休戦協定に署名しながら、同時に韓国との「米韓相互防衛条約」にも署名しているからだ。米韓相互防衛条約第二条には「いずれか一方の締約国の政治的独立又は安全が外部からの武力攻撃によって脅かされているといずれか一方の締約国が認めたときは、(中略)武力攻撃を阻止するための適当な手段を維持し発展させ、並びに協議と合意とによる適当な措置を執るものとする」となっている。つまり米韓軍事同盟を結んだことになる。

 そして米韓相互防衛条約第四条では概ね「アメリカの陸空海軍を、大韓民国の領域内及びその附近に配備する権利を大韓民国は許与し、アメリカ合衆国は、これを受諾する」となっており、さらに第六条では「この条約は、無期限に効力を有する」となっている。

 すなわち、完全に休戦協定第60項に反する条約に、アメリカはサインしているのだ。

 最初から休戦協定に違反しているのだから、「休戦協定を遵守すること」を考慮しない限り、北朝鮮問題など解決できるはずがない。

 

◆思考停止――なぜ日米はアメリカの国際法違反に目をつぶるのか

 忖度という言葉が日本では話題になった。

 主として、権力を持っている相手の意向を考慮して、それに沿うような形の選択をする行為として注目された。

 第二次世界大戦後、ほぼアメリカ一強でこんにちまで来た西側諸国や日本にとって、「アメリカに都合の悪い事実に触れてはいけない」というのが暗黙の了解で、見てみぬ振りをしてきた。それが習性となって、今では「アメリカが休戦協定違反をすることが正義」という錯覚に染まり、「そもそもアメリカが休戦協定違反をしていることさえ知らない」という思考停止状態にさえなっている。

◆手を貸したのは日本

 話はシンプルだった。

 たとえば1991年12月に共産主義国家の砦であったソ連が崩壊した時に、米軍が韓国から引き揚げるチャンスはあったはずだ。そのとき中国は1989年6月4日の天安門事件で西側諸国からの経済封鎖を受け、政治的にも経済的にも不安定で壊滅状態だった。ベルリンの壁も崩壊して、共産圏の力は危険水域に達していた。

 経済封鎖を続けていれば、中国はこれで崩壊しただろう。一党支配体制が瓦解する最大のチャンスだった。

 それを阻止して中国を助けたのは、ほかでもない、わが日本である。

 率先して経済封鎖を解き、天皇陛下訪中まで果たして江沢民を喜ばせた。江沢民の計算通り、西側諸国は日本に足並みを揃えて経済封鎖を解除。日米が競うように中国を経済支援した。

 こうしてビクとも動かない経済強国、中国ができ上がり、日本に歴史カードを突き付け、北朝鮮に関しては肝心なところで「これまでにない最強の制裁」を取り崩している。

 日本政府はアメリカに対する、そして一部のメディアは日本政府に対する「忖度」から、何も言わない。敗戦国日本の哀しさを、今もひきずっている。

 国連安保理やアメリカを褒めたり、北朝鮮の核やミサイル技術がどこまで行っているかとか、日本がやられるかとか、末端の部分の議論に焦点を当てて燃え上がり、問題の根源が見えないようにしている。目つぶしを食らわしているのだ。

 これによって得をするのは誰なのか――?

 こんなことで、本当に日本国民の安全を守れるとでも思っているのか――?

 日本政府と一部のメディアの良心に問いたい。

(これらの詳細は『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』の第3章に書いた。)

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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