新型コロナワクチン「効果90%」という中間結果を現時点でどう受け止めるべきか
11月9日にファイザー社とビオンテック社が共同開発するワクチンの中間解析が発表され、90%の予防効果がみられたとのことです。
両社からの発表の要約としては、
・新型コロナの既往のない参加者を対象とした中間解析において、ワクチンは新型コロナの予防に90%以上の有効性が認められた。
・解析では、試験参加者における94例の新型コロナの確定症例を評価した。
・試験参加者は43,538人で、42%が人種・民族的に多様な背景を持つ人々であり、重大な安全性の懸念は認められず、安全性および追加の有効性に関するデータは引き続き収集されている。
・米国食品医薬品局(FDA)への緊急使用許可申請については、安全性のマイルストーン達成後、11月第3週目を予定している。
・ワクチンの性能を評価するため、さらなるデータを収集し、確定症例164例の最終解析まで臨床試験を継続する。
というものでした。
新型コロナワクチンは世界中で待ち望まれたものであり、「ワクチンで90%以上の予防効果」というと素晴らしい結果のように思われます。
今回の両社の中間解析結果について、私たちはどのように捉えればよいのでしょうか。
mRNAワクチンとは?
WHOによるとすでに臨床試験が行われているワクチンは48種類、前臨床試験が行われているものは164種類のものが開発されています。
開発中のワクチンには、従来のワクチンにも用いられてきた不活化ワクチンや生ワクチンという形態だけでなく、近年エボラワクチンなどに用いられているウイルスベクターワクチン、新しい技術であるDNAワクチン、RNAワクチン、抗原提示細胞ワクチンなど様々なプラットフォームで開発が進められています。
今回発表されたワクチンはmRNAワクチンという種類のものであり、抗原タンパク質の塩基配列を作る情報を持ったmRNAを投与し、細胞内でmRNAが抗原タンパク質に翻訳されて免疫が誘導されるというものです。
効果90%は他のワクチンと比べてどうか?
ワクチンの予防効果とは、「ワクチンを接種した人が、接種していない人と比べて、どれくらい感染を減らせたか」を意味します。
例えば、40000人の参加者のうち、20000人がワクチン接種群、20000人がワクチン非接種群に割り付けられたとして、非接種群では50人感染したのに対し、ワクチン接種群では5人しか感染しなかった、という場合に「感染していたはずの45人(90%)の感染を防いだ」という意味で90%の予防効果があった、と表現します。
「ワクチンで90%以上の予防効果」というのは、他のワクチンと比べてどうなのでしょうか。
例えば、最も効果が高いワクチンの一つとしては麻疹ワクチンが挙げられ、予防効果は95%と言われています。
一方、インフルエンザのワクチンは、シーズンによっても異なりますが、一般的には50%程度の予防効果です。
新型コロナウイルス感染症はウイルス性呼吸器感染症であることから、一部では新型コロナワクチンもインフルエンザワクチンの予防効果に近いのではないかという予想もされており、ワクチンの承認をする機関である米国食品医薬品局(FDA)は予防効果50%以上を承認の基準にしていましたが、これを大きく上回る予防効果が示されたことになります。
ということで、基本的には良いニュースだと私は考えています。
今回の中間解析の結果だけでは明らかになっていないこと
一方、今回は詳細なデータが発表されたわけではありませんので、まだ分かっていないことはたくさんあります。
・ワクチン効果の持続期間
・重症化を防げるのか
・重症化リスクの高い人への効果
・安全性
持続期間
この新型コロナワクチンは2回のワクチン接種が必要であり、2回目の投与7日後(初回接種から28日後)以降から現時点までの効果について検証しています。
長くても3ヶ月までの効果ですので、長期的な効果についてはまだ分かっていません。
極端なことを言えば、3ヶ月後までは90%以上の予防効果があるかもしれませんが、半年後には50%に下がっているかもしれません。
新型コロナに自然感染した人でも、長期的には抗体価の低下が報告されており、中には再感染する人も報告されています。ワクチンでは長期的に効果が維持されるのか注目されるところです。
今後、長期的なフォローアップを行い、この効果がどれくらい続くのか検証する必要があります。
重症化を防げるのか
ワクチンの効果には、感染を防ぐ効果とは別に「重症化を防ぐ効果」も期待されます。
感染を防ぐことはできなくても、ワクチンを接種することで重症化を防げるようになれば、それだけで非常に大きな価値があります。
今回の発表では、研究参加者のうち94例の方が新型コロナを発症したと報じられていますが、これら94人の方の重症度は不明です。
ですので、ワクチン接種群のうち新型コロナに感染した人が、重症になっていないかは分かりませんし、そもそも100例くらいの感染例では重症化の抑制は評価はできないかもしれません。
この点に関しても今後、検証が求められます。
重症化リスクが高い人にも効くのか
「ワクチンを最も必要とする人に、ワクチンが十分効果を発揮するのか」というのも重要なポイントです。
ワクチンを最も必要とする人とは、新型コロナに感染した際に重症化するリスクが高い、高齢者や基礎疾患を持つ方です。
例えば、高齢者はインフルエンザに罹ると重症化しやすいためインフルエンザワクチンを接種することが推奨されていますが、ワクチンによる予防効果は一般成人と比較して低いと言われます。
これは、高齢者の免疫反応が減弱しているため、ワクチンを接種しても十分な免疫が得られないためと考えられています。
今回のワクチンも、新型コロナで重症化リスクが高いとされている、高齢者、基礎疾患のある人で効果があるかどうかは非常に重要なポイントです。
安全性は?
ワクチンは主に健康な人を対象に接種されることから、安全性が重要になります。
新型コロナワクチンは、何十億人という人が接種対象となる可能性があることから、接種が開始されるためには安全性が十分に検証されることが必要不可欠です。
今回のファイザー社とビオンテック社のmRNAワクチンはすでに第2相試験を終えており、重度のアレルギー反応や重症の発疹など、一般的な重篤な副反応を起こす可能性は高くはなさそうです。
また、軽度の副反応であればあまり問題にはなりません。例えば、最近のワクチンには「アジュバント」という免疫反応を活性化させるための添加物が含まれていますが、これにより数日間接種部位が腫れたり、微熱や頭痛が起こることは十分に想定されます。しかし、新型コロナを予防するためには、こうした軽度の副反応は許容範囲と考えて良いでしょう。
しかし、4万人のワクチン接種では分からない副作用が、今後報告される可能性はあります。
例えば、デング熱ワクチン(DENGVax)は、2つの第3相試験で効果が確認されたため、各国で承認され市場で接種が開始されましたが、その後「(これまでデング熱に罹ったことがない人が)デング熱ワクチンを接種した後にデング熱に感染すると、むしろ重症化するリスクが高くなる」ということが分かりました。
このように数万人の大規模な研究でも、時間が経ってみなければ分からない重大な問題が見つかることはあります。
安全性に関しては、ワクチンの有効性以上に慎重に評価が行われなければなりません。
物流上も解決すべき課題が
ワクチンは熱や凍結によって品質が劣化することがあります。
例えば、アジュバントと呼ばれる成分が凍結によって沈殿し、ワクチンの効果が落ちてしまうことがあります。
しかし、品質の劣化は外観からは分からず、効果がすぐには分からないことから、保管・配送時の温度管理(コールドチェーン)はワクチンの品質を保つ上で非常に大事なポイントになります。
多くのワクチンの最適な保存温度は2~8℃とされていますが、今回のファイザー社とビオンテック社のmRNAワクチンは-70℃以下という非常に低い温度を保つ必要があるとのことで、配送だけでなく、接種機関での保存も問題となります。
日本全国でコールドチェーンを保ちながら、ワクチンを行うためにはいくつか解決すべき課題が残されています。
私たちは今回の中間解析結果をどう受け止めるべきか
以上のことから、私たちは今回の結果をどう受け止めればよいのでしょうか。
まず、予想以上の予防効果が示されたことは、このコロナ禍にあって、明るいニュースといえるでしょう。
前述のようにまだ明らかになっていないことはあるものの、とても期待できるワクチンであることは間違いありません。
今後出てくるであろう詳細なデータをじっくりと吟味しつつ、有効性と安全性が担保されたワクチンが接種できる日を待ちましょう。
しかし、このワクチンが私たちのもとに届くのはまだまだ先のことです。
こうしたワクチンの良いニュースを聞くと「これでコロナも終わりだッ!」と思いたくなりますが、現時点では今の感染対策をしばらく続ける必要があります。
このニュースに気を緩めることなく、一人ひとりが
・屋内ではマスクを着ける
・3密を避ける(特に職場での休憩時間や会食)
・こまめに手洗いをする
といった、基本的な感染対策がおろそかにならないように注意しましょう。