IBMのAIチップ開発エコシステムとニッポン
AI、特にディープラーニングの実行を目的とするAIチップの開発が世界中で活発になっている(表1)。これまでマイクロプロセッサPowerPCをベースにした機械学習マシンであるWatsonを構築してきたIBMがいよいよ、AI専用チップの開発に力を注ぐ。一方国内では、東京大学が産業技術総合研究所と共同でAIチップ開発拠点を武田先端知ビルに構築した。
IBM Researchは次世代AIチップ開発のための研究拠点IBM Research AI Hardware Centerを立ち上げ、コラボレーションパートナー数社も参加する、と発表した。AI時代のあるべきハードウエアを求めて、これまでのシステムの基本から見直し、コンピューティング設計をゼロベースから構築していく。
その拠点は米ニューヨーク州アルバニーのニューヨーク州立大学のキャンパス、SUNY Polytechnic Instituteに置き、創設パートナー会員の協力の下で研究開発を進める。IBM Research AI Hardware Centerにおいて、研究およびビジネスパートナーと共にAIに最適化された次世代AIチップを開発する。
パートナー企業として、すでにメモリとファウンドリのSamsung、HPCの高速バスや配線が得意なMellanox Technologies、AIチップを設計するためのツールと豊富なIPを持つSynopsysがメンバーに加わっているほかに、新材料と製造装置の開発にApplied Materialsと東京エレクトロンも参加している。加えて、大学関係ではSUNY Polytechnic Instituteと、近くのRensselaer Polytechnic InstituteのCCI(Center for Computational Innovations)が協力する。IBMとそのパートナーは、チップレベルのデバイスと材料、アーキテクチャ、そしてAIが動作するソフトウエアを実現に向けていく。
設計のツールベンダーであるSynopsysが参加したのは、同社の持つ強力な設計ツールDesignWaveを用いて、イスラエルのファブレス半導体メーカーHabana Labsが、推論用のAIチップをすでに開発したという実績があるからだ。Habana社は現在、学習用のチップも開発中である。
技術的なロードマップとして、近似コンピューティングのデジタルAIコア技術および最適化材料を使ったアナログAIコアを開発して現在の機械学習の限界を突破していくという。
新規材料開発は、不揮発性のクロスポイントメモリにDNN(ディープニューラルネットワーク)の重みを記憶するために必要になる。このセンターでは、新しいAIコアの研究開発を指揮し、試作、テスト、シミュレーション、エミュレーションなどを含み、学習および推論マシンのAIモデルを作る。ウェーハプロセスはアルバニーのこのセンターで行うが、同州ヨークタウンハイツにあるT.J. Watson研究センターでもサポートを行う。
国内は東大と産総研が中心
国内でもAIチップの開発機運がようやく出てきた。東大の本郷キャンパスで先週、「AIチップ設計拠点活動開始記念公開シンポジウム」が開催され(図1)、祝辞のあいさつとして、産総研、経済産業省、内閣府という官公庁に加え、ルネサスエレクトロニクスとプリファードネットワークス、そして昨年東京工業大学を定年になった松澤昭氏が設立されたテックイデアという3つの民間企業の代表もあいさつに加わった。東大に設計ツールを揃え、チップ製造は東大のVDEC、産総研の300mmウェーハラインなどを使うという。
AIチップの設計を検証するハードウエアツールであるエミュレータはCadenceのParadium Z1を利用する。23億ゲートの規模の回路まで、4MHzのエミュレーション速度で検証演算する。東大と産総研は中小のベンチャー企業に使ってもらいたいとしているが、半導体設計では、VHDLやVerilogといった半導体専用のプログラミング言語を習得しなければ、最初の論理設計でRTL形式を出力できない。しかし、幸運なことに半導体にしか使えないプログラミング言語を学ばなくても、論理回路を設計できる。デザインハウスというRTL専門の業者がいる。彼らを使えば誰でも半導体AIチップの設計データを得ることができる。
ところが、設計ツールなどはアカデミックディスカウントの料金で導入したため、外部のデザインハウスが、揃えたツールで実際にプログラミングができない恐れがあるようだ。もしAIのアルゴリズムを考え出した中小のベンチャーがいても、設計ツールの使い方、プログラミング言語をゼロから習得しなければならないのなら、実際に使う企業は限られてしまう。LSI設計のプロであるデザインハウスに使ってもらえないのであれば、このセンターは宝の持ち腐れに終わってしまう恐れがある。
国家プロジェクトの弱点であるさまざまな制約を取り除かない限り、国家プロジェクトはまたしても失敗という結果になりかねない。誰でもが制約なしに利用できる仕組み作りが結局は産業の活性化に結び付く。かつて、技術もないのに技術が流出するという名目で制約をかけてきたことがあった。国家プロジェクトや国家ファンドなどによって結局、半導体産業が活性化しなかったことを真剣に反省し、もっとオープンに利用できるような仕組みを作ることが霞が関の役割ではないだろうか。世界で使われているオープンイノベーションとは、誰でも自由に参加できるという「門戸開放」の意味である。技術を開放することでは決してない。