帰国してすぐ美浦へ行き、アーモンドアイに跨ったC・ルメールを直撃
サウジアラビアから帰国し、美浦へ
3月4日、未明。東京の宿泊先を発ったクリストフ・ルメールが向かったのは茨城県にある美浦トレーニングセンター。朝5時10分に出発すると1時間半足らずで到着。調整ルームで着替えてから南北2つあるトラックのうちの南にあるスタンドへ向かった。
「前夜に帰ってきたばかりで少し眠たいです」
3年連続でJRAのリーディングジョッキーに輝く男はそう言った。2月29日、サウジアラビアで行われた同国最初の大々的な国際レース・サウジCにゴールドドリームと共に挑んだ。最内枠から出て道中は後方を追走。コーナーリングを利して進出すると、直線の入り口では先頭争いをするマキシマムセキュリティやムーチョグストらを射程圏に捉える位置まで上がって来た。
「マキシマムセキュリティの手応えが悪いのは分かっていたし、ムーチョグストのジョッキー(イラッド・オルティス・Jr)がマキシマムセキュリティばかりを見て外へヨレていったから自分の前がガラリと開きました。その時は正直『勝てる!!』って思いました」
しかしそこからは伸びそうで伸びず。最後は失速し、6着に敗れた。
「マキシマムセキュリティはあんなに追い通しで、直線では立て直す不利もあったのに勝った。やっぱりアメリカのダート馬は本当に強いです。ゴールドドリームは頑張ったけど、最後は一杯になってしまいました」
この後はドバイへ転戦するパートナーについての見通しを、次のように続ける。
「距離が更に1ハロン延びるのは正直、歓迎ではありません。でも、馬の状態としてはもっと上向くはずです。サウジCの上位勢はドバイに行かないみたいなので、チャンスを信じたいです」
また、自らが乗ったそのレースの前には武豊がフルフラットで1着、マテラスカイで2着と活躍してみせた。
「ジョッキールームのテレビで見ていました。さすがユタカさんです。僕は日本馬が勝つと本当に嬉しいので、応援しました。マテラスカイのゴール前は『ヤバイ、ヤバイ!!』って日本語で叫んでいました」
今週末に騎乗予定の馬達の調教に跨る
ドバイを経由してサウジアラビアから帰国した翌朝には美浦に入った。まずは今週末の弥生賞(G2)で騎乗するワーケア(牡3歳、美浦・手塚貴久厩舎)に跨った。昨年末のホープフルS(G1)で3着になって以来の若駒について、ルメールは言う。
「少し重い感じがしました。でも、フィエールマンにしてもそうだけど、手塚先生は馬を大事に使う人なのでどんどん成長します。藤沢先生と似ています。だから手塚厩舎の馬に乗るのは楽しみです」
同じく今週末、オーシャンS(G3)に出走するのがタワーオブロンドン(牡5歳、美浦・藤沢和雄厩舎)だ。昨年9月のスプリンターズS(G1)の覇者に乗るのはその時、以来。普段“おデブちゃん”と呼ぶ相棒に跨ったのは10時半の事だった。
「跨って馬場に出る前に藤沢厩舎のスタッフが皆、ニヤニヤしながら『いってらっしゃーい!!』って言っていました。その時は『どうしてだろう?』って思ったけど、馬場に出てみたら分かりました」
実戦から遠ざかる短距離馬は、モノ凄いパワーをため込んでいた。その鞍上でフランス人ジョッキーは手を焼いたと言う。
「ただでさえ凄いパワーの持ち主なのに休み明けでフレッシュな状態だったから走りたがって仕方ありませんでした。とても抑え切れない勢いで、あれを抑え込もうと思ったら体重が80キロある人じゃないと無理です。藤沢厩舎の馬はソウルスターリングにしてもグランアレグリアにしても本当に元気な馬が多い。僕が馬場に出る時、スタッフがニヤニヤしていた意味が分かりました」
オーシャンSの後の目標となる高松宮記念(G1)は日程的にドバイ遠征と重なるため騎乗出来ない可能性が大きいが、更にその後はヨーロッパ遠征の青写真がある。これに関しては次のように言う。
「イギリスのスプリンターは強いけど、タワーオブロンドンなら好勝負が出来るかもしれません。ジュライCになるのか他のレースなのか分からないけど、楽しみにしています」
彼はそう語るが、過去の実績的には一部を除き、ヨーロッパの短距離路線は決して強いとは思えない。古くは日本でビッグレース勝ちのないアグネスワールドが英仏でG1を優勝したり、オーストラリアや香港からの遠征馬が楽勝したりと、そのカテゴリーなら非ヨーロッパ馬で充分に通用するケースが多いのだ。タワーオブロンドンとルメールのコンビが海の向こうから朗報を届けられる様、まずは今季の好スタートを決めていただきたい。
復権願うアーモンドアイの現状は果たして……
8時20分、南スタンド前で跨り、坂路で追われたのが一昨年の年度代表馬アーモンドアイ(牝5歳、美浦・国枝栄厩舎)だ。昨年はドバイターフ(G1)と秋の天皇賞(G1)を制したが、有馬記念(G1)では9着。JRA賞のタイトル争いでは無冠に終わってしまった。そんな元女王に、有馬記念以来に跨ったルメールは言う。
「久しぶりに乗るのをすごく楽しみにしていました。実際に乗ったら良い動きをしてくれました。良い状態だと思うし、やっぱりアーモンドアイは素晴らしい馬です」
楽な手応えで半マイル51秒6をマークしたのだから「良い動き」と語るのも頷けるが、そもそもアーモンドアイに乗った際、悪いコメントを聞いた事がない。しかし、実際にグランプリでは自身初の大敗を喫してしまった。果たして「良い状態」との評価は本心なのだろうか……。
「本当に悪く感じた事はありません。有馬記念は終始掛かってしまいました。2500メートルで外々を回らされて、しかも掛かり通し。いくらアーモンドアイをしてもあれでは疲れてしまいます。それが敗因であって、彼女自身のコンディションが悪かったわけではありません」
一昨年のジャパンC(G1)やオークス(G1)など、東京の2400メートルで驚愕のパフォーマンスを披露しているが、絶対的パートナーは彼女のベストディスタンスを次のように考えている。
「多分、ベストは2000メートルだと思います。能力が高いから2400メートルも走れるし、もちろん1800メートルでも問題ありませんけどね」
今年の初戦はドバイターフ(ドバイ、G1)。1800メートルのここで2年連続の制覇を目指す。女王が2戦連続で大敗を喫するわけにはいかない。盤石を期すため、ルメールは来週も美浦に来て調教に騎乗する予定でいる。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)