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選挙不正を言い募るトランプ支持の「カルト性」に警戒を

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
大統領選の結果に抗議する集会で支援者を前に演説するトランプ米大統領。(写真:ロイター/アフロ)

 アメリカでトランプ支持者たちが、連邦議会に乱入し、大統領選の投票結果を認定する議会の手続きが一時停止する、という前代未聞の事件が起きた。選挙結果に抗議する集会で支持者を煽る演説を行ったトランプ氏への批判が高まっている。

トランプ・マジックが解けた?

 再開された議会では、議長を務めたペンス副大統領、ミット・ロムニー上院議員ら共和党陣営からも暴力への批判や選挙結果の正当性を認める発言が出た。トランプ政権の元高官からも批判が発せられ、現政権からも辞任の動きが出ている。

 死者まで出る衝撃的な出来事で、これまでのトランプマジックが解け、目が覚めた人も少なくないだろう。まっとうな共和党員は距離を置き、トランプ氏の政治的影響力にも変化が出てくるのではないか。

カルト性を高める熱烈支持者

 その一方で、残った支持者はますます「カルト性」を強めていくのではないかと心配だ。

 トランプ氏とその熱烈支持者は、分断を招く二元論的思考陰謀論との高い親和性現実を無視した独自の世界観独裁志向といった従来からの傾向に加え、大統領選の敗北以降、過剰な被害者意識極度の他責思考目的のために手段を選ばないやり方など、その「カルト性」を高めてきた。

カルト的思考と陰謀論

 カルトメンバーは、そのリーダーを絶対視し、それと共にある自分たちは絶対的な正義であり真実の側にいると信じる。都合が悪い事態が起きても、事実を直視し、「自分たちに原因があって問題が起きたのでは」と自省することはない。「それは事実ではない」と否認するか、「不正があった」「裏には○○がいる」との陰謀論に走る。

 陰謀論はカルトにはつきものだ。彼らにとっては、悪いことは常に「自分たち以外の誰かのせい」。敵対する人達や正体がはっきりしない組織などが裏で動いたとのストーリーを作り上げ、それは「仕組まれたもの」であるとして、自分たちは悪の組織の「被害者」であると訴える。

リーダーの意向を手段を選ばず実現

 カルト化した集団では、リーダーが選挙での負けを認めない以上、メンバーたちが「正義が敗北する」という「不正義」は受け入れないのは当然だ。

 トランプ氏は、直接この暴動を支持したわけではない。実際に行動に出たのは、支持者の中でも、元々過激な人達なのかもしれない。

 だがトランプ氏は、事前のツイートでこの日の集会が「ワイルドなものになる」と”予言”。集会では「選挙は盗まれた」と述べ、議事堂に向かい、「強さを見せる」よう訴える演説をしていた。

 今回の暴動は、何としても投票結果認定の手続きを妨害したいリーダーの意向を、「目的のためには手段を選ばない」やり方で実現したもので、まさにカルト的集団らしい行動と言って差し支えないのではないか。

 トランプ氏からは当日、議事堂乱入を非難する発言はなかった。自身への批判が強まっている状況に焦りを感じたのか、翌日になって乱入を批判し、政権移行に協力する姿勢を示したものの、従来の陰謀論的主張を撤回したわけではない。

日本に伝播するカルト性

 トランプ氏と熱烈信者のカルト的発想は、選挙結果が明らかになってまもなく、日本に伝播。トランプ氏を支持するデモが行われた。その状況を撮影したある映像を見ると、日本語で書かれたこんなプラカードとシュプレヒコールがあった。

「これはもう大統領選挙ではない 善と悪との戦いだ!」

 こうした善悪二元論は、カルト的思考の典型と言えよう。

著名な作家・ジャーナリストまで

 アメリカで議会を襲った暴動の後も、「(大統領選に)不正があった」「国会への乱入は、トランプ支持者と見せかけたアンティファの陰謀」といったツイートがかなり見られた。

 こうしたカルト的陰謀論を発信するのは、匿名アカウントだけではない。作家でジャーナリストとして知られる門田隆将氏も、こんなツイートを発っしている。

「連邦議事堂での混乱を受け『民主主義が前例のない攻撃を受けている』とバイデン氏。不正選挙という“前例のない民主主義への攻撃”が最悪の結果を生んだ事の自覚はないようだ」

「事実」より心の中の「真実」

 「不正」が選挙結果をねじ曲げた、とするトランプ陣営の主張には、それを裏付ける事実の提示がなされていない。当然のことながら、アメリカの司法手続きでも主張は退けられている。米連邦最高裁は、判事の3分の2を保守派が占めるが、そこでも全員一致の判断が出た。

 しかし、カルト的思考・発想に陥った人たちにとっては、具体的な「事実」よりも、自分たちの心の中にある「真実」、あるいは大事なリーダーの言葉が大事になる。そんな人々は、事実誤認を指摘されても、なかなか聞き入れようとはしない。

選挙惨敗を「不正」にしたオウム

 そういう人たちに、思い出して欲しい出来事がある

 1990年2月の衆議院総選挙に出馬したオウム真理教教祖麻原彰晃こと松本智津夫の言動だ。信者の住民票を選挙区に移動させ、像の帽子をかぶった若い女性信者を踊らせるなどの目立つ選挙運動を展開し、テレビにも取り上げられた。そのうえ有力候補者の選挙ポスターを剥がすなどの違法行為も展開。麻原は勝つ気まんまんだった。ところが、結果は惨敗。すると彼は、開票作業の「不正」を主張した。「票のすり替えがあった」と述べ、「国家権力」さらには「フリーメーソン」の陰謀と言い出した。信者たちは、これを受け入れた。

 具体的な事実、説得力のある根拠を示さないまま、「不正」を言い募り、陰謀論を展開する行為は、あの時のオウムの荒唐無稽な言動とどう違うのだろうか。

カルト思考の流布を甘く見ない

 陰謀論には強い吸引力がある。なにしろ、「マスコミが報じない真実」であり、ストーリーとしては結構面白い。それが自分の心情や好みに適合していれば、なおさら都合がよい。ひとたびその世界にハマれば、自分で情報を吟味・判断する必要はなく、自分自身を省みたり悩んだりすることもなくなって、精神的に楽でもあろう。

 そういう陰謀論にハマった人たちに事実を伝えても、聞き入れられず、むしろ強い反発を受けたりして、なんとも面倒だ。

 けれども、そのようなカルト的思考・発想に基づく言葉や情報がどんどん発信され、流布されるに任せておいていいのだろうか。

陰謀論を放置したらどうなる?

 根拠のない陰謀論を放置していれば、人々はそれに慣らされていく。ウイルス感染が広がるように、人々の心を汚染してもいくだろう。

 オウムが示していたカルト性を、私たちの社会は軽視した。メディアは、奇妙な集団として受け止めて面白おかしく取り上げたり、新手のサブカルチャーや新しい宗教の代表のように扱ったりした。そうして、多くの被害を出す集団になるまで”育つ”のを許してしまったのだ。

 これはアメリカの話だし、あれはオウムのことだから別の話と言って、今の事態を軽く見ない方がよいと思う。警戒しなければならないのは、カルト的な思考・発想に人々が慣らされ、無批判に流布していくことだ。今回の米大統領選のことに限らない。思想的な傾向が「右」か「左」かに関わらず、こうしたカルト的陰謀論は登場する。

陰謀論は一つひとつ否定していく

 根拠なき陰謀論については、面倒でも「これは間違い」「これは根拠が示されていない」と一つひとつ、こまめに、忍耐強く否定していく情報発信を続けていくことが大切だと思う。そうすることによって、カルト的思考・発散の拡散に抗いたい。

 今回の暴動には、トランプ支持を続けてきた陰謀論者「Qアノン」の信奉者やネオナチ、白人至上主義者として知られる人達が関わっていた。検察当局は、すでに関係者55人を訴追請求したと報じられている。捜査が進めば、その実態は明らかになるだろう。報道機関には、なるべく詳細に事実を報じてもらいたい。

 また、今は誰もが発信することができる時代だ。気軽に陰謀論を拡散している人には、それがウイルスをばらまくのに等しい行為だという自覚を持ってほしい。

 カルト的思考・発想が流布するのを甘く見てはいけない。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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