ロシア、欧州に短距離弾道ミサイルを配備:「戦略的安定」を巡る米露の角逐
12月16日、ロシア国防省は、西部軍管区に「イスカンデル-M」短距離弾道ミサイルを配備したことを認めた。
国防省は配備地域を明らかにしていないが、「NATOとの国境付近」としていることから、バルト海に面した飛び地のカリーニングラード特別区に配備されたと見られる。
この件については、ドイツのBild誌が以前、匿名の軍事筋の話として報じていたが、これを認めた形だ。
Bild誌が独自に衛星画像を入手したところによれば、カリーニングラードには少なくとも10両の「イスカンデル-M」移動式発射機が配備されているという。
「イスカンデル-M」は射程500kmの短距離弾道ミサイルで、射程500-5500kmの弾道ミサイル配備を禁じた1987年の中距離核戦力(INF)禁止条約にはぎりぎりで抵触しない。
したがって、ロシア国防省が「いかなる国際条約にも違反していない」と述べるとおり、カリーニングラードに同ミサイルを配備すること自体には法的問題はないのはたしかである。
だが、バルト三国や東欧諸国は強い懸念を示している。
これらの諸国が「イスカンデル-M」の射程に入ることに加え、同ミサイルが米国のミサイル防衛(MD)への対抗措置として位置付けられているためだ。
ロシアは2006年にブッシュ政権が掲げた東欧MD計画がロシアの核抑止力を低下させるとして強く反発し、2008年にはメドヴェージェフ大統領(当時)が教書演説の中で「イスカンデル-M」のカリーニングラード配備を打ち出したことで国際的な波紋を広げた。
その後、2009年にオバマ政権がミサイル防衛計画の見直しを発表したことで一時期に問題は沈静化したが、新たなミサイル防衛計画に自国を参画させるよう要求するロシアと、同盟国でもないロシアを深く関わらせることはできないとするNATO側の立場の相違により、問題は再び再燃した。
さらに最近では、イランの核開発問題(もともと東欧MD計画はイランの弾道ミサイル脅威を念頭に置いたものだった)に関する国際合意が成立したことを受けて、「東欧へのMD配備は必要なくなったのだから計画を中止すべき」とするロシアと、「東欧MDはより幅広い脅威を念頭に置いたものであり、計画は中止しない」とする米国との間で対立が発生していた。
今回、ロシアがカリーニングラードに「イスカンデル-M」を配備したことはこれに対する対抗措置であったと見られ、Bild誌の報道もロシア側による意図的な情報リークだった可能性もある。
さらに視野を広げると、ロシアはMD問題も含めた「戦略的安定」に神経をますます尖らせている。
特にロシアが懸念しているのが、米国の非核戦略兵器の開発だ。
米国は重金属などの非核弾頭を装備した極超音速兵器システムをCPGS(通常弾頭型グローバル即時打撃手段)として開発しており、使用の敷居が高い核兵器に代わる「使える」戦略攻撃手段となる可能性がある。
だが、こうした兵器システムが実現してしまえば、核超大国であるロシアの国際的立場の低下は必至であるばかりか、実際にこのような兵器による限定攻撃を受けた場合には反撃手段がない(核で反撃すれば全面核戦争にエスカレートしてしまう)ということになってしまう。
つまり、米国がMDで防御網を築きつつ、核で反撃できない攻撃手段まで持つという事態が遠くない将来に予想されるわけである。
もともとロシアは第2次チェチェン戦争(1999-2009年)やグルジア戦争(2008年)の際にも長距離巡航ミサイルによる限定的な精密攻撃を米国から受ける可能性を強く懸念していたが、CPGSのような兵器が出現すればその懸念はさらに強まる。
核に代わる攻撃手段の出現によって核兵器の地位が低下する可能性については、2012年、プーチン首相(当時)が選挙戦中に発表した国防政策論文の中でも触れられていたが、今年12月のプーチン大統領の教書演説の中でも、こうした非核長距離攻撃手段に対する懸念が改めて示された。
また、ロゴジン副首相は大統領教書演説の後、「ロシアに対する攻撃は核によって反撃を受ける可能性がある」として通常攻撃であっても核による抑止は機能すると牽制する発言を行ったほか、ショイグ国防相も極超音速兵器に対する対抗手段を検討するよう軍に命じるなど、ロシアの国家指導部全体がこのような懸念を共有していると見られる。
「イスカンデル-M」の配備はこのような文脈におけるロシアの「非対称的対抗手段」の一環と考えられる。
さらにロシアは巡航ミサイルや極超音速兵器の迎撃が可能な防空システムの開発を急いでいるほか、より「対称的な」対抗手段として自国も極超音速攻撃システムの開発に踏み出すべく、ミサイルメーカーを統合した統合極超音速兵器メーカーの設立に向けた動きを見せている(中心人物は前述のロゴジン副首相)。
ロシアの対抗措置として今後、注目されるのは、前述したINF条約だ。
INF条約は米露二国だけにINFの全廃を義務づけているが、ロシアは2006年頃からこれを「不公平」であるとして見直しを求めている。
すなわち、INFの廃棄を全ての国に義務づけるか(中国等はまず了承しない)、さもなければロシアは一方的に脱退すべきであるという声が軍や政府の高官の中で高まっている。
ロシアが再びINFの保有に踏み出せば、カリーニングラードと言わずロシア本土からでも欧州のMD施設を攻撃可能となるが、米本土には届かないという状況が生まれ、欧州の米同盟国の中に「欧州だけが攻撃された場合、米国は本当に核の傘を差し掛けてくれるか(自国が攻撃される危険を冒してまでロシアに報復攻撃をしてくれるか)」という動揺をもたらすことができる。
このような米欧の離間(デカップリング)こそが、ソ連が欧州にINFを配備した際の狙いであり、ロシアのINF脱退論の背景にも同じ意図があるものと思われる。
おりしも米国では、ロシアが開発中の新型ミサイル「ルベーシュ」が実際にはINF条約に抵触する中距離弾道ミサイル(IRBM)ではないのかという疑惑が持ち上がっているところだ。
以上のような動きと併せて、今後、「戦略的安定」を巡る米露の角逐は激しさを増すことも予想されよう。