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「不穏分子のテロだ」金正恩が“激怒” 重要工場で火災

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

 今月1日、中国との国境を流れる鴨緑江沿いの北朝鮮の工場から、大きな火の手と煙が上がった。2時間後に鎮火、大事には至らなかったようだが、火災の原因をめぐり当局と市民が相反する見方を示している。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

 新義州(シニジュ)の情報筋によると今月1日、鴨緑江沿いにある新義州化学繊維工場で火災が発生した。消火のために現場に向かったという情報筋は、「変圧器から火花が飛び、周りに置いてあった資材に燃え移り、大火災になったと現場にいた従業員から聞いた」と伝えた。

 従業員や地域住民の努力もあって、火災は2時間後に鎮火。幸いなことに工場の建物に延焼することはなかった。

(参考記事:【目撃談】北朝鮮ミサイル工場「1000人死亡」爆発事故の阿鼻叫喚

 火災の原因だが、施設の老朽化にあると思われる。実はこの工場、元は1919年に完成した王子製紙新義州工場だ。さすがに完成当時の設備は使われていないと思われるが、全体的に老朽化が進み、2019年末から化学繊維工場としては稼働ができなくなっていた。その代わりに、中国からカツラの加工の仕事を請け負っている。

 工場の敷地には、市内の軽工業工場に送るゴムや化学繊維の端切れが置かれていたが、10年以上経って老朽化した発電機から飛んだ火花が燃え移り、大火災になったとのことだ。

 鎮火後に新義州市安全部(警察署)の火災調査班が調査にやって来たが、変圧器から火花が飛んだという従業員の証言は無視し、化学繊維の端切れから出火し、他の資材に燃え移ったと断定。リサイクルを進める朝鮮労働党の政策貫徹を妨害しようとする「暗害分子の策動」――つまり不穏分子によるテロだとの結論を下してしまったという。

 それに対して住民は、古くなった変圧器を交換しなかったから出火したのに、奇妙な結論を下した真意はどこにあるのかと反発した。

「いくら金正恩総書記の現地視察単位(職場)だとしても、古い設備から発生した火災を暗害分子の策動として事件化したのはひどい」(現地住民)

 金正恩氏は2018年、この工場を視察したが、古い設備が更新されていない、メンテナンスが適切に行われていない、経営陣が責任を転嫁しあっているなどとして激怒した。

 北朝鮮において、最高指導者が現地視察を行った工場は特別な扱いをされているが、そんな工場で、それも3年半前に指摘されたことが全く改善されていないことがバレれば、どんな火の粉が飛んでくるかわからない。金正恩氏は2015年8月にスッポン養殖工場を視察した際、現場の管理不備に激怒し、その場で支配人の処刑を命じたくらいだ。

 そのため、存在しない暗害分子をでっち上げて、罪をなすりつけたものと思われる。

「韓国の安全企画部(現国家情報院)のスパイの仕業」というのも、同じ意味合いでよく使われるレトリックだ。

 現地の別の情報筋も、金正恩氏が現地視察を行った単位で設備老朽化で火災が発生すれば、中央から責任追及を売れるかもしれないとして、不穏分子による放火事件としてでっち上げたとしている。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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