NetflixがAIマネージャーに年収1億円、ハリウッド俳優たちが震える理由とは?
ネットフリックスがAIマネージャーの求人に1億円超の年収を提示し、ハリウッドの俳優たちが震える――。
ハリウッドの脚本家、俳優らの労働組合による大規模ストライキが収束の兆しも見えない中で、AIによる業界の変革は加速度的に進んでいる
調査報道メディア「インターセプト」は動画配信大手のネットフリックスが、このストライキの渦中に「AIプロダクトマネージャー」の求人で、最大90万ドル(約1億3,000万円)の年収を提示していると報じ、波紋を広げている。
ストライキに参加する俳優の9割近くは、健康保険の加入資格も得られない年収2万6,000ドル未満であるとされており、その落差が際立つ。
それに加えて、ネットフリックスが現在配信中のSFドラマに、「デジタル肖像権を売り渡した俳優」の悲劇を描いたエピソードがあり、同社のAI求人の衝撃を後押ししている。
ネットフリックスだけではない。ディズニーの番組制作部門もストライキの渦中に、AIを含むイノベーション担当の上級副社長の求人を公開した。
AIが世界を亡ぼすSF大作を放ち、すでに故人となった俳優を新作に出演させるなど、AIの活用を急速に進めてきたハリウッド。
そのAIがハリウッドの俳優たちに大きな影を落とす。
●「AIで優れたコンテンツを制作」
ネットフリックスが公開中の求人「プロダクトマネージャー―機械学習プラットフォーム」には、そんな説明があった。
インターセプトのケン・クリッペンスタイン氏は7月25日付の記事で、「機械学習/人工知能」による「優れたコンテンツの制作」を含む、この求人について取り上げている。
この求人がニュースになったのは、「米脚本家組合(WGA、1万1,500人)」と「映画俳優組合-米テレビ・ラジオ芸術家連盟(SAG-AFTRA、16万人)」による、1960年以来63年ぶりと言われるハリウッドの大規模共同ストライキの渦中の出来事だったからだ。
求人では、その報酬は「30万~90万ドル」とされている。
一方でSAG-AFTRAの調査では、俳優たちの所得水準ははるかに低い。
組合員の中で、健康保険の加入資格を得るための最低年収2万6,470ドル(約375万円)を満たしているのは、全体の12.7%のみだという。残る87.3%はそれを下回る年収となる。
バラエティのまとめでは、映画スターの2022年の収入ランキングトップは『トップガン マーヴェリック』主演のトム・クルーズ氏の1億ドル(約142億円)だ。
だが大半の俳優は、そんな収入とは無縁だ。
その現在の収入もAIによって脅かされる、という懸念が、63年ぶりの大規模共同ストライキの背景にある。
単純計算では、ネットフリックスが募集するAIプロダクトマネージャー1人分の最大年収90万ドルは、組合の俳優34人分の健康保険加入資格の年収に相当する。
インターセプトの報道は波紋を広げ、記事公開後、ネットフリックスは求人の説明文から、AIの利用場面としての「優れたコンテンツの購入や制作」の文言などを削除している。
だが、波紋は同社の求人に止まらない。
労組が指摘するAIの脅威そのものが、当のネットフリックスが配信中のドラマで描かれているのだ。
●「デジタルレプリカ」への懸念
ニュースサイト「デッドライン」の7月10日付の記事で、SAG-AFTRAの組合員の1人は、インタビューにこう答えている。
同組合が歴史的なストライキを決定したのはその3日後だ。
組合員がコメントしているのは、ネットフリックスが6月から配信中のSFドラマシリーズ「ブラック・ミラー」シーズン6の第1話「ジョーンはひどい人」のエピソードだ。
エピソードは、『フリーダ』などで知られるサルマ・ハエック氏(さらには静止画像だけで登場するケイト・ブランシェット氏)らカメオ出演する俳優が、動画配信会社に「デジタルレプリカ(複製)」の使用許諾をしてしまったことから、AIで制作されるドラマが引き起こすディストピアを描く。
組合員がこれを「未来のドキュメンタリー」と話すのは、俳優のデジタルレプリカが、製作側の業界団体である「全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)」と労組側のSAG-AFTRAとの交渉の、焦点の1つとなっているからだ。
製作者側は交渉の中で、「デジタルレプリカの作成、使用、代替についての演者の同意」を要件とするデジタル肖像権保護を打ち出した、と表明。
一方の労組側は「エキストラの演者を1日分の支払いでスキャンし、それを永遠に使おうとしている」と主張し、これを製作者側が「虚偽」と反論。労組側はデジタルレプリカの作成、修正について、演者による「都度の同意と報酬」を求めている。
●故人が新作に出演する
ハリウッドでは、すでにデジタル化された故人が新作に復活出演するという事例もある。
「スター・ウォーズ」シリーズの2016年公開のスピンオフ作品『ローグ・ワン』では、第1作『エピソード4/新たなる希望』(1977年)に続くデス・スターの司令官、ターキン総督役の故ピーター・カッシング氏(1994年没)が、モーションキャプチャーとCGによって、当時のままの姿で復活出演している。
また、失語症のために2022年3月に引退が公表された俳優のブルース・ウィリス氏は、前年の2021年8月、ロシアの通信会社のCMに、AIによる顔画像の差し替え技術「ディープフェイクス」を使って出演。実際の演技はロシア人俳優が行った。
この出演を巡っては、デイリー・メールが2022年9月に「ウィリス氏がデジタルツイン(複製)の権利を売却」と報じたが、ウィリス氏側はこの報道を否定している。ただ、CMの制作会社とウィリス氏側に、実際にどのような取り決めがあったのかは明らかにされていない。
さらに、36年ぶりの続編となった2022年公開の『トップガン マーヴェリック』に出演したヴァル・キルマー氏は、2014年に喉頭がんの手術のために声を失っていた。だが、過去の音声データをもとに、劇中ではキルマー氏の声をAIで再現している。
エキストラ俳優も、AIテクノロジーによって効率化されている。
アップルTV+のコメディドラマ「テッドラッソ 破天荒コーチが行く」では、コロナ禍でエキストラの数に制約があった時期に、数十人の俳優のデジタルレプリカによってサッカースタジアムの観客席を満員にしたという。
一方で、AIの使用をめぐる倫理も問われている。
2021年7月には、米国の有名シェフ、故アンソニー・ボーディン氏のドキュメンタリー映画『ロードランナー』で、本人の生前のメールなどを、AIで生成した音声で読み上げさせ、挿入していたことを巡り、疑問の声が噴出した。
これらの事例は「ブラック・ミラー」のエピソードと、紙一重でもある。
●ディズニーでも
AIに関連する幹部の求人はネットフリックスだけではない。
ディズニー+などの番組制作を担うディズニー・ブランデッド・テレビジョンは、やはり大規模ストライキ中の7月28日付で、ポストプロダクション・イノベーション担当の上級副社長職の求人を公開している。
説明文には「AIのような技術開発の最先端に立つ」との責任分担が示されている。
「デジタルレプリカ」への懸念は、リアルな脅威としてハリウッド俳優たちの間に広がる。
そしてその懸念は、ハリウッドだけにとどまりそうもない。
(※2023年8月7日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)