高市大臣 TVやラジオが「首相は嘘つき」呼ばわりしたら放送法4条の「政治的公平」に違反しますか
放送法4条は撤廃すべき?
[ロンドン発]2016年2月、「政治的公平」を定めた放送法4条は「法規範性を持つ。将来にわたり可能性が全くないとは言えない」と電波停止命令の可能性について言及したことがある自民党の高市早苗元総務相が再び総務相に起用されました。
15年4月、「菅義偉官房長官を名指しで批判したコメンテーターの発言や過剰な演出が放送法違反に当たるのではないか」と自民党がテレビ朝日とNHKの経営幹部を情報通信戦略調査会に呼び出して事情聴取したことがあります。
放送法4条には次の4つのことが定められています。
一、公安および善良な風俗を害しない
二、政治的に公平である
三、報道は事実をまげない
四、意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにする
高市総務相の見解と異なり、放送法4条は放送業界に課せられた「倫理規範」と一般的には理解されています。
高市総務相の再登板でNHKや民放各社に対する安倍政権の締め付けが一段と厳しくなるのでしょうか。昨年3月には、放送法改正の議論の中で放送法4条の撤廃が取り沙汰されたことがあります。放送と通信の垣根がなくなる中で、規制を緩和しようという文脈でした。
放送の「政治的公平」を撤廃した米国は右旋回
しかし日本民間放送連盟(民放連)の井上弘会長(当時)は「フェイク(偽)ニュースへの対応が世界的に共通の社会問題になってきた昨今、バランスの取れた情報を無料で送り続ける私たち放送の役割は、これまで以上に重要」と放送法4条の撤廃に反対し、この話は立消えになりました。
中東・北アフリカを大混乱に陥れたイラク戦争を主導した“影の大統領”ディック・チェイニー米副大統領を描いた米映画『バイス』(2018年)をご覧になられましたか。
TVやラジオの放送で反対意見を持つ者に対して公平な発言時間を与える米連邦通信委員会のフェアネス・ドクトリンが1987年に廃止されるシーンが描かれています。これを境に米国ではFOXニュースなどTVやラジオの右派メディアが台頭し、世論の右傾化を加速させました。
日本では、放送法4条はTVやラジオの「政治的公平」を守る最後の砦であるとともに、通信事業者の放送への新規参入を阻む防波堤の役割も果たしているようです。
英国では新しく就任したボリス・ジョンソン首相が、市民生活と企業活動を大混乱に陥れる「合意なき離脱」に突き進む英国でも放送の「政治的公平」が大きな議論になっています。英国にも日本と同じような「政治的公平」のルールが定められています。
「政治家が嘘をついたら嘘つきと呼ぼう」
しかし、英公共放送チャンネル4ニュースのトップ、ドロシー・バーン氏は8月のエジンバラ国際TVフェスティバルでの講演でジョンソン首相を「周知の(みんなが知っている)嘘つき」と公言。TVインタビューよりSNSを好むジョンソン首相と最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首を「臆病者」と呼びました。
「私たちは決断する必要があります。周知の嘘つきが首相になった時、私たちは何をするのかを」「この問題について何人かのTV局のジャーナリストと議論したら『嘘つき』という言葉を使うのは避けるだろうと話しました」
「英BBC放送の著名プレゼンターは保守党の女性閣僚が『英国はトルコのEU加盟を止めることができない恐れがある』と話した時『変だ』と反応しました。変であると同時に本当ではない、それは嘘です」
「私たちはL(嘘の頭文字)ワードを使う時が来たのでしょうか。私は政治家が嘘をついた時、彼らを嘘つきと呼ぶ必要があると信じています。もし私たちが礼儀を守り過ぎたら、どのようにして視聴者は政治家が嘘をついていることを知ることができるのでしょう」
首相官邸は「公平性を求められる報道機関のトップが強い政治的な声明を出すために、意図的に扇動的な言葉を使ったことは残念だ。対応を検討する」と非難し、チャンネル4のインタビューを拒否しました。
「政治の力学は変わった」
16年6月、EU残留・離脱を問う国民投票を実施して敗北、首相を辞任したデービッド・キャメロン氏は約3年3カ月の沈黙を破り、近く回想録『For the Record(記録に残すために)』を出版します。この中で離脱派を「嘘つき」となじり、ジョンソン首相について「彼はEU離脱を信じていなかった。政治的なキャリアの足しにしたかっただけだ」と非難しています。
「ポピュリズムの時代のあらゆる特徴、ソーシャルメディアの隆盛、偽ニュースの出現、反エスタブリッシュメント(支配層)感情、グローバリゼーションに対する不安の高まり、大量の移民に向けられたフラストレーションは私たちに対して陰謀を企てているように見えました。政治の力学は変わったようです」
「離脱派は『EUに毎週送っている3億5000万ポンドを国民医療サービス(NHS)のために使いましょう』とキャンペーンを張りました。それは本当ではありません。ボリス(ジョンソン首相の名前)が国中をキャンペーンバスで走ったとき、真実を置き去りにしました。彼らは論争を望んでいました。英国がEUに資金を出していることを継続的に強調していたからです」
「マイケル・ゴーブ国務相(ランカスター公領相)は、2030年までにEUから『500万人の移民が英国に来る』と述べ、EUがトルコの加盟を認める目標について言及しました。トルコが数十年間EUに加盟する見込みはありませんでした。他のすべてのEU加盟国と同様に、英国は新たな加盟国に対する拒否権を持っていました」
キャメロン首相(当時)の陣営は国民投票後の世論調査で残留派は10%ポイントもリードしており、残留派のストラテジストは勝利を確信していたそうです。
しかし、大衆が飛びつきやすい嘘を垂れ流し続ければ、それを打ち消すのは至難の業です。「嘘も100回言えば真実になる」という離脱派の戦略は大成功を収めました。
EU離脱の罠から永遠に抜け出せない英国
ジョンソン首相やゴーブ国務相が「英国はEUを離脱すれば良くなる」という嘘をつき続けているのは間違いありません。そんなデータはどこにもないのに英国人の多くは信じているのです。
EU離脱の正体は経済論争ではなく、ナショナリズムの運動であり、競争力を失った白人英国人のフラストレーションに過ぎません。EUを飛び出しても英国が抱える問題は何一つ解決しません。それどころか症状はさらに悪化するでしょう。
”ハーメルンの笛吹き男”ジョンソン首相の口車に乗せられて英国が「合意なき離脱」に突き進んだら、英国への海外直接投資は激減し、ひどい労働力の供給不足と生産性の低下に見舞われ、中国の文化大革命と同じ悲惨な運命をたどることになるでしょう。
しかし保守党と労働党の二大政党制を徹底的に破壊し、残留派連合と保守党・ブレグジット党の離脱派連合の2つに再編できない限り、英国はEU離脱の罠から永遠に抜け出すことはできないのかもしれません。
(おわり)