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米朝「物別れ」を中国はどう見ているか? ――カギは「ボルトン」と「コーエン」

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
ハノイでの米朝拡大会議に突如姿を現した超タカ派のボルトン大統領補佐官(写真:ロイター/アフロ)

 2回目の米朝首脳会談が物別れに終わった。米側は北朝鮮側が全面的な制裁解除を求めたからだと言い、北朝鮮は一部解除しか求めていないと反論。これを中国はどう見るか。朝鮮半島問題に詳しい、中国政府元高官を取材した。

◆米朝で食い違う物別れの理由

 2月27日から28日にかけて華々しく行なわれるはずだった米朝首脳会談は、28日の昼、突然、決裂に終わった。

 27日に振りまいた笑顔と打って変わって、トランプ大統領は28日午後、険しい顔つきで「北朝鮮が制裁の全面解除を求めてきたので、それに応じることはできなかった」という趣旨の説明を記者団にした。北朝鮮側は寧辺(ヨンビョン)の核施設の完全放棄だけを条件に制裁の全面解除を求めてきたので、応じるべきではないと判断したとのこと。

 それに対して北朝鮮の李容浩(リ・ヨンホ)外相は、28日から3月1日にかけての深夜1時頃会見を開き「北朝鮮は制裁の全面解除など求めていない」「求めたのは一部解除だ」と反論した。

 李外相によれば、「北朝鮮は米国の査察の下で寧辺核施設の完全廃棄を提案したが、これは米朝間の信頼の程度を考えると、現段階では北朝鮮ができ得る最大級の非核化措置である」という。そして制裁解除に関しては、「北朝鮮が解除を求めたのは、あくまでも国連安全保障理事会が2016~17年に採択した決議による制裁のうち民生分野の一部だ」と説明した。すなわち、民間の経済と北朝鮮国民の暮らしを妨げている制裁のみを解除するよう求めた。さらに北朝鮮側は「核実験と長距離ミサイル発射実験を永久に中止すると文書で確約する用意があることも提案した」と明らかにした。ところがアメリカは、「寧辺廃棄以外にもう一つ廃棄すべだとして、最後まで譲らなかった」と、李外相は主張している。

 ここで言う「もう一つ」とは何かというと、おそらく昨年のシンガポール米朝首脳会談の前(5月)に出されたアメリカの「科学国際安保研究所(ISIS)」の報告書で明らかにされた「カンソン(KangSong)(降仙)発電所」にあるという第2の秘密ウラン濃縮施設を指しているのではないかと思われる。 カンソンのウラン濃縮施設は、寧辺の2倍のウラン濃縮能力を持つと言われている。

 具体的な核施設名は明示しなかったものの、たしかにトランプ大統領は28日午後の記者会見で、「北朝鮮は、われわれ(アメリカ)が知っていることに驚いていた」と述べている。

 この「もう一つ」の核施設名は、28日の拡大会議が始まった時に、アメリカ側が突如提起したのではないかと推測される。

 なぜなら、拡大会議が始まる前までは、トランプ大統領は金正恩委員長を「素晴らしい指導者だ」と持ち上げ、「われわれは特別な関係にある」と、讃辞を惜しまなかったからだ。そして朝鮮戦争の終戦宣言というプレゼントをしてもいいと思い、さらに共同声明に署名すべく、共同声明文まで用意していた。そうでなかったら、70を過ぎた大統領が地球を半周するほどの距離を飛んでハノイまで行きはしなかっただろうし、また金正恩にしたところで、事前の良い感触がなかったら、70時間近くもかけて約4000キロの陸路を平壌(ピョンヤン)からハノイまで揺られることを選びはしなかったにちがいない。

◆謎を解くカギは「ボルトン」と「コーエン」

 ではなぜ、友好的なムードがいきなり断ち切られたのだろうか?

 その謎を解くカギは国家安全保障問題担当のボルトン大統領補佐官とトランプ大統領の元顧問弁護士だったコーエン被告の存在にあると筆者は見ている。

 なぜなら、ボルトン氏はベネズエラの対応に追われて、本来なら米朝首脳会談前に韓国で行なわれることになっていた日米韓閣僚級会議への出席も断っていたのに、なんと28日のハノイにおける拡大会議にはボルトン氏の姿があるではないか。これでは(通訳を除いて)北朝鮮3人に対してアメリカ側は4人となり、人数的にも釣り合わない。

 実は、対中問題でも超タカ派のボルトン氏が、ハノイでの米朝首脳会談に出席できないことに中国メディアは注目していた。

 トランプ大統領にしても、ボルトンがいなければ、ロシア疑惑などで厳しい立場に追い込まれている状況から目を逸らさせるサプライズのような外交成果を金正恩委員長との直接会談を通して上げることができるかもしれない。ノーベル平和賞を口にするほど、歴代のどの大統領にもできなかったことを、このトランプは成し遂げることが出来るという自負があってこそ、ここまで飛んできたはずだ。

 だというのに、ここに来て突然、ボルトン氏の出席を許したのはなぜだろうか?

 それは、取りも直さず、この記念すべき米朝首脳会談の第一日目である27日に、コーエン被告の公聴会を米下院がぶつけてきたからではないのか。トランプ大統領が米朝首脳会談を2月27日および28日と決定したときには、コーエン被告の公聴会はいつ開かれるかは決まっていなかったし、開かれるとしてもずっと先のことで、ひょっとしたら開かれないかもしれないという観測さえ飛び交っていた。それがピッタリ、米朝首脳会談の第一日目にぶつけてきたのだ。

 もしトランプ大統領が米朝首脳会談で大きな成果を上げて、国内におけるスキャンダルを帳消しにしようとしても出来ないように、民主党が多数派を占める米下院が狙い撃ちしたのだろう。

 案の定、コーエン被告は公聴会で「トランプ氏は人種差別主義者、詐欺師、ペテン師だ」と言ってのけた。そしてロシア疑惑や不倫相手への口止め料支払いなど、顧問弁護士として知り得た情報を全て暴露してしまった。

 この上、もし北朝鮮に甘い顔を見せて譲歩したりなどしたら、トランプ大統領が受けるダメージは計り知れず、立ち直れなくなってしまうかもしれない。そこで、ボルトン氏が突如姿を現して、昨年来主張してきた「もう一つの秘密ウラン濃縮施設(カンソン)」の存在を金正恩委員長の前で突然披露して譲歩を迫り、金正恩をたじろがせたのではないだろうか。北朝鮮が「もう一つの秘密ウラン濃縮施設」の存在を認めないことを知り尽くしているボルトン氏は、金正恩が譲歩しないことを以て、トランプ大統領に共同声明への署名を諦めさせ、アメリカ国内における大統領の地位を守ってあげたというのが実情ではないかと思う。

 だからトランプ大統領は、渋々「物別れ」の道を選び、しかし金委員長には笑顔を見せながら別れの握手をした。

 ここまでの理論武装をした上で、朝鮮半島問題に詳しい、中国政府の元高官を取材した。

◆米朝「物別れ」に対する中国の見解

 以下、Qは筆者で、Aは中国政府の元高官である。

Q:このたび、ハノイ会談で米朝が物別れになった原因に関して、アメリカは「北朝鮮が制裁の全面解除を求めてきたから」と言い、北朝鮮は「全面解除など求めていない。求めたのは、あくまでも一部解除だ」と言っていますが、これをどう思いますか?

A:まあ、どう考えても北朝鮮の言い分の方が正しいだろう。なぜなら金正恩は、何度も習近平に会って、「段階的非核化と、それに相応した段階的制裁解除」という戦法を習近平も支持することを確認し合ってきた。アメリカとの間にまだ十分な信頼関係が築かれていない現状で、仮に金正恩が全面解除などと言ったとしたら、習近平との約束を破ったことになり、四面楚歌になるだろう。今の金正恩には、そんな無謀な勇気はないはずだ。全面解除を要求するなら、北は核申告リストの全面公開をしなければならない。しかしそれは、アメリカとの間でよほど深い信頼関係を築いていなければ実行できない事情も習近平は理解している。

Q:なるほど。ではなぜトランプは「北が制裁の全面解除を求めてきたから」と言ったと思いますか?

A:それは簡単な話だ。タカ派のボルトンは、ハノイの米朝首脳会談出席者の名簿には名前がなかった。中国政府はそのことを確認している。しかし急遽、出席している。それは米議会がコーエンの公聴会を、米朝首脳会談の一日目にぶつけてきたせいだろう。ここでトランプが金正恩に妥協したら、今度はトランプのアメリカ国内における立場がなくなる。だから金正恩のせいにして、「自分はテーブルを蹴って席を立った」という勇ましいイメージを作りかったに決まっている。

Q:その見解は私と一致しています。では、今回のトランプの行動は、今後の中国に何か影響をもたらしますか?

A:いや、中国に対しては、いかなる影響も及ぼさない。ただ金正恩に対しては、今までよりも一層、習近平を頼りにするという影響はもたらすだろう。その意味で、果たしてアメリカにとって有利になったのか否かは、考えてみなければならない。

Q:たとえば、どのようなことが想定できますか?

A:ん――、それはかなり厄介な質問だ。これはあくまでも個人的見解だが、たとえば、トランプはアメリカ国内で、自分はこれまでの大統領ができなかった北朝鮮問題を解決するという歴史的偉業を成し遂げた偉大なる人物だと自慢したかったはずだ。だからこそ、安倍(首相)にノーベル平和賞の候補者にノミネートするよう、頼んだりしている。しかし、今回の決裂により、結局は、これまでの大統領と大差ない闇に足を踏み入れてしまったことになる。ここから抜け出すのは並大抵のことではない。ボルトンは、果たしてトランプのためになることをやったのか否か。コーエンによる暴露があっても、むしろ北朝鮮問題を解決する道を選んだ方が賢明だったのではないかとも思う。なぜなら、もし北朝鮮問題を解決したならば、それは本当に歴史的な偉業となり、長い目で見ればトランプの栄誉になったはずだ。習近平もトランプに一目を置くことになっただろう。トランプはコーエン問題に怯え、土壇場でボルトン路線に引き込まれてしまった。チャンスを逃したのは金正恩ではなく、トランプだったかもしれない。

 元高官が取材の最後に残した「もっとも、習近平は、今もまだ、完全には金正恩のことを信じているわけではないが……」という言葉が印象的だった。北朝鮮非核化の闇はさらに深まるばかりだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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