北朝鮮の「医療崩壊」が招く術中死…国民は医師に同情
北朝鮮で医師になるには、全国に11ある医科大学に入学し、1年間の予科、6年間の専門教育を経る。医師免許の国家試験に合格すれば病院に配属となり、半年間の実習を受ける。その後、6級医師になれるが、最上級の1級になれる医師はごく一部で、ほとんどが3〜4級にとどまる。
教育制度そのものは日本とさほど変わらないが、専門医になるまでの期間は6年半で、10年以上かかる日本とは異なる。
平壌市内のある病院で先月、医療事故が発生したが、執刀医はなんと大学を出たばかりの実習生(研修医)だった。現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
平壌市内のある区域の病院に12月15日午後2時ごろ、救急患者が搬送された。医師は診察の結果、急性虫垂炎と診断を下し、すぐに手術にとりかかったが、患者はその途中に出血性ショックで亡くなった。
現在の日本の医師は、抗菌剤を投与、一般で言うところの「ちらす」治療を行い、手術をできるだけ避けるものだとされる。手術をする場合も、侵襲性の低い(あまり切らない)腹腔鏡手術を行うという。
この平壌の病院での手術がどのようなものだったか、情報筋は触れていないが、その実態は衝撃的なものだった。執刀医が、平壌医科大学を出たばかりの研修医だったというのだ。
(参考記事:【体験談】仮病の腹痛を麻酔なしで切開手術…北朝鮮の医療施設)
本来、執刀は外科課長が行うことになっているが、当日はある事情で不在にしていた。内科課長などが協議した結果、研修医に手術を任せることにしたという。病院の幹部は、彼の腕の高さを評価していたのだ。
しかしこの研修医、手術に何度か立ち会った経験はあるが、あくまでも助手としてだ。病院幹部は、彼の腕を買いかぶりすぎていたのだ。また、手術を先送りできないほど、患者の容態が深刻だったという事情もあった。
この話を聞いた人びとは、亡くなった患者のみならず、研修医にも同情している。「上からやれと言われたからやるしかなかった」(情報筋)からだ。
席を外していた外科部長が責められるかと思いきや、不在の理由が明らかになるにつれ、むしろ同情の声が上がるようになった。
彼の妻は、市場で電化製品を販売していた。現在は穀物や魚介類、輸入品などと合わせて、電化製品の販売は禁止されている。彼女が、取り締まりにやって来た安全員(警察官)に捕まったとの知らせを受け、その解決のために、病院を留守にしていたのだった。
そんな事情を知った人びとは、国を責め始めた。
「誰の過ちでもない。(医師には)コメを安く売るなどしてやるべきだったのに、(国がそれをしないため)妻が商売をするしかなかったが、儲からない上に取り締まりに遭って品物をすべて没収されそうになったのだから、どうしようもなかったのだろう」
北朝鮮で医師の社会的地位は低く、給料も安い。家族が市場で商売するか、医師自らが自宅で闇のクリニックを開くか、あるいは診察、手術にあたって患者やその家族からワイロを受け取るかして、現金収入を確保しなければ、到底生きていけない。
(参考記事:響き渡った女子中学生の悲鳴…北朝鮮「闇病院」での出来事)
医療機器は老朽化し、医薬品も足りないが、国は、それらの確保を病院に丸投げした。医師たちは、穀物から医薬品を作り出したり、希釈した農薬を患者に飲ませたりと、民間医療でもやらないようなことを、医療行為と称して、やるしかないのだ。
北朝鮮が未だに自慢している「社会主義保険制度」の崩壊や、過去30年で進んだ市場経済を、無理やり旧態依然とした計画経済に戻そうとする無謀な試みなど、国のシステムそのものの機能不全が、患者の命を奪ったのだ。
なお、当該の研修医に対する処分について、情報筋は言及していない。