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10代前半の自殺、100年ぶりの高水準に。その要因は

石井志昂『不登校新聞』代表
10代前半の自殺者率、縦軸は10万人あたりの自殺者数(人口動態統計より作者作図)

 人口動態統計の調査結果により、10代前半の自殺率が約100年ぶりの高水準になっていたことがわかりました。

 調査結果によると、10代前半の自殺率は1940年調査から1990年調査までのあいだは10万人あたりおおむね1人以下の水準が維持されていました。しかし、2000年ごろから増加を始め、最新の2018年の統計(月報年計・概数)では、10代前半の自殺率は1.9人。高水準だった100年前の水準を上回っていました。なお2018年だけが突出していたわけではなく、2017年の統計でも10代前半の自殺率は1.9人。

 10代前半の自殺が、100年前の水準に戻ってしまったこと、これは他の年代と比べると傾向が異なります。ほとんどの世代で自殺率は減少してきたからです。

社会の変化で減少した高齢者自殺

80代前半の自殺率推移、縦軸は10万人あたりの自殺者数(※作者作図)
80代前半の自殺率推移、縦軸は10万人あたりの自殺者数(※作者作図)

 減少が顕著に見られたのが60代以上の高齢者自殺でした。80代前半の自殺死亡率を例に取ると、100年前と比べて5分の1近くになっていました。60代、70代も100年後には自殺率が半減以下になっています。

 高齢者の自殺率が高かった要因としては「治らない病」などを悲観して自殺に追い詰められていったと考えられています。それもそのはずで100年前の80代と言えば、10代のときにペリーが日本に来航したという江戸時代を生きてきたわけです。そのころと比べれば格段に医療技術は進歩し、福祉環境は整備されました。こうした社会環境の変化が自殺の減少に寄与したと思われます。

 社会環境の変化によって自殺の減少が見られた例は近年でもあります。令和元年版自殺対策白書によれば、自殺者数は9年連続で減少しました。要因は、失業率の低下、相談体制の充実、行政の取り組み、うつ病などに対する医療の進歩などが指摘されています。どの要因がもっとも効果的だったのかは見解の分かれるところですが、社会の変化によって自殺は減少しました。もちろん、それでも自殺率が高いことは危惧すべきことです。

「原因不明」が続く10代前半の自殺

 10代前半の自殺増を考えるうえで、まず検討したいのが「動機・背景」です。なぜ本人は追い詰められたのか、その要因を捉え、改善していくのが筋道です。

 しかし、自殺の動機・背景は、学校問題(学業不振、いじめなどの学友不和)と家庭問題に大別されますが、それ以上のくわしいことは「不明」と言うほかありません。

 近年の自殺増加について厚労省は「自殺の原因・動機に関する判断資料を残していない割合をみると、特に10歳代前半の自殺者において多くなっている。そのため、児童生徒の自殺は突発的で予兆がないという印象を与えることも多い」との見解を示しています(令和元年版自殺対策白書86ページ)。

 ある程度、動機・背景が報告されている自殺もありますが、自殺の動機・背景を調査するのは警察です。警察は捜査を進めるなかで、他殺ではなく自殺と判明した段階で捜査を打ち切るため、事実上、自殺の調査にはなっていません。年齢や性別などに比べて、動機・背景の調査結果は精度が低いと言えます。

 文科省も自殺の調査結果を発表していますが、文科省調査はいじめ自殺の件数が極端に少ない、警察の発表と比べると自殺者数自体の報告が少ないなどの理由から、教育関係者からは批判を集めています。

 一方、100年前に自殺率が高水準だったことについても、自殺総合対策推進センターの森口和研究員は「内務省統計報告等100年前の資料をみても、動機は『その他』や『不詳』が多くなっており、10代前半の自殺の原因・動機については、はっきりしたことはわからないことが多い」と話しています。

 当時の状況を知る手掛かりとして、与謝野晶子氏が『人及び女として』(1916年発行)で学生の自殺について言及していました。

 『人及び女として』によれば、学生の自殺が報道されるものの「新聞記者たちの批判は冷淡と浅薄を示している。すなわち『文学や哲学にふけった結果の厭世自殺であろう』と言うのである(中略)厭世の原因を一概に文学や哲学に帰するのは臆断も甚だしい」と批判しています(作者現代語に変換)。

 また、与謝野氏は、自殺の原因を決めつけず、報道から背景を読み取ってみると、一人は貧困、一人は周囲の無理解によって自殺にまで追いつめられたと言及していました。

 こうした指摘があったにもかかわらず、100年後の現在も自殺の背景・要因がていねいに分析されていません。まさにその事態こそが増加に歯止めがかからない要因ではないでしょうか。当然ながら、自殺防止対策の第一歩として、くわしい実態調査がなされ、その分析結果が施策に反映されるべきです。

 一方、自殺問題に取り組む清水康之さん(自殺対策支援センター ライフリンク代表)は、自殺増加の背景とその対策について下記のよう語っています。

増加の背景に過剰適応

 『自殺のリスクは「生きることの促進要因(生きることを支える要因)」よりも「生きることの阻害要因(生きることを困難にさせる要因)」が上回ったときに高くなります。いまの10代を見ていると、全体的に、いじめや虐待、経済的困窮といった「阻害要因」を抱えやすい一方で、自己肯定感や将来の夢、信頼できる人間関係といった「促進要因」を得づらい状況になっているように感じます。

 これはあくまでも実感ですが、とりわけSNSの影響が大きいのではないでしょうか。SNSが、日本の児童生徒間の「同調圧力」をより高める方向に悪い意味で機能しており、結果、児童生徒の「過剰適応」が深刻化しているように感じます。フォロワー数やインスタ映えなど「他者から評価されている自分」を演出することに躍起になるなかで、いつのまにか生きること自体に疲弊してしまっている10代と出会うことは少なくありません。

 そのため10代を含めた若者の自殺対策も一筋縄にはいきません。これかあれかではなく、これもあれもやっていく必要があります。具体的には「SNSを活用した相談事業」の強化など、緊急対応として取り組むべき課題に加えて「SOSの出し方に関する教育」の推進など、中期的に取り組むべき課題もあります。それに、そもそも子どもや若者が生きていて疲弊することのない社会作りを進めていくことです。子どもは日本社会の将来そのものであり、子どもたちにとって生き心地のよい社会を目指さなければなりません』

(清水康之/自殺対策支援センター ライフリンク代表)

学校の息苦しさ、抜本的に

 私個人の見解を言えば、学校のあり方を検討してもらいたいと思っています。子どもの自殺は9月1日に突出して多くなります。9月1日は全国的に夏休み明けが重なる時期です。8月下旬の夏休み明けも増えましたが、今年は9月2日が全国的に最も多い「夏休み明け」の日でした。そして今年も、報道によると9月1日から2日にかけて3件の子どもの自殺・自殺未遂がありました。

 「9月1日」に関する報道が相次ぐなかでも、子どもたちやその親から聞いたのは、相変わらず宿題や部活に追われる学校生活や、子どもの気持ちに反して学校へ縛りつけるだけの不登校対応でした。あれだけの「9月1日報道」がありましたが、学校で感じる息苦しさは変わっていないようです。

 学校で息苦しさを抜本的に解放していくこと、それを自殺対策として検討してもらいたいと思っています。

※80代前半の自殺率推移……1920年の調査は80歳以上、1930年の調査は80代全般の自殺率推移。

『不登校新聞』代表

1982年東京都生まれ。中学校受験を機に学校生活が徐々にあわなくなり、教員、校則、いじめなどにより、中学2年生から不登校。同年、フリースクールへ入会。19歳からは創刊号から関わってきた『不登校新聞』のスタッフ。2020年から『不登校新聞』代表。これまで、不登校の子どもや若者、親など400名以上に取材を行なってきた。また、女優・樹木希林氏や社会学者・小熊英二氏など幅広いジャンルの識者に不登校をテーマに取材を重ねてきた。著書に『「学校に行きたくない」と子どもが言ったとき親ができること』(ポプラ社)『フリースクールを考えたら最初に読む本』(主婦の友社)。

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