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「おかゆ」のようなバイデン大統領の優先課題はアメリカの癒やし 就任演説で中国への言及なし

木村正人在英国際ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]民主党のジョー・バイデン前副大統領(78)が20日、第46代大統領に就任し、「民主主義は勝利した」と宣言した。しかし世界は権威主義国家の中国を中心に回り始めているのは明らかだ。アメリカ国内ではバイデン氏の言う通り民主主義が勝利したのだが、世界は逆コースを進んでいる。

第26代のセオドア・ルーズベルト大統領は42歳、第35代のジョン・F・ケネディ大統領は43歳で就任したのに比べ、バイデン氏は78歳と史上最高齢で大統領に就任した。任期を満了したら82歳である。

筆者の周囲を見渡しても78歳は相当な高齢だ。バイデン氏の演説を何度聞いても存在感はやはり薄いと言わざるを得ない。分厚いステーキではなく、「おかゆ」いや「重湯」を出されたような印象だ。

差別と人種間の緊張を煽り、保護主義と孤立主義を進め、アメリカの自由と民主主義をぶち壊しにしたドナルド・トランプ前大統領という劇薬のあとは、バイデン氏のような「おかゆ」がちょうど良いのだろう。それほど新自由主義がもたらしたアメリカの症状は重かった。バイデン氏は演説でこう言った。

「新型コロナウイルスは1年間で第二次大戦におけるアメリカの死者と同じほどの命を奪い、数百万人の雇用が失われた」「政治的過激主義、白人至上主義、国内テロに正面から取り組む」「国民の結束を取り戻す。今は歴史的危機であり、団結こそが前進の道だ」

「おかゆ大統領」の最優先課題

「おかゆ大統領」の最優先課題は言うまでもなくコロナ対策。感染者約2500万人、死者約41万5900人。第二次大戦におけるアメリカの死者は41万8500人で、コロナの死者に追い越されるのは時間の問題だ。自由の国アメリカで2メートルの安全距離、マスク着用、手洗い、換気を徹底できるのか。

1571万人まで進んだワクチン接種をどこまで広げられるのか。アメリカで犠牲が広がった背景にはやはり格差がある。アメリカの人口の3分の1は肥満で、残り3分の1は太り過ぎ。貧困率が35%を超える郡は生鮮食品を食べる機会が少なく、肥満率は裕福な郡より145%も高い。貧困と肥満は切り離せない。

肥満は糖尿病、心臓病の原因となり、コロナの大敵。アメリカには高齢者のメディケアと低所得者のメディケイドという公的医療保険があるが、未加入者は2890万人にのぼる。失業率が25%に達すれば未加入者は4千万人に達するという試算もある。コロナは構造的な問題を顕在化させる。

コロナ危機は新自由主義が生んだ鬼子(おにご)であり、「おかゆ大統領」は慈善鍋で「おかゆ」をふるまい続ける必要がある。「トランプ現象」はグローバル経済、イラク戦争、世界金融危機で大きくなった傷口をトランプ氏が「見える化」してしまっただけのことだ。

バイデン氏の1.9兆ドル経済対策

アジアが台頭する中、アメリカが雇用を取り戻し、賃金を上げていくのは至難の業だ。オバマ政権、トランプ政権を通じてアメリカの政府債務残高は膨らみ続けている。バイデン新政権も1.9兆ドル(約196兆円)の経済対策を打ち出し、コロナ危機の傷を癒やして雇用を回復させなければならない。

1人当たり1400ドル(約14万4700円)の現金を支給し、最低賃金を時給7.25ドル(約750円)から15ドル(約1550円)に、失業給付の特例加算を週300ドル(約3万1千円)から400ドル(約4万1400円)に引き上げる。アメリカの政府債務残高がさらに膨らむのは避けようがない。

「おかゆ」が必要になったアメリカに中国の台頭を抑える体力が残っているとは筆者にはとても思えない。バイデン氏は就任早々、トランプ氏の世界保健機関(WHO)脱退を取りやめた。当面はトランプ氏がぶち壊した同盟国やパートナー国との関係修復を急ぐしかない。

しかし欧州連合(EU)は香港で続く民主派の人権弾圧にもかかわらず昨年末、中国との投資協定で合意した。次期米安全保障問題担当大統領補佐官のジェイク・サリバン氏は事前に「バイデン政権は中国の経済慣行に関する共通の懸念について欧州のパートナーと早期協議を持つことを歓迎する」と牽制していた。

EUはアメリカ依存体質からの脱却に大きく舵を切った。

バイデン氏は就任演説で中国に言及しなかった

アメリカ、中国、EUの3極構造の中で、アメリカの側に立ってくれるのはイギリス、オーストラリア、日本、イスラエルぐらいしか見当たらない。バイデン氏はイギリスと一緒に「先進7カ国(G7)」にインド、韓国、オーストラリアを加えた「民主主義10カ国(D10)」構想を進めるだろう。

コロナ危機から抜け出せないアメリカに比べ、中国は昨年第4四半期に6.5%の成長を記録した。昨年を通しても2.3%のプラス成長だ。アメリカだけで中国と対抗できる余力はなく、中国の横暴を抑止するネットワークを築くのが精一杯だろう。しかし中国はバイデン政権の誕生を決して楽観していない。

中国共産党の機関紙系の国際紙、環球時報(英語版)は「武器を持った兵士数千人に守られたバイデン氏は演説の中で一度も中国について言及しなかった」と指摘し、「世界で最も重要な二国間関係のためにトランプ氏の危険な政策を拒否し、逆転させるという挑戦に立ち向かわなければならない」と要求した。

「民主主義、希望、真実、正義は死ななかった」と就任演説でバイデン氏は力を込めた。しかし、その言葉とは裏腹に民主主義と希望、真実と正義は中国の力の前にすでに屈服しているのかもしれない。日本への揺さぶりも今後、激しくなってくるのは必至だ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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