Yahoo!ニュース

アトピー性皮膚炎患者の QOL 向上へ:症状の重症度と生活の質の相関を徹底解析

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
grokにて筆者作成

【アトピー性皮膚炎が日常生活に与える多面的な影響】

アトピー性皮膚炎は、かゆみを伴う慢性的な炎症性皮膚疾患として知られています。この病気は、単に皮膚の症状だけでなく、患者さんの生活の質(QOL)全般に大きな影響を与えることが、近年の研究でますます明らかになってきました。

コロンビアで実施された最新の研究によると、アトピー性皮膚炎患者の平均年齢は29.1歳で、女性の割合が高いことがわかりました。この年齢層は、キャリア形成や社会生活が最も活発な時期であり、皮膚の症状がこれらの活動に与える影響は決して小さくありません。

さらに興味深いことに、調査対象となった患者さんの多くが独身であることも明らかになりました。これは、アトピー性皮膚炎が対人関係や社会的なつながりにも影響を及ぼしている可能性を示唆しています。皮膚の症状が目に見える形で現れるアトピー性皮膚炎は、患者さんの自信や社交性に影響を与え、結果として人間関係の構築にも障害となる可能性があるのです。

【症状の重症度と生活の質の複雑な関係性】

この研究では、アトピー性皮膚炎の症状の重症度を測る様々な指標と、患者さんの生活の質を評価する指標との関係が詳細に調べられました。使用された指標には、BSA(体表面積)、EASI(湿疹面積重症度指数)、SCORAD(アトピー性皮膚炎重症度スコア)、POEM(患者指向湿疹評価尺度)などがあります。

驚くべきことに、症状が重度の場合よりも、症状が軽度から中等度の場合の方が、症状の重症度と生活の質の間により強い相関関係が見られました。これは一見すると矛盾しているように思えるかもしれません。しかし、この結果は、症状が非常に重い場合、患者さんがある程度症状に慣れてしまい、生活の質への影響が相対的に小さくなる可能性を示唆しています。

特に注目すべきは、POEM(Patient-Oriented Eczema Measure)という患者さん自身が症状を評価する指標と、Skindex-29という皮膚疾患特有の生活の質を測る指標が、アトピー性皮膚炎患者の症状の重症度と生活の質を評価するのに最も適していることがわかったことです。これらの指標は、医療者の評価だけでなく、患者さん自身の主観的な症状の認識や生活への影響を反映しているため、より包括的な評価が可能になるのです。

NapkinAIにて筆者作成
NapkinAIにて筆者作成

【治療による症状と生活の質の改善:期待と現実】

研究では、治療開始前と治療開始後の患者さんの状態も比較されました。その結果、治療を開始することで、症状の重症度と生活の質の両方が大幅に改善することが明らかになりました。これは、適切な治療がアトピー性皮膚炎患者の生活の質を向上させる上で非常に重要であることを示しています。

しかし、注目すべき点がもう一つあります。治療後も Skindex-29 の症状ドメインのスコアが高く、感情面への影響も大きいままだったのです。これは、アトピー性皮膚炎の患者さんが、症状が改善した後も心理的な影響を受け続ける可能性があることを示しています。

アトピー性皮膚炎は、見た目の症状だけでなく、かゆみや痛みといった感覚的な症状も伴います。これらの症状は、睡眠障害や日常生活の制限につながることがあります。今回の研究結果は、これらの多面的な影響を総合的に評価することの重要性を改めて示しています。

日本においても、アトピー性皮膚炎は決して珍しい病気ではありません。厚生労働省の調査によると、日本人の約10%がアトピー性皮膚炎を経験しているとされています。今回の研究結果は、日本の患者さんにも十分に当てはまる可能性が高く、治療方針の決定や生活指導の際の重要な参考になるでしょう。

アトピー性皮膚炎の患者さんやそのご家族の方々へのアドバイスとしては、症状の程度に関わらず、適切な治療を受けることが非常に重要です。また、症状だけでなく、生活の質についても遠慮なく医療者に相談することをおすすめします。医療者側も、患者さんの生活の質に十分注目し、身体面だけでなく心理面も含めた総合的なケアを提供することが求められます。

【結論:アトピー性皮膚炎治療の新たな展望】

この研究結果は、アトピー性皮膚炎の治療アプローチに新たな視点をもたらしています。従来の症状の重症度のみを指標とした治療から、患者さんの生活の質を含めた包括的な評価と治療へと、パラダイムシフトが必要であることが明確になりました。

特に、POEM や Skindex-29 といった患者報告型の評価指標の重要性が浮き彫りになったことは、今後の治療方針に大きな影響を与える可能性があります。これらの指標を積極的に活用することで、患者さん一人ひとりの個別的なニーズに応じたよりきめ細かな治療が可能になるでしょう。

さらに、症状が改善した後も継続的な心理的サポートが必要であることが示唆されたことは、アトピー性皮膚炎治療の長期的な戦略を考える上で非常に重要です。皮膚科医や看護師だけでなく、心理専門家との連携も、今後はより重要になってくると考えられます。

参考文献:

Sanclemente G, Hernández N, Tamayo L, et al. Correlation between disease severity indices and quality of life measurement tools in atopic dermatitis patients. Biomédica. 2024;44:318-27. https://doi.org/10.7705/biomedica.6998

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

美肌アカデミー:自宅で叶える若返りと美肌のコツ

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月4回程度(不定期)

皮膚科の第一人者、大塚篤司教授が贈る40代50代女性のための美肌レッスン。科学の力で美しさを引き出すスキンケア法、生活習慣改善のコツ、若々しさを保つ食事法など、エイジングケアのエッセンスを凝縮。あなたの「美」を内側から輝かせる秘訣が、ここにあります。人生100年時代の美肌作りを、今始めましょう。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

大塚篤司の最近の記事