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上皇后美智子さま87歳のお誕生日に被災地を彩るハマギク 果たせなかった約束

つげのり子放送作家、ノンフィクション作家(テーマ:皇室)
上皇后美智子さま(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 10月20日、上皇后美智子さまは87歳のお誕生日を迎えられた。上皇さまとともに朝食後は本を音読し、朝夕に庭の散策を欠かさず、規則正しい日々を過ごされている。また、結婚によって皇室を離れる初孫・眞子さまについても、寂しい思いを抱いていらっしゃるという。

 美智子さまのお誕生日を、特別な思いを抱いて心待ちにしていた人がいる。岩手県大槌町で「三陸花ホテルはまぎく」を経営する、千代川茂さんだ。

「ホテルに面した美しい入江の浪板海岸は、東日本大震災の津波に襲われ、地盤沈下ですっかりなくなってしまいました。私は砂浜を再生するプロジェクトを進めてきましたが、来月ようやく完成します。実はそこには、“美智子さまとの約束”があったのです」

 このホテルと美智子さまの繋がりは、ちょうどお誕生日の頃に咲く花、ハマギクと深く関係していた——。

■浪板海岸に咲く白い花

 平成9年、上皇ご夫妻は大槌町で開かれた「全国豊かな海づくり大会」に出席するため、千代川さんのホテルに宿泊された。お二人は部屋の窓から岬の麓に咲く、白く小さな花に目を留め、「あの花は何ですか?」と尋ねられたという。

 その後、上皇ご夫妻は浪板海岸の砂浜を歩き、その花の近くにしゃがみ込み、嬉しそうに見つめていらっしゃった。それが、美智子さまとハマギクとの最初の出会いだった。

 それから14年後、東日本大震災の巨大津波によって、ホテルも浪板海岸も破壊された。

 しかも千代川さんは、当時ホテルの社長だった兄と妹も失い、絶望の淵に立たされていた。これから先、いったいどうすればよいのか、半年以上も呆然と途方に暮れるままだった。

 そんな千代川さんに生きる希望を与えたのは、2011年10月20日、テレビのニュース番組で流れた美智子さまのお誕生日映像だった。

「私は思わず、あっと声を上げました。映像には、美智子さまが皇居に咲くハマギクの花を慈しむお姿が映っていたのです。そのハマギクは、上皇ご夫妻がホテルに宿泊された時に気に入っていらっしゃったので、兄が種を採取して贈ったものでした」

 ハマギクの花言葉は、「逆境に立ち向かう」ー。美智子さまは多大な被害に遭った人々を思い、この花を通して「どうか逆境に負けずがんばってください」と、エールを送られていたのだった。

「あの時は、これからどうやって生きていけばいいのか、悩んでいる時でした。美智子さまのお誕生日映像は、私の背中を押してくれました。10月20日は私にとっても、ホテルを再建しようと決意した、まさに復活を誓った記念日なのです」

 と、千代川さんは言葉に熱を込めた。

 ホテルの再建は紆余曲折あったものの、震災の2年後には営業を再開することができた。千代川さんは、美智子さまのおかげだと今も感謝している。

■5年後の約束

 2016年、上皇ご夫妻が岩手県の被災地のお見舞いに訪れた折、千代川さんのホテルに2泊された。

 実はこのホテルは皇室の方々に愛されており、今月ご結婚する予定の眞子さまも3回宿泊されている。

 秋篠宮さまもこの地を訪れた時の定宿にしており、千代川さんがハマギクの咲くテラスに案内した時には、「(ハマギクのことは)父から聞いております」とおっしゃったという。ハマギクはご一家の団らんの場でも話題にのぼるほど、思い入れのある花なのだろう。

三陸花ホテルはまぎくのテラスに咲くハマギク(筆者撮影)
三陸花ホテルはまぎくのテラスに咲くハマギク(筆者撮影)

 千代川さんはぜひ美智子さまにハマギクを間近でご覧いただきたかったが、当時、浪板海岸は再生の途中で、岩場の近くまで行くことができなかった。

 そこで千代川さんは、このような提案をした。

「砂浜が5年後(2021年)に再生しますので、その時にまたお越しください」

 その時は美智子さまからお返事はなかったものの、翌朝、ホテルから出発される際、美智子さまがエレベーターの中で、千代川さんに、こうおっしゃったという。

「5年後ですね…」

 その「5年後(2021年)」とは、ちょうど東日本大震災から10年目の年。その年に上皇ご夫妻がこのホテルを再訪し、再生した浪板海岸の砂浜を歩いて、ハマギクをご覧になる…。それを想像し、千代川さんは期待に胸が膨らんだ。

■予期せぬ事態に

 しかし、予想外の事態が起きた。コロナ禍のため、皇室の方々は地方に赴くことができなくなったのだ。

 今年も大槌町ではハマギクが9月下旬から咲き始め、美智子さまがお誕生日を迎えられた今、満開のピークを迎えている。

「今年、上皇ご夫妻がこのホテルを訪れ、ハマギクをご覧いただくはずだったのですが…」

 と、千代川さんは残念そうに話す。

 浪板海岸が以前と同じように再生すれば、最初に上皇ご夫妻がお越しになった時のように、砂浜を散策して岩場に咲く白い花、ハマギクを愛でることもできる。

 今年は実現できなかったけれど、“美智子さまとの約束”は、千代川さんにとって生きる望みとなった。

「上皇さまと美智子さまに再びお越しいただくことが、私の夢です」

 上皇后美智子さまは、お住まいの仙洞仮御所の庭に、大槌町のハマギクなどを植え、水をやるなどして手入れをすることを日常の一部にされているという。庭で花を咲かせるハマギクを見つめながら、被災地で出会った人々の幸せを祈っていらっしゃることだろう。

放送作家、ノンフィクション作家(テーマ:皇室)

2001年の愛子内親王ご誕生以来、皇室番組に携わり、テレビ東京・BSテレ東で放送中の「皇室の窓」で構成を担当。皇室研究をライフワークとしている。西武文理大学非常勤講師。日本放送作家協会、日本脚本家連盟、日本メディア学会会員。著書に『天皇家250年の血脈』(KADOKAWA)、『素顔の美智子さま』『素顔の雅子さま』『佳子さまの素顔』(河出書房新社)、『女帝のいた時代』(自由国民社)、構成に『天皇陛下のプロポーズ』(小学館、著者・織田和雄)などがある。

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