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妊婦がひき逃げされ重傷。お腹の中の子供に対する法的責任はどうなる??弁護士が解説

福永活也福永法律事務所 代表弁護士
(ペイレスイメージズ/アフロ)

12月29日午後5時45分頃、千葉県市原市更級の市道で、横断歩道を渡っていた市内の妊娠中の女性が車にひき逃げされるという事件が起きました。その後、女性は病院に運ばれて帝王切開を受けるも、無事に出産し、命には別条がないそうです。

妊婦が車にひき逃げされ重傷 搬送先で帝王切開

このようなケースで、犯人はどのような法的責任を負うのでしょうか?

お母さんである女性に対する法的責任があることに争いはなさそうですが、事故当時、お腹の中にいた子供に対する法的責任(事故の直後に出産していても、事故の時点ではあくまでもお腹の中)、つまり、胎児に対して法的責任は発生するのかどうかが問題となります。

(本稿は、あくまでも一般的なケースを想定しており、上記の事件に関する具体的なコメントではありません)

民法上の法的責任(損害賠償責任)について

民法では、人は「出生」の時点から権利の主体になると定められています。

参照「民法第3条(権利能力):私権の享有は、出生に始まる。」

ですので、民法では、原則として、胎児は生きて母体から全部露出して独立した時点で、初めて一人の人間として権利や義務の主体になるとされています。

ただし、これでは胎児の状態で攻撃を受けたような場合に、何の賠償もされないというのでは不都合であるため、上記の原則にはいくつかの例外が定められています。

その1つとして、不法行為の被害者としては、胎児であっても権利の主体になることが定められています。

参照「民法第721条(損害賠償請求権に関する胎児の権利能力):胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす。」

今回はこの例外に該当するため、胎児の時にひき逃げに遭っても、無事に出生した後、何らのかの損害が発生していれば、犯人に対して、損害賠償請求をすることができます(もちろん、生まれたばかりの子が自分で請求することはできないので、親などが代理人として請求することになります)。

なお、胎児の状態でも権利の主体になることが認められている例外としては、認知される場合(民法第783条)や相続人となる場合(民法第886条)等があります。

刑事責任について(法律上、胎児は刑事事件の被害者といえるか?)

法律上、胎児が人として扱われるかという問題については、各法律によって扱いが異なることがあります。なぜなら、法律ごとに、それぞれ制定された目的が異なるからです。

例えば、民法の場合は、人の権利や義務についての法律関係を定めるものですから、基本的には、独立した人として出生した時点をもって権利や義務の主体として扱うことが明確ですし、また、それで十分だと考えられています。

他方、刑法の場合は、人を違法な攻撃から守ることを目的としているため、現に攻撃可能な対象となったところで、人として扱っていくことが必要だと考えられています。

そのため、刑法では、胎児の身体の一部が母体から露出した時点で、外部から直接的な攻撃を受けることができるため、人として扱って保護すべきだと考えられています(大正8年12月13日大審院判決)。

しかしながら、胎児が母体内の状態ではどの段階から人として扱うかが不明確であることや、胎児への攻撃を母体への攻撃として評価すれば母体に対する責任として処罰は可能であること等から、胎児の状態では、刑法上の被害者としては扱われないというのが一般的な考え方です。

ですので、妊婦に対する交通事故のケースでは、妊婦のお母さん一人に対してのみ、何らかの罪が成立することになり、この罪に関する審理の中で、お母さんが妊婦であったことも考慮して具体的な刑が科されます。

そして、自動車の事故については、「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」という刑法の特別法が制定されましたので、この法律の中の、過失運転致死傷罪に該当します(アルコール摂取等があれば、さらに加重された罪になります)。

参照「第4条(過失運転致死傷):自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。」

さらに、今回の事件のように、ひき逃げをしている場合には、道路交通法上の救護義務違反(第117条第2項=10年以下の懲役または100万円以下の罰金)等にも該当します。

このように、2つ以上の罪を犯してしまった場合には、併合罪という科刑の仕方がされることになり、懲役刑に関しては重い方の罪の1.5倍、罰金刑に関しては複数の罪の合計金額が法定刑として適用されることとなります。

例えば、懲役刑であれば、道路交通法上の救護義務違反が懲役10年以下ですので、これが1.5倍になり、15年以下の懲役刑が法定刑となります。

自首について

ちなみに、今回の事件のようにまだ犯人が捕まっていない場合に、自首をすれば刑が軽くなることがあります。

参照「刑法第42条第1項(自首):罪を犯した者が捜査機関に発覚する前に自首したときは、その刑を減軽することができる。」

ただし、法律上、自首とは、犯罪事実が全く捜査機関に発覚していない場合や、犯罪事実は発覚しているが犯人が発覚していない場合を指し、犯罪事実も犯人も発覚しているにもかかわらず、単に犯人がどこにいるかわからない場合は含まれません(刑事ドラマで、犯人に対して、大人しく降参して自首しなさい!みたいな語りかけがありますが、あれは法的には自首とはみなされません)。

そして、法律上は、その刑を減軽することが「できる」となっているだけで、必ず減軽しなければならないわけではないですが、実際の刑事裁判では、自首したことはきちんと評価されて、減軽に繋がるケースが多いです。

また、捜査機関に発覚していなければ、被害者や目撃者等に発覚していても、自首とみなされます。

日本国内のひき逃げの検挙率は95%以上とも言われており、ひき逃げについては、後日、目撃証言等から犯人が発覚する可能性は非常に高いですので、事件の早期解決や犯人の更生のためにも、ひき逃げをしてしまった場合には、一刻も早く自首することが好ましいと言えるかと思います。

※本記事は分かりやすさを優先しているため、法律的な厳密さを欠いている部分があります。また、法律家により多少の意見の相違はあり得ます。

福永法律事務所 代表弁護士

著書【日本一稼ぐ弁護士の仕事術】Amazon書籍総合ランキング1位獲得。1980年生まれ。工業大学卒業後、バックパッカー等をしながら2年間をフリーターとして過ごした後、父の死をきっかけに勉強に目覚め、弁護士となる。現在自宅を持たず、ホテル暮らしで生活をしている。プライベートでは海外登山に挑戦しており、2018年5月には弁護士2人目となるエベレスト登頂も果たしている。MENSA会員

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