香港「反中」書店関係者、謎の連続失踪――国際問題化する中国の言論弾圧
昨年10月から反共本の香港書店関係者の失踪が相次いでいるが、今年に入ってから中国治安当局の介入が明らかになってきた。失踪した香港人が外国籍を持っていることから、中国の言論弾圧が国際問題に発展しつつある。
◆失踪者からのおびえた電話――中国当局の監視の下か?
昨年10月から関係者が相次いで行方不明になっている香港の「銅鑼(どら)湾書店」の5人目の犠牲者である李波氏が、突如連絡を絶ったのは昨年12月30日のことである。
「銅鑼湾書店」は香港のコーズウェイ・ベイにある出版と販売を兼ねる書店で、中国政府に批判的な本を出版販売することで人気がある。李波氏は、その書店の株主の一人だ。
12月30日午後4時、李氏はその妻と年末の買い物などに関する話をし、「いま忙しいからまた後で」と最後の言葉を残した。香港メディアの一つである「明報」が知らせたところによると、李氏は書店の店員には「出荷のために倉庫に行く」と伝え、午後5時半には倉庫にいたという。
その夜、7時になっても李氏は家に戻らず、妻が夫の携帯に連絡すると携帯はオフになっていた。
夜10時半になると李氏から妻の携帯に電話があった。見れば大陸の深センのエリヤ番号である。普段は広東語で話す夫が、突然中国大陸の普通語(標準語)で話し始めたのに驚いた。
李氏は電話でつぎのように言った。
「そんなに早くは帰れないと思う。今は調査に協力している。あの人たちはとても友好的で、いま私のご飯を買いに行ってくれている。でも食が進まない」
会話の中の「あの人たち」とは「中国治安当局の人たち」のことか?
李氏は「あの人たちは、もし私が協力的な態度を示せば、処理は軽くて済むと言っている。お前は私がこの(書店の)仕事を、早くやめてほしいとずっと言ってきただろう?」とも言った。
夜11時になると、また李氏から電話があった。今回も標準語だ。
「大げさにならないようにしてくれ。できるだけ話が広がらないように。家のことは頼んだ」という。
今回もまた深センのエリヤ番号が妻の携帯に表示された。
1月2日にも、無事を知らせる電話があった。今回は我慢できずに「ともかく、どこにいるのかを教えて!」とせがんだが、その瞬間に電話は切れた。
妻はすぐに香港の警察に連絡したが、香港の入管側には「香港を離れた記録」は残っていないという。実際、香港人が大陸に行く(戻る)ときの李氏の「回郷証」は家の中に置いたままだ。
香港人は「大陸が故郷」という意味の「故郷に戻る通行証」のようなものを持っていて、ビザなしで大陸に行くことが出来るようになっている。中国大陸側が決めた名称だ。
しかし出入境の記録は残るので、いつ誰が香港を出入りしたかがわかる。その記録がないのに、大陸にいるということは、大陸の中国治安当局が「拉致」という形で大陸に連行したとしか考えられない。
◆中英外交問題に発展か?
実は次の項目で述べる桂民海氏の娘(イギリス在住)によれば、李波氏はイギリス国籍を持っているという。VOA(美国之音 )が伝えた。
もしそれが真実なら、中国はイギリス国民を拉致したことになる。
イギリス外交部も黙っているわけにはいかなくなり、習近平国家主席が昨年エリザベス女王まで引きずり出して築いたはずの「中英黄金時代」は消えてしまうだろう。中国外交部報道官はこの問題に関して「詳細を知らない。このことに関する情報は今のところない」と回答している。
イギリスは、本来、人権問題には厳しい国で、だからこそチャールズ皇太子はダライラマ法王との関係を断つことを潔(いさぎよ)しとせず、昨年の習近平国家主席訪英の際の晩餐会にも出席しなかった。イギリス国民の一部は、そのことに拍手喝さいを送っている。
そういった民意にも配慮してか、中国の北京裁判所で弁護士の浦志強氏に対する裁判が行われたときには、中国当局が外国の記者をシャットアウトしたことに対して、イギリスは非難声明を出すなどして、ささやかな抵抗を表示しているほどだ。
もし李波氏がイギリス国籍を持っているのが真実であり、かつ今般の失踪が中国当局による拉致だと判明すれば、これは確実に大きな国際問題に発展していくことだろう。
◆他の4人の奇怪な失踪
銅鑼湾書店には実は「巨流傳媒(メディア)有限公司」という親会社があるのだが、昨年10月17日、親会社の株主の一人である桂民海氏(スウェーデン国籍)がタイにいたときに、突然消息不明となった。桂氏の妻は、11月に夫からの電話を受け、ひとこと「無事だ」と言っただけで、その後、行方不明になったままだ。前出のイギリスに留学している娘は、駐英のスウェーデン大使館に救助を求めたが、未だいかなる情報も得られていない。
スウェーデン国籍の者を中国当局が拉致したとなれば、今度はスウェーデンと中国の間の外交問題となる。
10月24日には、銅鑼湾書店を主管する元社長の林榮基氏が突然いなくなった。
11月5日に林氏の妻に夫からの電話があった。「無事だ」という一言を残しただけで、それ以上は何もわからない。そこで妻はすぐに香港の警察に連絡したが、一般の「行方不明者」として扱われ、今もなお情報がないままだ。
10月26日、巨流傳媒の株主で総経理を務める呂波氏と業務経理を務める張志平氏の二人がともに「消えた」。
このときまだ「消えて」いなかった李波氏が香港の警察に連絡したが、やはり一般の失踪者として扱われ、未だ情報は何を得られていない。
◆香港保安局の対応
今年1月2日になると、香港の保安局は初めて見解を発表し「現在、積極的に調査している。もし関係者が香港以外の地にいることが判明した場合は、その当該地域の当局と連携を取りながら救助を試みる」とした。
しかしこれらの経緯から、中国当局によって連行されていることは明らかなので、果たして香港政府が北京政府の意向に反して、香港市民のために動いてくれるか否かは疑問だ。
◆香港のメディア関係者と大陸の民主活動家
個人的なことを書いて申し訳ないが、イギリスのBBC中文網(網:ウェブサイト)は拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』に関して筆者を取材し、昨年12月25日、インタビュー記事を公開した。
するとイギリスやアメリカを始め香港からも翻訳出版のオファーが殺到したのだが、驚いたのは北京にいる民主活動家から「記事を見ました」というメールが入ったことだった。
BBC中文網のこの手の記事は中国大陸では検閲により削除されているはずである。「どのようにして見たのか?」と聞くと、「簡単さ。壁越えをしているから」と言う。「壁越え」とは「万里の防火壁」という中国大陸のファイアーウォールのことで、最近は技術が発達して、香港の禁書でも自由に見ることが出来るという。
北京政府が警戒しているのは、このことだろう。
たしかに銅鑼湾書店は、『習近平の情人(恋人、不倫相手)』というタイトルの本を出そうとしていたという噂は、早くから聞いていた。
香港の出版社に、「銅鑼湾書店の失踪問題があるが、大丈夫か?」と聞いたところ、「中国当局の言論弾圧は非常に厳しくなっているが、自分たちは負けない。むしろ、力を貸してほしい」と言ってきた。
大陸の民主活動家に今回の失踪事件に関して聞いたところ、「今はどこにでもスパイが潜り込んでいて、いったい誰が味方で、誰が敵なのか区別がつかないほどだ。まるで文革時代に戻ったようだよ」と嘆いていた。
◆国際化することによって圧力を受けるはず――中国の言論弾圧
外国籍の者までが中国当局に捕まるとなると、筆者自身も日本国籍だからと言って、香港にも行けなくなってしまう。最近では中国大陸に気軽に出かけることも自重しているが、香港でも危ないことになる。
台湾の若者たちが大陸との間のサービス貿易協定に反対してひまわり運動を起こしたことはまだ記憶に新しいが、賢明な抗議だったと思う。さもなかったら台湾のメディアも北京政府のコントロール下に置かれて、反対する者は「当局」が逮捕するという事態になっていただろう。
もっともこの「当局」は、現地の政府でなくてはならず、香港にしても「一国二制度」を保障する基本法があるので、大陸の「当局」が動いたのだとすれば、香港の行政法においても違法となる。そうでなければならない。
ましていわんや、拘束あるいは拉致、連行された者が第三国の外国籍を持っていたとなれば、重大な違法行為である。
ただ、こうした違法行為を中国が侵せば侵すほど、逆にそれによって中国の言論弾圧が外交問題となり、国際社会で糾弾されることになるので、その意味では積極的な意味合いを帯びてくる。すなわち、中国は国際社会において窮地に立ち、一党支配体制の強引な維持が危うくなるだろうということになる。
言論の自由は人間の根幹であり、尊厳の問題だ。
それを揺るがすものは、必ずいずれは人類によって裁かれるであろう。そう信じたい。