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内閣法制局長官が臨時国会召集要求に応じなくても違憲ではないと答弁したというのは本当か?

南野森九州大学法学部教授

かつて私は、集団的自衛権についての政府解釈に関して、産経新聞が事実に反する報道を繰り返していることを批判したことがある(拙稿「岸内閣が集団的自衛権を容認する答弁をしたというのは本当か?」を参照)。そこでは、1960年の「安保国会」における岸信介首相と林修三法制局長官の答弁について、その一部分だけを恣意的に切り取ったり、あるいは文脈を全く無視した意味づけを与えたりすることで、本来の答弁趣旨とは完全に異なった、社論に都合のよい理解を読者に与えようとしていることを批判したのであった。産経記者団に対しては、報道に携わるはずの人間として、まずは反省していただいたうえで、今後は引用は正確に、そして文脈を踏まえて適切な読解をしてほしいと私が望んでいたことは言うまでもない。

ところが私のそのような期待は見事に裏切られてしまった。昨日のことであるが、私は本サイトにおいて、現在問題になっている憲法53条に基づく野党議員の臨時国会召集要求について、それを無視しようとする安倍内閣の姿勢を憲法論の観点から批判する論説を発表した(拙稿「安倍政権が臨時国会を開かないのは憲法違反である」)。発表後、またしても産経新聞が、過去に内閣法制局長官がこのような場合に臨時国会を召集しなくても憲法違反ではないとの答弁をしたと報道していることを知った。結論から言うと、この報道もまた、岸答弁や林答弁についての同紙の報道と同じく、事実をねじ曲げるものであり、安倍政権の姿勢を支持し、民主党をはじめとする野党を批判せんがために都合良く「切り取り引用」がなされたものであるので、この点について説明を補っておくこととする。

くだんの産経新聞の記事はこちらである(《民主、臨時国会要求でまた“ブーメラン” 自民改憲草案「20日以内召集」 でも自らは改正放置 頼みの法制局長官も過去に「違反でない」》)。「ブーメラン」なる俗語表現を見出しに用いることが全国紙として品性を欠かないかということを筆頭に、同記事にはいろいろと批判せざるを得ない点が含まれているのではあるが、ここでは、内閣法制局長官の答弁についての一点に限定して述べることにしよう。

同記事は、つぎのように述べる。短い記事であるが、内閣法制局長官の答弁に触れるくだりは2箇所ある。

〔1箇所目〕安全保障関連法の審議で頼った歴代内閣法制局長官の国会答弁でも、「臨時国会見送り」の違憲性は否定されており、(民主党は)批判が己に返る「ブーメラン政党」の本領を発揮した。

〔2箇所目〕小泉純一郎政権下で臨時国会の召集が見送られた15年12月の参院外交防衛委員会(閉会中審査)で、当時の秋山收内閣法制局長官は「あえて臨時国会を召集しなくても、憲法に違反するというふうには考えておりません」と答弁。憲法の規定に基づく要求があっても臨時国会を召集しないことについて、「立憲主義」の観点から合憲とのお墨付きを与えた。

民主党の批判は、皮肉にも同党が内閣法制局長官の答弁を都合良く解釈している実態をも浮き彫りにした。

さて、1箇所目については、「歴代」ーーと言うからには少なくとも2人以上のはずであるーー内閣法制局長官が国会答弁で臨時国会見送りの違憲性を否定している事実は確認できない。そもそも、違憲性の否定はおろか、「歴代」内閣法制局長官が国会で憲法53条の臨時国会召集決定要求について答弁している事実が、少なくとも私の調査した限りでは発見できなかった。唯一の例外として、上記記事の2箇所目が述べる秋山長官の答弁が確認できるのみである。たった一人の長官のことを「歴代」というのは、日本語として端的に誤っている。産経新聞には、是非、私の調査が間違っており、実際には「歴代」長官が違憲性を否定しているのだという証拠を出していただきたいと思う。とはいえ、この点は百歩譲って言葉尻に噛みついたような批判と言えば言えなくもなかろう。一人しかいない答弁を意図的に「歴代」とすることにより不当な印象操作を行っているとまでは思いたくない。

そして、2箇所目。こちらこそが(わざわざこの論説を書こうという気に私をならせた)重要なポイントである。この記事が述べる「15年12月の参院外交防衛委員会」というのは、平成15(2003)年12月16日の参議院外交防衛委員会のことである。マニフェスト解散後の特別国会(第158回国会)は11月27日に会期が終了しており、その日に衆参両院議員が憲法53条にもとづき臨時国会の召集を要求しているが、召集がなされないまま、参議院では、12月3日(憲法審査会)、5日(財政金融委員会)の2日間に続き、16日に外交防衛委員会の閉会中審査が行われていたときのものである。

民主党・新緑風会の齋藤勁参議院議員から、53条要求を出しているのに内閣が明確な対応を取らないことについて内閣としての見解を問う質問がなされたのに対し、事前通告なしの質問であったこともあり、福田康夫内閣官房長官が、

私、正確に条文見ていませんけれども、たしか要求のあったときは、これは、例えば次の国会が近いというときにはその国会でよいというような判断もできるように理解しておるところでございます。ちょっと正確に記憶いたしておりません。

と曖昧な答えをした。そこで、齋藤議員のさらなる追及に対して、上記の産経記事(2箇所目)に登場する、秋山收内閣法制局長官が政府参考人として答弁に立ったのであった。秋山答弁の全文を引用する。

憲法第53条の問題でございますので、一般的な考え方を御説明いたしたいと思います。

憲法53条後段は、「内閣は、」その要求があった場合に「その召集を決定しなければならない。」と規定しておりますが、召集時期につきましては何ら触れておりませんで、その決定は内閣にゆだねられております。

このことから、いつ、いつ召集してもいいということではもちろんございません。臨時会の召集要求があった場合に、仮にその要求において召集時期に触れるところがあったとしましても、基本的には、臨時会で審議すべき事項なども勘案して、召集のために必要な合理的な期間を超えない期間内に召集を行うことを決定しなければならないというふうに考えられているところでございます。

もっとも、この合理的な期間内に常会の召集が見込まれるというような事情がありましたら、国会の権能は臨時会であろうと常会であろうと異なると、異なるところはございませんので、あえて臨時会を召集するということをしなくても、憲法に違反するというふうには考えておりません。

出典:国会会議録検索システム

通常の日本語能力のある読者にはもはや詳細な説明は不要であろうが、ここで秋山長官は、召集時期については憲法に規定はないからその決定は内閣に委ねられているものの、いつ召集してもいいというわけでは当然なく、「召集のために必要な合理的な期間を超えない期間内に召集を行うことを決定しなければならない」と述べたうえで、この「合理的な期間内に」「常会(=通常国会)の召集が見込まれるというような事情がありましたら」「臨時会(=臨時国会)を召集するということをしなくても」憲法に違反しない、としているにすぎないのである。

「合理的期間内に通常国会の召集が見込まれるのであれば」という条件の部分が重要であることは言うまでもない。なお、2003年のこの事例では、11月27日に53条要求が提出されたが、そもそも11月27日まで特別国会が開かれていたのであるし、その閉会後、年末年始を超えて、1月中には通常国会が召集されるのが常例であるから、12月下旬までの3週間、年末年始を省いて1月中旬までの1週間程度を合わせて1ヶ月程度の期間を、「国会召集のために必要な合理的期間」とみなすことは不可能ではあるまい。そうすると、翌年1月19日に通常国会が召集されることで、憲法53条後段違反の非難をかわすことも可能となろう。

秋山答弁は、上記のようなスケジュール(11月下旬まで特別国会が開かれており、11月下旬に53条要求が出され、1月下旬までには通常国会召集が見込まれる)をおそらく念頭に、しかしあくまでも一般論として、「合理的期間内に通常国会の召集が見込まれるのであれば」「臨時国会の召集を見送っても」違憲ではない、と述べたものだったのである。もう一度上記産経記事の2箇所目を見ていただければその違いは一目瞭然だとは思うが、決して、産経記事の言うように、

当時の秋山收内閣法制局長官は「あえて臨時国会を召集しなくても、憲法に違反するというふうには考えておりません」と答弁。憲法の規定に基づく要求があっても臨時国会を召集しないことについて、「立憲主義」の観点から合憲とのお墨付きを与えた。

…わけでは毛頭ない。産経のこの言い方では、まるで秋山長官は53条要求には一般的に応じる必要がない、と答えたかのように読めてしまうだろう。私が、この記事はあまりにも酷いと思う所以である。ここで再び、産経記者団には、引用は正確に、文脈を押さえて紹介すべきという、およそジャーナリズムの基本中の基本であるはずの作法に則った報道をお願いしたい。「民主党の批判は、皮肉にも同党が内閣法制局長官の答弁を都合良く解釈している実態をも浮き彫りにした」と批判する産経新聞の記事は、皮肉にも同紙が内閣法制局長官の答弁を都合良く解釈している実態をも浮き彫りにしたと思う。

九州大学法学部教授

京都市生まれ。洛星中・高等学校、東京大学法学部を卒業後、同大学大学院、パリ第十大学大学院で憲法学を専攻。2002年より九州大学法学部准教授、2014年より教授。主な著作に、『憲法学の現代的論点』(共著、有斐閣、初版2006年・第2版2009年)、『ブリッジブック法学入門』(編著、信山社、初版2009年・第3版2022年)、『法学の世界』(編著、日本評論社、初版2013年・新版2019年)、『憲法学の世界』(編著、日本評論社、2013年)、『リアリズムの法解釈理論――ミシェル・トロペール論文撰』(編訳、勁草書房、2013年)、『憲法主義』(共著、PHP研究所、初版2014年・文庫版2015年)。

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