”愛されるトヨタ”への第一歩、新型プリウス登場。
新型プリウスの存在意義とトヨタの狙い
トヨタは9日、4代目となる新型プリウスを発表した。筆者は事前に開催された技術説明会にこそ参加できたものの、プロトタイプ試乗会、そして本日の発表会にはタイミングが合わず参加できていない。
しかし、先の技術説明会や東京モーターショーで実際に“見て”“触れて”みた上で、プロダクトとしての完成度の高さや魅力は存分に感じた。燃費性能も最も優れたものでは40.8km/Lという驚異的な数字を達成している。また本日の発表会では242.8万円からという価格も判明したわけだが、相変わらずコストパフォーマンスに優れた1台であることも分かった。また同時に、これまでのプリウス同様に、よく売れる人気モデルとなるだろうことも感じる。
では早速新型の詳細を…と記すつもりはない。より細かな情報は他のニュースに任せて、筆者は本日の新型プリウス登場による、このモデルの存在意義とトヨタの狙いについて考察してみたい。
みなさんも既にそう感じている通り、プリウスというクルマはもはや「国民車」といっても過言ではない存在だ。これまで3代にわたって築いてきたハイブリッド車としての技術は、世界的に見ても先端を行く、日本を代表するものである。また価格的にも、市場のボリュームゾーンに位置する存在でもある。つまり、最先端ながらリーズナブル。そしてそれがゆえに極めて人気の高い1台である。そうしたことを鑑みれば、プリウスとはまさに日本のイマドキを象徴するクルマ、といえるわけだ。
4代目の使命は、国民車以上の存在に
ならば本日登場した4代目も…確かにその通りの存在であることに間違いはない。しかし、この新型には「国民車」以上の存在となることが使命になっていると感じる。
なぜならばプリウスはこれまでの3代で、日本はおろか世界でもその存在を確立した。そして日本市場においては先進のハイブリッドカーをもはや当たり前のものにすらしてしまった。さらにそのハイブリッド技術はトヨタの様々なモデルへと展開されていったことは多くの人の知るところだろう。
その結果、トヨタのラインナップにはさらなる変化が起こった。プリウスよりもさらに小型なモデルへのハイブリッド技術搭載によって、さらに多くの人へ浸透するモデルが完成した。
それがコンパクトカーながらハイブリッド技術を搭載した「アクア」で、このモデルはプリウス以上に売れ、2015年の上半期のトップを獲得している(もっとも2位はカローラ、3位はプリウスで、すべてトヨタが占めるが)。
つまりプリウスの技術が小型車に展開されたことでアクアが生まれ、プリウスより安価を実現したアクアはより多くのユーザーを獲得した。そう考えるとむしろ、先に記した国民車の条件はアクアにも適用されることになる。さらに最近ではコンパクトながら3列シートとスライドドアを備えてハイブリッドも用意した「シエンタ」が人気となっており、「これぞ日本の国民車」といえるのは、アクアやシエンタの方が相応しいということになるだろう。
つまりかつての国民車だったカローラの役割は、プリウスが受け継ぎ、さらにアクアやシエンタへとその座を譲ったとでもいおうか。
ならば4代目となる新型プリウスにはどんな存在意義があるのだろうか?
筆者はそこにこそトヨタの「新たな挑戦」があるのではないか、と見ている。
TNGAという、クルマづくりを変える概念
トヨタは今回、新型プリウスを送り出すに当たって、「TNGA」という新たなアーキテクチャを採用している。勘違いしてはいけないのだが、TNGAは新たなプラットフォーム技術だけを呼ぶものではない。これはトヨタのクルマづくりの概念や生産方式などまでも含む、広義のアーキテクチャを意味している言葉である。
そしてトヨタはTNGAで、豊田章男氏が常々口にしている「もっといいクルマ」を実現しようとしている。その第1弾がプリウスというわけだ。
トヨタは既に遥か昔から、低コストで高品質なクルマを大量に作ることを実現してきた。そして先進技術においても、1998年の初代プリウスでハイブリッドカーを世界に先駆けて市販した。また最近では燃料電池車MIRAIをも市販して、技術面でも先進を市販できるだけのフローを実現できたといえるだろう。
しかし豊田章男氏が以前、社長就任時に「人々がクルマから離れたのではなく、我々がお客様から離れていた」というような趣旨の発言をしたように、どちらかといえば工業製品として優れたドライなクルマを送り出すメーカーになっていたこともまた事実だった。
今やクルマはコモディティ化しているが、それを率先してきたトヨタの代表は自ら、そうではいけない、という旨の発言をして改革に取り組んできたのが現在までの流れだろう。
新型プリウスがその燃費性能だけでなく、“デザイン”や“ハンドリング”を売りにしているのは、まさにそうした部分から来ている。今回はTNGAを用いることで、優れた工業製品としてだけでなく、自動車がかつて持っていた魅力である情緒に訴えかけるような部分にも注力している。これまで意識したことのない「自動車の本質的な魅力」に取り組もうする様が、新たな部分だろう。
もちろん情緒でクルマが売れるわけではないし、今や時代は自動車の本質的な魅力よりも、やはり燃費や安全性、そして価格が購入条件の上位にならぶ。が、既にトヨタの製品は、長年に渡ってそれを実現してきた。もっともその分、トヨタ車は味気ないクルマの代表のようにもなったわけだが。
だが、そのままでは自動車メーカーとしての成長に危機を感じたのだろう。そうした危機感が「もっと良いクルマを」という想いとなり、TNGAへとつながった。そうしてこれまでのトヨタ車とは異なるトヨタ車を生み出そうとしている。そうして、道具として選ばれるのではなく、積極的に好きになってもらって選ばれるようなクルマを送り出そうとしているのだと筆者は考える。
しかもそうした情緒や自動車の本質的な魅力を盛り込むのが、スポーツカーのような分りやすい存在ではなく、世界中の多くの人が手に入れられるスタンダードなクルマであることに、大きな意味がある。そのメーカーの主役ともいえる定番車種でこそ、他と比べて積極的に好きになって選ばれる、という状況を目指しているはずだ。
これまで達成していない分野を改革する
世界に追いつけ追い越せで成長してきた日本の自動車メーカーはその後、様々に明暗が分かれた。しかし、どの日本メーカーにおいても、未だ、大量生産システムで生きて行く以外に明確な道を見出したわけではない。
米国に倣って安くて良いものを提供することで大企業へと成長し、その分野では頂点を極めたが、欧州のようなブランド・ビジネスを順調に行なって何本かの柱にできているわけではない。トヨタの高級車ブランド・レクサスにおいても、アメリカ市場以外ではさほど存在感が出ていない。
また一方で先進技術に関しては、ハイブリッドや燃料電池など、世界に先駆けたプロダクトを実現することはできた。しかし、世の中のイニシアチブを取るまでに至っていなっていないのも実際だろう。
そういう風に見ていくと新型プリウスは、既に日本が得意としてきた“大量生産で安くて良いものを”や“先進技術の大衆化”は当然のように実現しながら、これまで弱かった情緒や自動車の本質的魅力といった部分、つまり積極的に好きになって選んでもらえるような領域、ひいてが“ブランド性”にまでつながる領域へ挑戦しようとしているように感じる。
豊田章男氏は好んで「愛車」という言葉を使う。工業製品でありながら、機械でありながら、「愛」という言葉を用いることができる存在。つまり、ユーザーが愛せるような(情緒や本質的魅力を携えた)プロダクトを目指しているのではないか? そうして多くの人から愛されるプロダクトを実現し、送り出せる態勢を築く先に、他のブランドとは異なる「愛される」ブランドでありメーカーになることが狙いと思える。
もっといいクルマを、という号令のもとに新たなアーキテクチャであるTNGAを採用して世に送り出された新型プリウスはつまり、「世界中で愛されるトヨタ」への第一歩といえる存在だ。