最高最美の感動の具現に向かう 卓球女子団体銀メダルの日本女子
東京五輪2020卓球女子団体の日本と中国の決勝は、女子団体戦としては史上最高レベルの試合だった。これは特筆すべきことではない。卓球は年々進化しているからだ。回転という要素を持ち、球技の中でもっとも複雑な卓球競技の進化は考えられないほど激しい。
見ていて「これで決まった」と思うボールが何度も何度も打ち返され、ラリーが終わると言葉も出ない。30年以上も試合を見続けているのに、慣れることがなく毎回のように驚かされる。卓球の進化がこちらの慣れを上回るのだ。
1番のダブルスでの石川佳純/平野美宇のプレーは、相手の陳夢、王曼昱のレベルに引き上げられ、日本女子ダブルス最高のプレーだった。相手が彼女らでなかったら、とっくに得点しているはずのスーパーボールがことごとく打ち返され、4人がコート狭しと飛び回った。
芸術家が画布と絵の具を、楽器と指を素材として自己のすべてを、その時代を、そして全宇宙を表現しようとするように、スポーツマンは自分の肉体と競技用具とを素材として自己を表現し、人間能力の限界を、最高最美の感動を具現しようとするのだ。(『中高生指導講座1』)
故・荻村伊智朗(世界選手権金メダル12個、第3代国際卓球連盟会長)がその著書に謳ったフレーズを思い起こさせられた試合だった。
卓球台上でボールに激しい前進回転をかける「チキータ」が登場したのは10年前のことだった。前進回転をかけるためにはボールを下から擦り上げなくてはならない。しかし卓球台の上空10数センチに位置するボールを幅15センチもあるラケットでどうやって下から擦り上げるのか。それを横回転をかけるチキータをヒントに、バックハンドでラケットを270度も旋回させることで可能にしたのが、中国が開発したチキータだ。そのとき石川はすでに18歳。卓球歴は10年を超えており、新しい技術を取り入れるのは容易ではなかったはずだが、見事にそれを身につけ、今回のダブルスでも威力を発揮した。
この夜の石川/平野のプレーが、もし数年前の世界選手権だったら間違いなく中国を破って優勝していただろう。進化のスピードがほんのわずか中国に遅れをとっていた、それが今回の決勝だった。
2番のシングルスで伊藤美誠を攻略した孫穎莎のプレーは敵ながら見事だった。孫は女子シングルス準決勝で伊藤と対戦したとき、32回のサービスのうち、ただ1回を除いてすべて伊藤のバック側に出した。そして今回も31回のうちフォア側に出したのは2回だけで、残りの29回を伊藤のバック側に出した。ラリー中もそれは同じで、まるで「バック対オール」のハンディ付き練習風景のようだった。
これは伊藤がバック面に貼ってある「表ソフト」(歴史的に先に登場したためにこう呼ばれる)というラバーを狙ったことを意味する。表ソフトとは無回転のボールが出やすく、相手が返しにくい代わりに自分も難しいという、いわばハイリスクハイリターンのラバーだ。中国はかつてこのラバーを使って日本を破り長く覇権を維持したが、後に限界を感じて捨て去っていた。伊藤の表ソフトのボールがどれほどやり難くても、返し続けていればハイリスクの欠点が出て必ず伊藤はミスをするはずだ、そういう確信のもとに異常なまでに伊藤のバック側にボールを集めた。
伊藤がこれを嫌ってフォアハンドで回り込むと、すかさずフォア側を狙ってリーチの短い伊藤の弱点を突いた。伊藤の技術や運動能力ではなく「表ソフト」「リーチの短さ」という物理条件だけを信じた作戦だった。
3番のシングルスに再び登場した平野美宇は、2017年アジア選手権で優勝したときを彷彿とさせる打点の早いバックハンドカウンタードライブと、増強した筋力による強烈なフォアハンドを放ったが、王曼昱の男子並みの体格とパワーがそれをねじ伏せた。技術の進化は万能ではなく、ときに技術はパワーで押し切られる。しかし中国は常にその両方で世界一なのである。だからこそ、国家を背負い、凄まじいプレッシャーの中で勝ち続けられている。
かつて中国卓球協会会長・劉国梁氏は「日本のような相手がいるからこそ我々も進歩が続けられる」と語ったが、その言葉はこちらにも当てはまる。中国のような尊敬すべき相手がいるから日本の卓球も進歩が続けられるのだ。人間能力の限界と最高最美の感動の具現に向かって。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】