災害時にリーダーはどう動く 熊本地震の首長対応に学ぶ
朝の出勤ラッシュを突然襲った大阪北部を震源とした地震。出勤させるか、帰宅させるか、まず出社後に何をさせるかなど、判断や指示に迷ったリーダーは多いのではないか。おそらくこれからしばらくの間は、同じように判断に迷う場面は出てくるだろう。危機発生時、リーダーはどのようなことを心掛けて指示をすべきか。熊本地震で被災した9自治体へのインタビュー内容をもとに、災害時にリーダーが留意すべき点を挙げてみたい。
落ち着け、急げ
熊本地震における首長へのインタビューで最も多く聞かれた言葉が「スピード」と「落ち着く」という真逆の言葉だ。災害対応においては、刻一刻と変わる事態に対して即断即決が求められる。しかしなしながら、落ち着いて行動しないと思わぬ失敗をしかねない。
8期連続30年近くも町長を務める嘉島町長の荒木泰臣氏は「慌てずに落ち着いて対応しなさい」と職員を言い聞かせた。市民を落ち着かせることはもちろんだが、まずは対応にあたる自分たちが落ち着かなくてはいけない。
一方、熊本県の蒲島郁夫知事は恩師であるハーバード大学教授の故・サミュエル・ハンティントン氏が唱えた「ギャップ仮説」を取り上げスピードの重要性を強調した。この理論は、人々は多くの期待を持っているが、その期待値は非常に短期間のうちに変化するということ。その期待に実態が素早く追いつかないと不満を生み、それが暴動にまで繋がる。つまり、期待値が小さいうちに期待に沿う状態を可能な限り早く作らなくてはいけない、そのために必要なのがスピードある決断だという。
本庁舎が使用不能となり、駐車場にテントを張って、災害対応にあたった宇土市の元松茂樹市長は職員が冷静に対応にあたれるようにするためにも「トップが悩んではいけない」と語った。しかし、緊急時にトップとは言え、間違った指示を出すこともある。大切なのは、それを是正する勇気と指摘してもらえる部下との関係だ。
「職員からのちょっと待ってくれ、という意見は聴き入れました」(宇土市長)。発災当初、市内の水が濁っていたが、それを止めると、市民の生活が困るので、防災無線で水を飲まないように放送をして水は流し続けようと指示をしようとしたところ、所管部長から、これは命にかかわることで、感染症でも広まったら大変なことになるから絶対やるべきではないと指摘され、方針を変えたという。何かを言いたくても言えない空気が最も危険だということは、災害時に限った話ではない。
トップが行うのは決断
災害時の対応は、一人でできるものではなく、部下はもちろん、関連部署、関連会社などに様々な業務を任せることが必要になる。
熊本地震において、最も揺れが大きかった益城町は、前震とされる4月14日の地震発生後に、多くの住民が自宅にいられない状況になり、避難所に押し掛けた。総合体育館に避難してきた人々が廊下に溢れ出て、「なぜメインアリーナに入れないのか」との批判が浴びせられる中、西村博則町長は、現場の職員から上がってきた「天井の一部が壊れている」との報告を受け、メインアリーナには避難者を入れない決断を下した。2日後に発生した本震では、メインアリーナの天井が崩落した。
もしメインアリーナに避難者を受け入れないことへの批判を恐れて、現場の意見を無視していたら取り返しのつかない惨劇になっていたはずだ。町長がこの職員の報告を信じたのは、その職員を信頼して現場を「任せて」いたからだ。ただし、現場の判断が正しいと思っても、他の状況も踏まえて、あえて別の決断をしなければならない場合もある。が、いずれの場合も前提になるのは相互の信頼関係で、原則として現地の状況が一番わかっているのは現場により近い人である。
ちなみに、元海上自衛隊の幹部に聞いた話だが、米海軍や海上自衛隊には作戦要務としてトップが決断するための3原則(適合性、可能性、受容性)があるという。適合性とは、その作戦が使命を果たす手段として最適かどうか。可能性は、その作戦が実現可能かどうか。そして受容性は、犠牲および代償の評価である。益城町のケースは、外部にいることが危険な状況でなかったことから、「受容性」を十分に考慮し、天井の崩落リスクを回避するという決断を下したということになるが、こうした判断基準を考えておくことは、最終的な決断を下す上でも有効だ。
トップは現場を離れるな
現場に任せられないトップは、自らが現地に出向く。ただトップが現地に行きたがる理由は、現場を信じられないという理由だけではない。例えば宇城市の守田憲史市長は「対策本部を動いてはいけないと思いつつも、私は市民から選ばれた政治家ですから、現場に出向いて“安心してください”と言わなくてはいけなかったのではないか」と当時の苦悩を打ち明けてくれた。首長は災害対応にあたる行政機関のトップとしての顔と、選挙で選ばれた市民の代表としての顔の2つを持っている。民間企業でも、リーダーたる人間が自治体で役員を兼ねて、どうしても現場を外れなくてはいけない人もいるかもしれない。もちろん目の前の災害対応を放り出すようなことはあってはならないが、もし、その場を外れざるを得ないなら、その指揮権限は誰かに委譲すべきだ。
熊本県の蒲島郁夫知事は「初動における指揮を、自衛隊OBの危機管理防災企画監に任せた」と言う。自分ができないことや、自分が行う以上によい結果が望めるのであれば、指揮権を移譲することは間違いではない。ただし、そのタイミングがあまりに早すぎたり、指揮権の移譲が場当たり的に行われたとしたら、対策本部長としての資質が問われることになりかねない。
指揮系統を乱さないSNSの活用方法
トップともなれば、自分の声を末端に届けるためにSNSを活用するという人もいるだろう。熊本地震でもSNSを使った現地情報の収集や、市民への避難所情報の提供など、その有効性が改めて確認された。熊本市の大西一史市長もSNSによる積極的な情報発信を行った一人だ。一方で、「任せる」という観点からすると、SNSを活用した情報発信をする際には、デマなど風評の管理や、タイミング、他の職員への事前の周知に注意を払う必要がある。大西市長は、平時からSNSを利用していることに加え、災害時に発信する際には、担当部局に確認し、すでにホームページに掲載していることを発信するよう心掛けたと言う。もし仮に、災害が発生してから、いきなりトップがツイッターを始めたら現場は混乱しかねない。広報担当や現場職員は自分が「任されていない」と感じ、トップに不信を抱くようになってくる。
トップと現場の「ものさし」を合わせる
現場に「任せる」場合に、注意すべきことは、現場とトップの判断基準の「ものさし」を合わせることだ。安全性なのか、不満を無くすことなのか、風評を防ぐことなのか、目的・目標はもちろん、その優先順位も双方で合っていないといけない。当然ではあるが、初動期において最優先すべきは命に関わる安全性で、次いで被害拡大の防止、その上で財産や利便性という順位になる。
しかし、災害現場では、そう簡単に優先順位がつけられない局面が次々に発生する。どの避難所を優先して水や食料を配布するのか、誰から先に仮設住宅に入ってもらうのか。こうした優先順位を測るものさしに対する被災者の目は厳しい。例えば、住家被害の認定方法などは、市町村が独自に決めることができるが、住民にしてみれば、市町村が違っても、親戚や知人で情報がつながっているため、市町村ごとに方法が違っているとトラブルになりやすい。こうした点を解決するには、1にも2にもコミュニケーションが求められる。西原村の日置和彦村長は、対策本部をより多くの職員の声が聞けるように1階の広い場所に移し、それぞれの避難場所でどういう対応をしているか、課題が何かを報告させたという。対策本部の空間を広くとることは情報共有をするために重要なことだ。また、当然、災害時に突然、すべてのものさしを合わせられるはずもなく、平時から繰り返し訓練をしておく必要がある。
トップは、目先の対応だけでなく、長期的な視点で施策を考えるため、現場とのズレが生じやすい。蒲島知事は、本震後の早い段階で、職員に対して復旧・復興にあたり「被災された方々の痛みを最小化すること。単に元あった姿に戻すだけでなく、創造的復興(Build Back Better)を目指すこと。復旧・復興を熊本の更なる発展につなげること」の3つの原則を示した。その時のことについて知事は「マスコミあるいは職員の目も、少し冷ややかだった」と話していたが、これは、その時点でのものさしが合っていなかったということだろう。企業においてもトップと現場の意識のずれは生じやすいが、これを解決するのもやはりコミュニケーションということになる。その際、自分がトップだったらどういう気持ちになるのか、自分が部下だったらどのように受け止めるのか、立場を変えて考えてみることで、ものさしが合いやすくなる。
他の組織への任せ方
任せるという点について、自治体とボランティアの関係から考えてみたい。
災害時におけるボランティアの役割は重要度を増している。避難所の開設・運営などで自治体の業務は一気に膨れ上がり、一方で、対応にあたれる職員数が圧倒的に不足する。今やボランティアなしで災害対応は成り立たないといっても過言ではない。問題は、誰にどの業務までを任せるかだ。御船町では、県社会福祉協議会がボランティア活動の自粛を呼びかける中、民間団体がボランティアセンターを開設して、批判が殺到した。
この点、「任せる」とは、似て非なるものではあるが、国際規格で「社会セキュリティのためのパートナーシップに関するガイドライン」というものがある。この規格では、他の組織とパートナーシップを結ぶ上で重視すべき点として、コンプライアンス(法順守)、説明責任、公平性、透明性とコミュニケーション、力量の5つの原則を満たすべきとしている。災害時に見知らぬ団体が来て、いきなりこれらを見極めることなどできるはずがないし、皆で議論をしている時間もない。これらは事前に評価しておくべきことである。特定のボランティアまで決めておけないとしても、どのような技能を持ったボランティアに協力してもらうのか、どう透明性を確保するのかなど、平時から決めておけることはたくさんある。
責任の取り方
最後に、業務を任せた場合の責任のとり方について。首長の「最終的な責任は私がとる」という掛け声はこれまで何度も耳にしたが、具体的にどのような責任を考えているのか聞いたことはあまりない。辞める、減給する、謝るなど、さまざまな責任の取り方がある。しかし、平時と明らかに違うことは、いきなり辞めるということになれば、現場はますます混乱してしまうということだ。
一方、職員の多くが災害対応で懸念していることの1つが「お金」である。勝手に判断をしてしまっても、災害救助法が適用されなければ、その費用は自治体の持ち出しになる。嘉島町の荒木泰臣町長は、職員に対して「お金のことは気にせず、被災された皆さんがちゃんと生活ができるように十分な対応をするように」という明確な指示を出している。つまり、対応で使ったお金について災害救助法が適用されないなど大きな負担が発生したとしても、職員の責任は問わないので、それぞれ現場の判断で被災住民のために行動をしろと指示をしたのだ。民間企業でも、決済権限を渡してないがゆえに、社員が必要な物資を買えなかったという話も聞いた。責任という言葉を使う以上、その責任を明確にしなくては、任された職員は安心して仕事に打ち込むことができない。個人的な意見ではあるが、責任をとるということは、最低でも、任せた人以上の状態にもっていくということだろう。そして責任まで問われないことについては、細かな口出しをすべきではなく、任せた職員を信じきることが必要だと思う。
(本稿は、熊本地震の対応にかかわる検証メンバーとしてではなく、個人的な見解によるものです)
熊本地震の検証報告書は以下の通り
◎熊本地震の概ね3カ月間の対応に関する検証報告書
http://www.pref.kumamoto.jp/kiji_19236.html
◎熊本地震の発災4か月以降の復旧・復興の取組に関する検証報告書