サッカーの移籍市場に革命をもたらしたワイスカウト 日本の販売代理店代表に話を聞いてみた
ワイスカウト(Wyscout)がサッカーの移籍市場を活性化させている。ワイスカウトとは、全世界で合計55万人のサッカー選手のプレーを分析できる画期的なオンラインサービスだ。毎週1,500試合の映像が追加され巨大なデータベースを、年会費を払った会員向けにオンライン上で提供する仕組みとなっている。
世界中のサッカークラブ、代理人が使用するこの「プラットフォーム」が日本にも上陸し、Jリーグでもここ数年でこのスカウティングツールを活用した移籍案件が増えてきた。このワイスカウトを日本で販売するTMJ Japan代表取締役、緒方譲氏に話を伺った(取材日:2019年4月22日)
世界市場ではワイスカウトの1強
アシシ:フットボリスタやNumberなど、スポーツ専門メディアでは何度か取り上げられていたワイスカウトですが、先日一般紙の朝日新聞でも記事になっていました。
緒方:そうですね。この前、朝日新聞の記者さんが取材に来ていました。
アシシ:その記事を何気なく読んでいたら、前職同僚の緒方 氏の名前が突然出てきたので、これは突撃取材しようと思い立ったわけです(笑)。
緒方:それはそれは。ありがとうございます。
アシシ:ワイスカウトは現在、緒方さんが経営するTMJ Japanが日本で販売代理店の独占契約をしているんですよね?
緒方:そうです。弊社が2014年頃から日本語に翻訳したバージョンを出して、2015年からは独占で販売しています。ほぼボランティアで普及を支援してきましたが、日本のサッカー界に貢献できていると感じています。
アシシ:朝日新聞の記事では35クラブとありましたが、J1とJ2でいうと何クラブですか?
緒方:J2より上のカテゴリーに絞ると、30クラブですね。
アシシ:J1とJ2で合計40クラブあるので、実に75%のプロサッカークラブがワイスカウトを利用していると。
緒方:サッカーのスカウティングツールでいうと、グローバルマーケットではワイスカウトの1強と言っていいですね。
ワイスカウトが1強になれた理由
アシシ:他のスカウティングツールで、競合他社はどういったところがあるんですか?
緒方:世界的にみると3社あって、イタリアのワイスカウト(WyScout)、ロシアのインスタット(InStat)、イギリスのスカウトセブン(Scout7)です。欧州、南米、アジアの主要リーグで、ワイスカウトを導入していないクラブはほぼ存在していません。全世界で契約しているクラブ数は1,000を超え、世界中の代理人も契約してます。世界230の国と地域に所属する55万人の選手のプレーをオンラインでチェックできるので、当然といえます。
アシシ:まさに移籍市場におけるプラットフォームですね。Googleなど世界的に急成長を遂げている企業の共通項は、「プラットフォーム化」と言えますからね。ワイスカウトも同じ路線を歩んでいると。
緒方:そうですね。プラットフォームという観点でいうと、他社の追随を許さないレベルまで来ています。
アシシ:そもそもの話なんですが、ワイスカウトはなんでここまでサッカーの移籍市場でディファクトスタンダード、いわゆる事実上の標準と言える域にまで辿り着いたんですか?
緒方:単純な話として、先行者利益は大きいでしょうね。ワイスカウトは2004年にイタリアで生まれたんですが、まずはセリエAでクラブや代理人に売り込んで実績を作ってからグローバルに展開していきました。あと、ワイスカウトが圧倒的に優れているのは、サーバースピードです。スマホの4G回線でサクサク動きます。
アシシ:他に競合他社と違う点はありますか?
緒方:これだけ巨大なプラットフォームを提供しているので、年次で大きなカンファレンスも主催しています。世界中のビッグクラブと代理人が一堂に会します。昨年はアムステルダム、その前はスタンフォードブリッジ、エミレーツスタジアムほか、ブラジルやロシアでも開催しました。手弁当で手伝っているため、さすがに私は海外のカンファレンスには行っていませんが…。
代理人はワイスカウトを動画編集に使用
アシシ:データスタジアムが提供しているツールもよく聞きますが、あそこは競合ではないんですか?
緒方:デースタは国内専用のスカウティングツールです。使い方が違うのでワイスカウトの競合とは言えません。Jリーグのクラブにとって、ワイスカウトを使用する機会は主にふたつで、ひとつ目は海外選手の獲得時、ふたつ目はACL(アジアチャンピオンズリーグ)などで海外のチームと対戦する時です。
アシシ:なるほど。ワイスカウトのユーザはクラブのフロント以外にはどういった人たちが使っているんですか?
緒方:まず各国のサッカー協会ですね。主に対戦国の選手分析に使っていますが、面白い使い方としてはレフリーの講習会でも使用されています。続いてサッカー選手の代理人。複数の国を股にかけた代理人であれば、使ってない人はいないと思います。
アシシ:先日インタビューした代理人の田邊氏も、ワイスカウトで所属選手のハイライト映像を作成していると言っていました。
緒方:ワイスカウトは選手単位で「ゴール」「シュート」「アシスト」「インターセプト」「1対1の守備」など、ひとつひとつのプレーごとにタグがついています。それらのタグを用いて動画編集ができて、更にエクスポート機能まで付いているので、選手個人のハイライト映像を作る代理人には、ワイスカウトはうってつけのツールだと思います。
アシシ:ちなみにワイスカウトの使用料はぶっちゃけいくらなんですか?
緒方:月額10万円を切る価格帯です。
アシシ:そこまで高いという印象はないですね。例えばの話なんですが、私が使いたいと言ったら売ってくれるんですか?
緒方:クラブ、代理店、またレフリーや指導者といったサッカー関係者にしか販売できない規則になっています。
ワイスカウトがJリーグに与える影響
アシシ:では最後になりますが、ワイスカウトが日本でも段々と使用されるようになってきた今、ワイスカウトがJリーグにどんな影響をもたらすのか、ご意見をお聞かせください。
緒方:日本に限らず、クラブと代理人の関係は良くも悪くもアナログです。クラブの強化においては、強化部長と代理人との「人の繋がり」が優先され、数年前までDVDが物理的に郵送されていました。また、代理人がお勧めする外国人選手は、何度も海外視察するといった「苦行」が行われています(笑)。このアナログの世界にデジタルが加わることで、クラブや代理人の生産性が向上し、両者のより良い関係が構築されると考えています。
アシシ:どの業界でも発生している変化ですが、遂にサッカー界もアナログからデジタルに進化を遂げてきていると。
緒方:そうですね。ワイスカウトがグローバルスタンダードと化した今、本当の意味で、各クラブのスカウティング能力が試される時代が来たと言っても過言ではないです。
アシシ:強化部の「目利き」が、よりクラブの成績に直結するわけですね。
緒方:その通りです。とはいえ、日本では言語の問題が立ちはだかります。韓国語やポルトガル語の通訳スタッフを既に雇っているクラブは多いですが、獲得選手の国籍が多岐に渡ってきて、英語、フランス語、スペイン語と言語が多様化してきた時に、クラブの対応力が試されます。
アシシ:そういう意味ではコンサドーレは、韓国語、ポルトガル語、英語、タイ語、ドイツ語と5人の通訳が在籍してて、柔軟な対応力を発揮しているクラブと言えますね。
緒方:そうですね。今後、タイだけでなく、ベトナムやインドネシアなどの選手もJリーグにチャレンジしてくる時代が来ます。Jクラブが収益を拡大するには、更なる国際化が求められるからです。ワイスカウトの普及が日本サッカー界の発展に繋がるよう、これからも引き続き努力していきたいと考えています。
(了)