絶対王者対昨年のチャンピオン、G1に懸ける両陣営の想いとは……
中山グランドジャンプ5連覇を目指すオジュウチョウサン
今週末、中山競馬場では牡馬クラシック一冠目の皐月賞(G1)が行われる。今シーズンをリードする馬を選出する若駒達の名勝負が期待されるが、その前日、18日の土曜日にも注目を集めるレースがある。芝4250メートルの長丁場で行われる中山グランドジャンプ(J・G1)だ。
今年は12頭がエントリーしてきたこの大一番で、話題の中心となっているのはオジュウチョウサン(牡9歳、美浦・和田正一郎厩舎)だ。現在、障害レースに限れば12連勝中。この中山グランドジャンプは4年連続制覇。今年はJRA史上初となる同一重賞5年連続優勝の偉業が懸かる。この障害界の絶対王者の主戦騎手が石神深一だ。2011年には年間、未勝利に終わった事もある苦労人だが、腐らず真摯に競馬と向き合っていると、15年に後の名ジャンパーと出合った。そのパートナーを、親しみを込めて「オジュウ」と呼び、話す。
「ここ4年間くらいは毎日のようにオジュウに乗っています。だから少しの変化でも分かります。前走の直後はさすがに多少疲れがあったけど、すでに回復しています。1週前も今週も追い切りの動きは良かったです」
前走は3月14日、阪神競馬場で行われた阪神スプリングジャンプ(J・G2)。オジュウチョウサンにとっては前年11月末のステイヤーズS(G2)以来の競馬。障害レースに限れば同4月の中山グランドジャンプ以来の出走だったが、終わってみれば2着に9馬身差。レコードでの快勝だった。管理する和田は述懐する。
「マイナス10キロだった馬体重はその前が増えていた(ステイヤーズSはプラス6キロの520キロ)し、関西への輸送だったので細くなってしまったというわけではありません。休み明けだったけど、好仕上がりだったのは間違いありません。それにしても想像以上の走りでぶっち切ってくれました」
指揮官がとくに注目したのはその飛越ぶりだったと、ライバルの名を挙げて続ける。
「元々飛越で少しバラつくような時もある馬で、飛びだけで言えばシングンマイケルの方が上手と思える事もあります。でも、前走に関しては負けないくらい上手に安定して飛んでいました」
故人の遺志を乗せ走る昨年の最優秀障害馬シングンマイケル
シングンマイケルは昨年のJRA賞最優秀障害馬に選出された馬。阪神スプリングジャンプでは2着だった。同馬が昨年、東京ジャンプS(J・G3)を勝利した時、騎乗していた石神もこれには首肯する。
「シングンマイケルは本当に飛越が上手です。乗っている金子先輩も体幹が強いので、馬がバランスを崩しても人間がブレません。僕も見習わせてもらっています」
金子先輩とは石神の1つ上の学年にあたる金子光希。競馬学校でも被っていた先輩はシングンマイケルの主戦として昨年、中山大障害(J・G1)を優勝。前走で果敢にオジュウチョウサンに挑んだが、返り討ちを喰らい、2着に敗れた。石神を「深一」と呼び、前走を述懐する。
「正直、完敗でした。オジュウチョウサンの強さを改めて思い知らされたとしか言えません。深一は元から上手な騎手だったけど、オジュウチョウサンと出合って自信をつけた感じ。速い流れでポジションとしても難しい位置と思えたけど、全く慌てずに乗っていましたからね」
前走に関して言えばオジュウチョウサンが最後のパンチを繰り出した時、反撃のパンチを返せる馬はただの1頭もいなかった。どの馬もセコンドに抱えられるようにして引き上げてきた。そんな中、昨年の王者はまだ踏ん張った方だった。だから金子は白旗を挙げるつもりはないと力強く宣言する。
「競馬だから何が起きるかは分かりません。幸い、週末は得意な道悪になりそうだし、相手が強いからといって最初から負けるつもりで乗る気はありません」
シングンマイケルの面倒をみる佐藤佑輔持ち乗り厩務員は次のように語る。
「前走から間隔が詰まっているけど、順調に来ています。オジュウチョウサンは強いけど、何とか一矢報いたいです。調教師とジョッキーとで作戦も練ってくれているみたいなので、僕は万全の状態で競馬場へ連れて行くだけです」
再び金子の弁。
「あまり考え過ぎても良くないけど、それでも考えて臨むつもりです。自在性と飛びの上手さを活かした競馬をしたいです」
管理するのは大江原哲だ。前々走まで同馬の面倒をみていた調教師の高市圭二が鬼籍に入り、兄貴分として懇意にしていた大江原があとを引き取る事になった。故人の遺志を継いだ男は言う。
「自分のペースを乱さずに競馬をしなければいけないけど、同時にオジュウチョウサンを全く無視するわけにはいかないのも事実です。自分が現役時代、こういう強い相手と一緒に走る時は、相手が前にいれば食らいつくようにしたし、横や後ろにいれば抑え込めるようマークしたものです。相手に楽な競馬をさせないようにしなければいけないでしょうね」
金子もそのあたりは重々承知している。
「障害は消耗戦です。小さなロスでもそれが重なる事で最後に苦しくなります。自分の馬は出来る限りロスなく、それでいて、相手には少しでも消耗させるように持っていければ……と考えています」
1強か?! 2強か?! はたまた第3の男の台頭か?!
「いずれにしろ好勝負をみせていただきたい」と告げると、金子は次のように答えた。
「そうですね。頑張ります!!」
一方、同じ言葉を石神に投げると、彼は次のように返してきた。
「乗っている方としては楽に勝ちたいですけどね」
とはいえ楽観視はしていない。4年連続制覇という偉業でさえ“今年も勝てる”という約束手形にはならない事を知っているのは和田も石神も同じだ。和田は「万全を期して前日の金曜には中山へ連れて行きスクーリングをさせます」と言い、石神は次のように語る。
「G1ですからね。皆、勝ちたいと思っているし、厳しい競馬を強いられる事は覚悟しています。でも、厩務員さんともいつも話しているのですが、負けたくはないです」
厩務員とは大ベテランの長沼昭利。オジュウチョウサンを「うちの子」と言い、次のように語る。
「シングンマイケルが強い馬なのは承知しています。でも、うちの子もアップトゥデイトやニホンピロバロンら強いライバル達を退けてきたので、自分の力を出してくれれば大丈夫だと信じています」
さて、ここまで両陣営に伺った話を記してきたが、共に口を揃えて言ったのは「相手は1頭だけではない」という事。意識し過ぎれば第三の男が名乗り出る可能性もあるのが競馬である。オジュウチョウサンがここでも君臨し長期政権を持続するのか、はたまたシングンマイケルが世代交代を告げ、亡き高市の墓前に朗報を届けるのか、それとも虎視眈々と頂点を狙う伏兵の台頭があるのか。18日、土曜日の15時40分。運命のゲートが開く。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)