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名誉毀損罪で書類送検された松居一代氏 検察はどう判断するか

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:ロイター/アフロ)

 22日、警視庁は、動画配信やブロク投稿によって元夫である船越英一郎氏の名誉を毀損したとして、松居一代氏の件を在宅のまま東京地検に送付した。今後、松居氏らの取調べなどを経て、検察の刑事処分が下される。

【実際は容疑否認?】

 ところで、この件については、松居氏が警察に対して「分かりました」「やったことは事実です」と供述し、容疑を認めているといった報道が目立つ。

 他方で、「動画の内容は事実」「私は一切、嘘をついておりません」と供述しているとの報道もある。

 これまでの松居氏のブログなどにおける言動をも踏まえると、後者の報道のような供述であれば、検察は間違いなく容疑を否認していると評価するだろう。

 すなわち、検察官の感覚だと、「船越氏側から指摘されているような動画配信やブログ投稿を行ったのは確かだが、その内容に嘘はなく、全て真実であるから、何も悪いことはしていない」というのが松居氏の真意だと見るわけだ。

【真実でもアウト】

 では、もしこうした供述をしていた場合、法律上、どのような意味があるのか。

 一般人に対する名誉毀損行為については、次のようなポイントが挙げられる。

(1) 摘示した事実が人の社会的評価を低下させるものでありさえすれば、その真偽を問わず、たとえ真実であっても、名誉毀損罪が成立する(死者に対する場合を除く)。

(2) ただし、「表現の自由」とのバランスを図るため、(a)起訴に至っていない犯罪に関する事実など「公共の利害」に関する事実であり、(b)専ら「公益を図る目的」であって、(c)「真実」であると証明されたときは、罰しない

(3) もし真実であると証明できなければ、(1)(2)のとおり罰せられるのが原則だが、確実な資料・根拠に基づいて真実だと誤信していた場合、名誉毀損の故意を欠くので処罰されない最高裁の判例)。

【真実性の証明、ただし…】

 そうすると、松居氏が処罰を免れるためには、動画やブログで取り上げた船越氏に関する様々な事実について、自ら真実であると証明しなければならない、ということになる。

 しかし、その場合でも、大前提として、(2)の(a)のとおり、それが「公共の利害」に関する事実であることや、(b)のとおり、松居氏に専ら「公益を図る目的」がなければならない。

 検察では、船越氏が芸能人であることを最大限考慮に入れたとしても、動画やブログで示されている船越氏に関する事実など、およそ「公共の利害」とは何の関わりもない話だと一刀両断されるに違いない。

 その意味で、検察は、真実か否かに関わりなく、松居氏に名誉毀損罪が成立すると考えるはずだ。

 この点は、(3)のように、たとえ松居氏が確実な資料・根拠に基づいて真実だと思い込んでいたとしても同じだ。

 この場合も、やはり大前提として、「公共の利害」に関する事実でなければならないからだ。

 刑法は、それほどまでに「名誉」というものを重んじており、刑罰によって責任ある言論活動を求めている。

【この事案のポイント】

 名誉毀損罪の最高刑は懲役3年、罰金だと50万円だ。

 この点、名誉毀損罪の起訴率は約3割であり、起訴全体のうち約4割が公判請求による正式起訴、約6割が略式起訴で罰金だ。

 起訴全体の約7割が初犯者だから、名誉毀損罪の場合、前科がないという点はさほどプラスにならない。

 刑事処分を決める際、ポイントとなるのは、次の3点だ。

(イ) 動画やブログで示された船越氏に関する事実が真実か否か

(ロ) インターネット上の事件であること

(ハ) 松居氏が再び同様の行為に及ぶ可能性

 まず(イ)だが、松居氏自身による真実性の証明とは無関係に、警察・検察もそれぞれの事実に対し、慎重に裏付け捜査を行い、真実か否かを見極める。

 虚偽であれば、当然ながらより悪質だということになる。

 また、(ロ)についてだが、一昔前だと名誉毀損罪の起訴率はせいぜい2割ほどだったが、昨今の検察はネット上の名誉毀損行為に厳しく、略式起訴を活用することで、起訴率が上がってきている。

 簡単な手段で全世界にいる不特定多数のネット利用者に瞬時に閲覧させることができ、被害も深刻なものとなる上、第三者によるコピーを含め、いつまでもネット上にデータが残り続けることで、一度損なわれた名誉の回復も困難となるからだ。

 匿名の手紙やビラ配布といった古典的な方法に比べ、ネット上の誹謗中傷はIPアドレスなどの痕跡を解析することで犯人にたどりつきやすく、検挙が容易になった、という点も挙げられる。

 今回もネット上の事件であり、社会的反響が極めて大きく、船越氏の名誉侵害の程度も深刻であることから、検察はこの点をかなり重視するはずだ。

 最後に(ハ)だが、粘着気質で被害妄想的な発想が強いという見方もできるので、これもまた懸念材料だ。

【どうする、検察】

 「夫婦喧嘩は犬も食わない」と言うが、2人は既に昨年12月に離婚している。

 検察官も本音では「できたら担当したくないな」と思うような、いろいろな意味で難しいタイプの事案だ。

 名誉毀損罪は被害者側の告訴がなければ起訴できない親告罪であり、告訴が取り消されたら自動的に不起訴となる。

 5月には船越氏の所属事務所と松居氏との間で和解が成立しているが、船越氏の告訴は取り消されていない模様であり、これまでの2人の経緯を考慮すると、簡単に取り消すとは思えない。

 そうすると、検察は起訴するか不起訴にするか、二者択一を迫られる。

 今後の松居氏の対応いかんにもよるが、船越氏の処罰感情が極めて厳しいままであれば、ネット上の名誉毀損行為に対する一罰百戒の要請をも踏まえ、最低でも略式起訴で罰金は免れない、と判断する検察官の方が多いのではなかろうか。

 ただ、船越氏がもう松居氏と関わりたくないとか、裁判の証人として絶対に出廷したくないとか、このまま事態が沈静化することを強く望むというのであれば、たとえ告訴が取り消されなかったとしても、起訴猶予で不起訴となる目も残されているだろう。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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