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大阪が歴史的医療逼迫 現場で何が起こっているのか 講じられている対策は

倉原優呼吸器内科医
photoACより

大阪府の軽症中等症病床使用率が過去に類を見ないほどの水準に到達しています。2月13日時点の確保病床は合計3194床ですが、現在入院している患者数はその水準を超えており、極度の医療逼迫に陥っています。

大阪府の新型コロナ診療において一体何が起こっているのか、そしてどのような対策が講じられているか解説したいと思います。

増えるコロナ病棟の「中等症II」

当院はパンデミック初期から新型コロナ患者を受け入れている軽症中等症病床を有しています。2022年1月から2月にかけて軽症の割合が減り、「中等症II」(酸素飽和度が93%以下で酸素療法を要するケース)の割合が増えていることが分かります(図1)。

図1. 2月13日時点の国立病院機構近畿中央呼吸器センターコロナ病棟における重症度の割合の推移(重症例は重症病床へ転院する方針となっている)(筆者作成)
図1. 2月13日時点の国立病院機構近畿中央呼吸器センターコロナ病棟における重症度の割合の推移(重症例は重症病床へ転院する方針となっている)(筆者作成)

「中等症II」というのは、人工呼吸器を装着する「重症」の1つ前で、医師としてはかなり危機感を持たねばならない状態です。これが、軽症中等症病床の入院例の約4割にのぼっています。

同じオミクロン株が相手なのに第6波内で経時的に重症度が変化する理由は、感染者数が増えすぎて入院適応を絞らざるを得ないこと、入院までに時間が経過して中等症化してしまう事例があること、などが挙げられます。

現場としては、陽性者数の急増に行政の患者トリアージが追い付いていない印象を持っています。なぜ大阪府において人口あたりの感染者数や死者数が他地域より多いのか、色々な言説があるものの、正確な理由は不明です。

確かにデルタ株よりも重症化率は低いですが、単一ウイルスの感染症で大阪府内の集中治療ベッドが3ケタ人埋まるというのは、季節性インフルエンザでは観察されなかった現象で、「オミクロン株は軽症」という考えを一度捨てる必要があると思います。

季節性インフルエンザとは検査適応・体制が異なるウイルスなので、陽性者から算出した致死率を比較しても、それは本質的とは言えません。

通常医療の縮小を余儀なくされる

大阪府は2月8日、医療提供体制が逼迫していることから「医療非常事態宣言」を発出しました(図2)。この宣言は、大阪で多数の死者が出た第4波の昨年4月7日以来となります。医療機関に対して、不急の手術や入院を延期するよう要請しました。

図2. 医療非常事態宣言(参考資料1より)
図2. 医療非常事態宣言(参考資料1より)

また、大阪市消防局は、「高齢者施設で療養している新型コロナ陽性者の症状が悪化した場合、すぐに119番通報するのは控えてほしい」という通達も出しています。本来は保健所が窓口となって入院調整などを行うわけですが、連絡が取りにくいため、直接救急車を要請する事例も出てきており、本来の救急出場ができなくなっているのです。

そのため現在、待機手術、検査入院、救急医療などを縮小しなければ必要な医療を提供できない医療災害に陥っています。

毒性を変化させる変異ウイルスに翻弄

大阪府では、第4波でアルファ株による医療逼迫が起こりました。当時確保していた重症病床360床を大きく超える449人の重症者が発生しました。これにより、重症病床に入院できない患者さんが軽症中等症病床にあふれてしまいました。さらに、マンパワーが不足した軽症中等症病床へ入院できない事例が多発し、自宅で死亡したり、宿泊施設で酸素療法を適用されたりする事態に陥りました。

そのため大阪府は、重症病床の布陣を厚くする対策を講じ、612床という病床を確保しました。執筆時点では重症病床にまだ余裕がありますが、第4波に匹敵するほど立ち上がりが急峻です(図3)。新型コロナが軽症中等症でも、基礎疾患が重篤であるため重症病床での管理を要する事例も複数発生しています。

図3. 2月13日時点の大阪府重症患者数(筆者作成)
図3. 2月13日時点の大阪府重症患者数(筆者作成)

軽症中等症病床の対応も厚くしました。執筆時点で、第4波の1.5倍の病床数を確保していますが、オミクロン株を相手に重症病床より逼迫度が高い状況です(図4)。

図4. 2月13日時点の大阪府軽症中等症病床患者数(筆者作成)
図4. 2月13日時点の大阪府軽症中等症病床患者数(筆者作成)

ウイルスが変異を起こすたびに、狙われる病床がコロコロと変わることが、対応を難しくしている理由です。私も第6波が始まる前までは、発熱外来や宿泊施設が逼迫するのではないかと予想していましたが、まさか自分たちのいる軽症中等症病床がこれほど逼迫するとは思っていませんでした。

医療逼迫への対策

未曽有の医療逼迫に対して、現在、大阪府はさまざまな対策を講じています。

対策①:軽症中等症病床を拡充

インテックス大阪にある「大規模医療・療養センター」では中等症病床の稼働が始まります。また、宿泊療養施設に診療機能を付加した「診療型宿泊療養施設」を稼働させています(図5)。ここでは、診療所を併設して抗体薬などの初期治療ができます。これにより、軽症中等症病床の対応をさらに厚くすることが可能です。

図5. 診療型宿泊療養施設(参考資料1より)
図5. 診療型宿泊療養施設(参考資料1より)

対策②:コロナ病棟の入院を厳格化

「軽症中等症病床」と名がついていても、軽症例をできる限り自宅療養や宿泊施設療養にしないと病床が逼迫してしまいます。外来受診からの入院に関しては原則酸素飽和度が93%以下の中等症IIに限るよう通達が出されています。つまり、酸素療法や点滴治療が不要と考えられるケースは、できるだけ入院しないよう、入口を狭くする戦略がとられています。

対策③:コロナ病棟からの退院を促進

新型コロナから回復した後、自宅へ退院するのが理想的ですが、高齢者が多いことからスムーズに移行できないケースも多いです。

現在のコロナ病棟からの退院基準は、発症日から10日間経過し、かつ症状軽快後72時間経過した場合とされています。しかし、入院4日目の時点で酸素投与が必要な中等症IIより悪化していない患者に関しては、宿泊施設や自宅での療養に切り替えることを可能としています(2)。大阪府は「転退院サポートセンター」を通じて早期にコロナ病棟に空きを作る戦略をとっています(図6)。

図6. 転退院サポートセンター(参考資料1より)
図6. 転退院サポートセンター(参考資料1より)

とはいえ、入院5~7日目に肺炎が悪化し始めるケースを何度も経験しているので、4日目の時点で「もう大丈夫です」と自信を持って退院させてよいのか少し迷います。そういう意味では、医師や看護師の「重症化を予見する嗅覚」が問われる局面かと思います。

対策④:往診の強化

高齢者施設のクラスターが相次いでいます。無症状や軽症の陽性者に関しては入院ではなく、施設で診切る形が望ましいでしょう。そのため、保健所連携のもと、往診チームを施設クラスターに派遣し、施設内療養を継続してもらう戦略をとっています。

対策⑤:ワクチン接種の推進

高齢者の医療逼迫を解消するためには、新型コロナワクチン接種をすすめ、入院を要する高齢者をいかに減らすかが重要です。

まとめ

多くの専門家が、そろそろ第6波はピークを越えるだろうと予測しています。しかし、何度も医療逼迫を経験すると、さすがに医療従事者もゲンナリしてきます。

コロナ病棟で働く医療従事者は、自分の責務をまっとうすることで精一杯です。「今が波のピークかも」と自らを奮い立たせることで、どうにか使命感の炎を消さずにここまで頑張っています。

早く新型コロナの波がなくなる日がやってきますように。

(参考)

(1) 第71回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(令和4年2月9日)(URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00333.html

(2) オミクロン株の感染流行を踏まえた医療提供体制の対応強化について(URL:https://www.mhlw.go.jp/content/000894894.pdf

呼吸器内科医

国立病院機構近畿中央呼吸器センターの呼吸器内科医。「お医者さん」になることが小さい頃からの夢でした。難しい言葉を使わず、できるだけ分かりやすく説明することをモットーとしています。2006年滋賀医科大学医学部医学科卒業。日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医、日本感染症学会感染症専門医・指導医、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会結核・抗酸菌症認定医・指導医、インフェクションコントロールドクター。※発信内容は個人のものであり、所属施設とは無関係です。

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