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気候変動を起こすのは二酸化炭素だけではない — SLCFs

竹村俊彦九州大学応用力学研究所 主幹教授
(写真:イメージマート)

現在の気候変動が、人間の社会経済活動などによって、大気中の二酸化炭素の濃度が急激に増加していることで起こっていることは、今や世界中のほとんどの人が知っているでしょう。確かに、二酸化炭素が最も大きな要因であることは間違いないのですが、他の複数の原因物質も、気候変動へ寄与しています。それら物質の多くが「SLCFs」と呼ばれるものに分類されます。SLCFsのことを知っている人は、一般的には多くないでしょう。でも、かなり重要です。

そもそも気候変動はどのようにして起こるのか?

地球の気候は、入ってくる太陽光のエネルギーと、出て行く赤外線のエネルギーのバランスで成り立っています。そのバランスが崩れると、気候変動が起こります。二酸化炭素は赤外線を吸収する性質を持っているため、大気中の二酸化炭素濃度が上昇すると、地球から出て行く赤外線の量が減って、地球に余分なエネルギーが蓄積されていき(温室効果)、バランスが崩れることになります。赤外線を吸収する性質を持つ気体が、温室効果ガスということになります。温室効果ガスは、二酸化炭素以外にも、実は結構数多くあります。その代表格が、メタン・オゾン・代替フロンです。

一方、地球に入ってくる太陽光の量を減らすことで、バランスを崩して気候変動を起こす物質もあります。それは、気体ではなく、非常に微小な粒子状のエアロゾルと呼ばれる物質です。大気汚染の原因として知られているPM2.5は、エアロゾルに含まれます。エアロゾルによる気候変動のしくみについては、以前に解説した PM2.5が引き起こす気候変動 をお読み頂ければと思います。その記事にて解説しているとおり、人間の活動によって発生するエアロゾルは、正味として大気を冷やす効果があります。

二酸化炭素は、化学的に安定した物質なので、大気中に放出されると、数十年から百年にわたって大気中に漂い続けることになります(したがって、気候変動の問題は長期化します)。一方、前述の二酸化炭素以外の物質は、放出後、数日から、長くても十年ぐらいしか大気中にとどまりません。そのことから、これらの物質を総称して、英語ではShort-Lived Climate Forcers(略してSLCFs)と呼ばれ、日本語では「短寿命気候強制因子」と訳されます。

SLCFsの影響はどのくらい?

気候変動対策のための科学的な根拠を提供するのが、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)です。その最新の報告書である第6次評価報告書では、SLCFsだけで1つの章を設けて、専門家による最新の研究の知見が取りまとめられています。下の図は、人間の社会経済活動などによって排出された、二酸化炭素と代表的なSLCFsによる気候のバランスの崩れについて、IPCCの最新報告書での評価です。バランスを崩している最大の要因は二酸化炭素なのですが、SLCFsもそれなりの影響を及ぼしていることがわかると思います。つまり、気候変動対策には、二酸化炭素の排出量削減のほかに、SLCFsの排出量の対策も実施する必要があります。

人間によって排出された各物質による地球平均の大気のエネルギーバランスの崩れ(IPCC第6次評価報告書から作成)。
人間によって排出された各物質による地球平均の大気のエネルギーバランスの崩れ(IPCC第6次評価報告書から作成)。

かつ、二酸化炭素とは異なる大きな特徴がSLCFsには2つあります。

1つは、前述のとおり、大気中での寿命が二酸化炭素よりも短いことです。二酸化炭素の場合は、排出量を削減しても、その効果がはっきりと現れるのが数十年先になります。一方で、SLCFsの場合は、排出量を削減すれば、早期に大気中の濃度が下がってきます。二酸化炭素の対策は進めつつ、今後10〜30年程度の気候変化を緩和するためには、SLCFs対策が効果的であるということです。

もう1つは、SLCFsの多くの物質が、大気汚染物質でもあるということです。エアロゾルの中でもサイズが小さいものがPM2.5であり、オゾンは光化学オキシダントの主な物質であることから、大気汚染物質であることが理解できると思います。つまり、SLCFs対策は、気候変動のみならず、大気汚染の緩和にも直結するということになります。

私は、現在、SLCFsの気候や環境への影響の評価や、最適な排出量削減を検討する 研究のプロジェクトリーダー を務めています。気候変動の対策には、「脱炭素」という言葉があるように、二酸化炭素のみに注目すればよいと思っていた方が多いと思いますが、今回の解説で、SLCFs対策の重要性も理解して頂けたのではないでしょうか。SLCFsのことを1回の記事で解説しようと思うと、要点を絞っても非常に長くなってしまうため、今後数回に分けて解説していく予定です。

九州大学応用力学研究所 主幹教授

1974年生まれ。2001年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。九州大学応用力学研究所助手・准教授を経て、2014年から同研究所教授。専門は大気中の微粒子(エアロゾル)により引き起こされる気候変動・大気汚染を計算する気候モデルの開発。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者。自ら開発したシステムSPRINTARSによりPM2.5・黄砂予測を運用。世界で影響力のある科学者を選出するHighly Cited Researcher(高被引用論文著者)に7年連続選出。2018年度日本学士院学術奨励賞など受賞多数。気象予報士。

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