個人でのPCR検査キットの使用は控えましょう
楽天よりPCR検査キットが販売開始となりました。
このキットを用いることで、病院を受診することなくPCR検査が施行可能とのことです。
しかし、PCR検査は医療従事者によって正しい方法で検体を採取し、正しく結果を解釈せねばなりません。
筆者は感染症専門医ですが、一般の方がこのPCR検査キットを使用することは推奨しません。
楽天から販売されているPCR検査キットとは
4月20日より楽天でPCR検査キットが販売開始になっています。
新型コロナウイルスPCR検査キット COVID-19 PCR
「本検査キットは、ジェネシスヘルスケア株式会社が開発し、楽天株式会社が法人窓口となりサービスを提供しています。」とのことです。
4月21日21時時点でホームページには「現在、大変多くのお申込みをいただいており、順次ご対応をさせていただいております。ご回答にお時間がかかる場合がございますが、何卒ご容赦いただきますようお願い申し上げます。」との記載があり、好調な売れ行きであることが推察されます。
法人向けの販売と書かれていますが、非医療従事者が入手できることになります。
様々な制約がある検査キットであることに注意
このPCR検査キットには以下の注意書きが記載されています。
本検査キットについての注意事項
・本検査キットを用いたリスク判定は、いかなる意味でも診断や医行為を行うものではありません。
・本検査キットおよびそこに含まれる採取棒・試料保存液入りチューブは医療機器ではなく、本検査のための試料の採取・返送以外の目的には使えません。
・本検査キットは、遺伝子(個人遺伝情報)を解析・検査するものではありません。
・厚生労働省が新型コロナウイルス感染症に関する相談・受診の目安として挙げている症状の出ている方は、使用いただけません。
・本検査キットは、20歳以上の方を対象としています。また、止血能力の低い方(体質的に血が止まりにくい人やワーファリン等の血液凝固能力を下げる薬剤を服用中の方)、不安障害や不安症状などを日常から感じやすい方は使用を控えていただきます。
・本検査は、説明書を確認いただき、利用者自身の責任による自己採取に限ります。
・本検査キットは、日本国内での使用に限ります。
・購入したキットを転売することは固く禁止いたします。
まず「本検査キットを用いたリスク判定は、いかなる意味でも診断や医行為を行うものではありません」とあることから、本キットを使用する意義が不明です。
検査とは本来、ある疾患の可能性を高くしたり低くしたりする目的のため行うものですので、診断に寄与しないのであればそれは検査の意味を成しません。
また、4つ目の項目にある「厚生労働省が新型コロナウイルス感染症に関する相談・受診の目安として挙げている症状の出ている方は、使用いただけません」も意図が不明です。
厚生労働省が新型コロナウイルス感染症に関する相談・受診の目安として挙げている症状、とは「37.5度超が4日以上・強いだるさや息苦しさ」です。
症状があるかないかだけで比べると、症状がある人の方がない人よりも新型コロナウイルス感染症の可能性が高いでしょう。
症状がない人を検査するという時点で検査前確率が大きく下がるため検査結果の解釈が難しくなります。
確かに新型コロナウイルス感染症の患者の一定数は無症状であることが分かっていますが、現在の日本の流行状況を鑑みれば、何も症状がない人のうち、新型コロナウイルスに感染している人は、新型コロナウイルスに感染していない人と比べて圧倒的に少数であることは明らかです。
新型コロナウイルス感染症と診断された方と濃厚接触歴がある方や、海外渡航歴のある方は、たとえ症状がなくても感染している可能性がある程度高いため検査をすることは妥当と考えられますが、接触歴や渡航歴もない、症状が全く無い方がこの検査を行うことは、かえって結果の解釈を間違える危険性があります。
仮に2020年4月20日時点の東京都内で現在の患者数の10倍である3万人が陽性であると仮定します(かなり多く見積もっています)。
またこの謎の検査キットを、かなり精度の高い検査と仮定して感度70%特異度99.9%とします。
東京都に住む1000万人が全員この検査を受けたとして、感染しているおよそ3人に2人は陽性と正しく診断される一方、感染していない人のうち約1万人は検査が陽性という結果が出ます(偽陽性)。
また、感染している人もおよそ3人に1人は陰性という結果が出ます(偽陰性)。
「楽天のPCR検査キットで陰性だったから」という理由で気兼ねなく外出し、本当は感染している人が屋外で感染を広げることに繋がりかねません。
検査で陰性であったことは新型コロナではないことの証明にはなりません。
そもそも本検査キットについては検査の特性が明らかではありません(筆者は購入していませんので説明書には記載があるのかもしれませんが)。
例えば「新型コロナウイルス感染症患者100人のうち60人は陽性と出る(感度60%)」とか「新型コロナウイルス感染症患者ではない人が検査すれば100人中99人は陰性と出る(特異度99%)」などです。
これらの情報なしには、検査結果を解釈することは不可能です。
検体の採取は経験のある医療従事者が行うべき
従来のPCR検査と同等と見積もって感度70%というのは、新型コロナの人が100人検査をしたら70人は陽性と判断される、という意味ですが実際にはこれよりも低くなるでしょう。
なぜなら医療従事者の採取ではなく、自分自身で鼻咽頭拭い液を正しく採取することは難しいからです。
適切に検体を採取しようとすると、これくらい深く綿棒を挿入しなければなりません。
これを自分自身でできるでしょうか?
医師の私でも「無理ッス!」と断言できます。だって怖いですよね。
また検体採取する際には最も出血しやすいキーゼルバッハ部位と呼ばれるところを通りますので、強く擦ってしまえば鼻出血が起こる危険性があります。
やはりこれは医療行為として手技に習熟した医療従事者が行うべきでしょう。
陽性であったとしても再検査となりかえって医療機関に負担が
このPCR検査キットは医薬品医療機器総合機構(PMDA)から承認されたものではないため、この検査結果がどうであれ診断の根拠にはなりません。
この検査が陽性であったという理由で病院を受診したとしても、もう一度同様の検査が行われその結果に基づいて診断がなされます。
現時点で都内に3万人の無症状の感染者がいると多く見積もっても、楽天のPCR検査キットが陽性となった方の3人に1人は偽陽性となります。
「3人に1人が偽陽性の集団」がたくさん病院を受診することでかえって医療機関に負担がかかることになりかねません。
確かに一部の地域でPCR検査の体制は十分ではありません。
3月上旬には東京都内のとある渡航者・接触者外来を受診した患者のうちPCR検査が陽性であったのは5%未満でした。
4月中旬〜下旬の現在はこれが30%程度まで高くなっています。
これが意味することは、新型コロナ症例の増加にPCR検査のキャパシティが追いつかず、見逃されている新型コロナ症例が増えているということです。
地域によってはPCR検査が行える医療施設をもっと増やすべきと考えます。
しかし、これは地域の流行の度合いによって異なるものであり、「日本全国どこでもPCR検査をガンガンやりまくるべし」というものではありません。
繰り返しになりますが、大事なのは検査前確率であり、地域の流行状況です。
まとめますと、楽天が販売を開始したPCR検査キットは、
・陰性であっても新型コロナではないとは言えない
・陰性という結果に安心して外出した人が周囲に広げる可能性がある
・陽性であっても新型コロナとは言えない
・医療機関の負担を増やす可能性がある
ということで、一般の方が個人で使用することは推奨されません。
ご自身が自治体でのPCR検査の対象にならず不安になっていらっしゃるかもしれませんが、今どの地域もPCR検査のキャパシティを増やそうと努力をしています。
このような正体不明の検査キットを使って自己判断することはお控えください。