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インターハイ選手からOSKへ。異色のトップスター・桐生麻耶の「犠牲にする覚悟」

中西正男芸能記者
舞台への思いを語る桐生麻耶

 2022年に100周年を迎えるOSK日本歌劇団。大きな節目を見据える中、昨年、トップスターに就任したのが桐生麻耶さんです。4月13日から21日まで大阪松竹座でトップお披露目公演「レビュー 春のおどり」が上演されますが、大学までは陸上競技一筋。舞台人としては経験ゼロからのスタートとなりましたが、その中でトップにまでのぼりつめました。その裏には、歌劇団のみならず、全てのジャンルに通じる真理がありました。

空気を作る

 今の立場になって意識しているのは、良い部分も、悪い部分も、全て見られているということですね。お客さまに見ていただくのはもちろんのこと、劇団員にも常に見られている。その意識があります。私次第で空気が変わる。もしくは、変わってしまう。それは強く感じています。

 特に心がけているのは、人間って、人の機嫌が悪い時は分かりますよね?「あ、今日は何か良くないことがあったのかな」とか「イライラしているな」とか。それって、確実に周りの空気を変えるし、ましてや、それが上に立つ人間から出てくるものなら、なおさらですもんね。

 逆に「何かいいことがあったんだろうな」という部分は素通りしてしまいがちですけど、でも、そういう空気は確実に場の雰囲気を良くする。なので、悪い空気は極力出さず、良い空気を出す。そこは常に考えています。

 芸事どうこうというのは、最終的には自分自身が向き合って鍛錬するしかないんですけど、空気の部分は人が変えられる。または、変えてしまう。だからこそ、気を付けないといけないなと。

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全てはお客さまのために

 ひいては、それが来ていただくお客さまに「今日の舞台、良かった!」と思ってもらえることにつながっていく。そして、良い空気は必ずお客さまにも伝わって、お客さまの心も良い空気にしてくれる。そう思っています。やる側も、見る側も、人間ですから。

 あと、本来、みんな舞台が大好きで集まっている人間のはずなんですけど、それが日常になってくると、どうしても一回一回の感動が薄れてしまう。舞台をすることが当たり前になってくると言いますか。そこを今一度、当初の気持ちと向き合ってみる。最初の気持ちはどうだったんだということを再確認する。ここも意識しています。

 どうしても、気持ちは薄れますから。それが自然なことだし。ただ、もう一回、最初のドキドキを感じて、瑞々しい気持ちで一生懸命にやる。それを意識づけるのも、結局、お客さまに良い舞台を見ていただくことにつながると思うんです。

 一番大切なのはそこですから。お客さまに満足していただくために、できることは何でもやる。そして、その空気を作るのが私の役目だと思っています。わざわざ足を運んでいただいて、お金を払っていただいて、見ていただいているわけですから。どうやってお返しをしたらいいのか。そのためにあるのが稽古ですから。

 なので、あくまでも稽古のゴールはお客さまの満足。お稽古をすることによってお稽古をした満足感を得るというのは、何のことか分かりません。

アスリートから舞台人へ

 そのあたりは、もともと私がやっていた陸上競技にもつながるかもしれませんね。私は大学に入るまで、ずっと陸上をやってまして、7種競技が専門でした。

 その流れで大学(東京女子体育大学)にも入ったんですけど、何から何まで陸上漬けの毎日でした。劇団四季というものがあることも知らないくらい(笑)、全く舞台には縁がない生活で。

 ただ、同じ学科にいた子が OSK を見に行ったことがあって、さらにビデオも持っていたので、たまたまそれを見せてもらったんです。そこで、一瞬でやられました…。ラインダンス、そして、男役というものににえらく感動しまして。「こういうことをやってみたい」と。

 一番のポイントはたたずまいとかエネルギーと言ったらいいんでしょうか。それまで舞台なんて見たこともなかったのに、一切の迷いなく、どうしてもこの世界に行きたいと思ったんですよね。「出会っちゃった」というしかないというか(笑)。調べてみると、OSK は19歳まで受験できるということだったんで、じゃあ、すぐに受けてみようとなったんです。

 ただ、踊りとか歌の経験が一切ない状態で入団しましたからね。それまで準備をしてきた周りの人たちとのレベルがあまりにも違いすぎて。私は、何も分からないですから。でも、そこで辞めずに踏みとどまることができたのは、陸上で培ってきたものがあったからだとは思います。

 芸事の世界で全く生きてこなかったので、できなくても、プライドが傷つくことがなかった。そこも、正直あったと思います。歌えなくても、踊れなくても、鼻を折られることがない。逆に、そこはある意味のメリットだったのかもしれませんけど、同じような環境でも心が折れる人はいると思います。ただ、折れなかったのは、ジャンルは違うけど、ものすごく厳しいことをやってきたことへの自信、経験だったんでしょうね。

日常を犠牲にする

 そして、大げさかもしれませんけど、この仕事をする上で、どこか「自分の日常を犠牲にする覚悟」を持つべきだと私は思っていまして。他人様に何かをお伝えして、あわよくば感動してもらいたいなんて思ってるわけですから。ま、そんな団員はいないですけど、到底、片手間にやってできるものではないですから。

 一回しかない人生を、舞台にかけようと思って来ている人たちばっかりですから。基本的には、みんなも同じような思いを持ってくれているでしょうし、そこを私は自分の姿で見せていけたらなと思います。

 ま、これは犠牲というほどのことではなく、好きでやっていることでもありますけど、家にいる時は、何かしらDVDを流して、海外の映画を見ています。しっかり見る時もあれば、BGMのようにながら見をする時もありますけど、そうすることで、自分が役にのぞむ際の“カード”が増えると言いますか。

 「今回の役柄は、あの映画のあのシーンのたたずまいに共通するものがあるのでは…」みたいな発想が自分の中にどれだけあるのか。それって、この仕事をやる上ですごく大切なことだとも思うんです。私はそれを摂取するのが映画なんです。

 中には、1枚の絵を見てそこから着想を得るという人もいますしね。私も、そこを目指して美術館に行ったりした時期もありましたけど、それができる人は本当に天才なんでしょうね。センスが秀でているというか。残念ながら、私はそれでは何にも浮かんでこなかったので(笑)、ひたすら映画を見まくるようにしています。

 でも、よく考えてみたら、大学入るまで舞台なんて全く興味がなかった自分が、そうやって暮らしているんですもんね。すごい出会いだと思います。OSKに出会ってなければ、今頃は体育の先生になって、結婚して、子育てに追われていたのかもしれませんけどね(笑)。

(撮影・中西正男)

■桐生麻耶(きりゅう・あさや)

5月11日生まれ。栃木県出身。アメリカ人の父と日本人の母親の間に生まれる。入団前は陸上(7種競技)に打ち込み、インターハイで2位になるなどトップレベルの選手として活躍。東京女子体育大学を中退して、95年に日本歌劇学校に70期生として入学。97年、OSK日本歌劇団に入団する。劇団の解散や再生に向けての署名活動などを経験しつつ、劇団の主力となる男役スターへと成長していく。中心を担う男役スターに成長。昨年、トップスター就任が発表される。トップお披露目公演「レビュー 春のおどり」は大阪松竹座で4月13日から21日まで上演される。身長175センチ。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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