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ターボ癌(新型コロナワクチン接種後にそれを原因として急速に進行するがん)は本当にあるのか?

大津秀一緩和ケア医師
(写真:イメージマート)

ターボ癌について

「ターボ癌」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

最近、新型コロナワクチン接種後にそれを原因として急速に進行するがんという意味でこの「ターボ癌」という言葉がSNSなどでよく見かけられます。

本当にそういうがんは存在するのでしょうか?

そのことについて、現在までにわかっていることをお伝えしたいと思います。

なお、この言葉が頻繁に出て来る背景として、有名人の方ががんで亡くなったという報道がしばしばあることも無縁ではないでしょう。

そのことについても触れたいと思います。

ターボ癌という医学用語はない

まず重要な事実として「ターボ癌」という医学用語はない、というものがあります。

つまり医学の分野で確立した知見ではありません。

「ターボ癌」は海外の複数の医師(反ワクチン運動で知られている人も含まれています)が動画などで広めた名前で、日本でも実名の医療者のアカウントや医師を称する匿名のアカウントなどが積極的に拡散しています。

ですが、コロナ禍の以前より「急速に進行するがん」「極めて早い経過をたどるがん」は決して珍しくはありませんでした。

そのため、接種後に急速進行するがんは、自然に急速進行した可能性も十分あり、その区別が問題になります。

ワクチンが原因だと確証をもって言える根拠は乏しいのは事実であり、専門家によるチェックを受ける査読が為される医学雑誌にこの語句が掲載されて存在が確かなものになっているというものではないのです。

でも、がんやがん死は増えているのでは?

有名人ががんと診断されたり、がんで亡くなったりするニュースを聞くことも増えています。

下の図をご覧ください。

がん情報サービスより引用
がん情報サービスより引用

これが日本のがんの罹患数と死亡数です。

高齢化の影響で、最近がん罹患も死亡も増える一方です(※なお、年齢の影響を除くと右肩上がりではないので、対策がうまくいっていないわけではなく、それはご安心ください)。

このように基本、がんの罹患も死亡も増えています。

さらにもう一つの影響が加わっていることが指摘されています。

日本からも研究が出ているのですが、診断時ステージⅠやⅡの大腸がんの減少と診断時ステージⅢの同がんの増加が判明しました。

これはどういうことかと言うと、世界的な現象なのですが、コロナ禍を原因とした受診控えや医療ひっ迫で、診断の遅れが生じていることが考えられています。

これは「より進行しての発見」「発見から(治らない場合に)亡くなるまでが早い」ことと関係しえます。

そのため、今後この遅延が死亡率を上げる可能性も指摘されています。

このように、もともと罹患数や死亡数が増えているところに、さらにコロナ禍の影響で診断や治療の遅れが起こって

見つかったときにはかなり進んでいる

治らない場合に見つかってからの経過が早い

という現象が起きていると考えられています。実際、何人かの有名人の方はこれに合致する事例であったと考えられます。

なお、とは言え、私や知己のがん診療に本当によく携わっている医師(例えば押川勝太郎さん)の感覚で、これまでと明らかにがん患者の経過が変わったり、急速進行性のがんが顕著に増えているというほどの実感がないことも事実です。

ワクチン接種でがんが増えるというメカニズムの根拠は強くない

ワクチン接種でがんが増えるとの一部の人が主張している説は以前からも存在しているため、これまで世界中の専門家や報道機関によって検証され続けてきました。

ワクチンの安全性も継続的に監視されていますが、そのモニタリングでがんとの関連は見出されていません

どうして接種でがんが増えると主張しているのでしょうか?

以前は、人のDNAを書き換えるためという話が出回りましたが、それは証拠が乏しいと考えられています。

最近は、がんに対するものも含めてヒトの免疫を抑制して、がんを増殖させやすくなるなどの説が一部に流れています。

しかしこちらも、接種による獲得免疫の促進は自然免疫系の抑制を意味するものでなく「がんに対する免疫には影響を与えない」し、接種ががん等の健康問題を引き起こすとの主張は裏付けとなる証拠がない憶測に基づくなどと既に検証・指摘されています。

継続的に、様々な専門家や報道機関が検証を行っていますが、これまでの正当な認識では、がんなどに対する免疫を抑制して、その経過を早めたりするリスクは乏しいと一致しています。

なお症例報告では、接種後にがんが退縮したというものや、がんが急速に進行したというものいずれも存在しますが、それらは自然な経過であることも否定できず、現にまれな血液のがん(血管免疫芽球性T細胞リンパ腫)で急速に進行したという文献の著者も、血管免疫芽球性T細胞リンパ腫の他の患者に当てはまるかどうかは不明確であることを明記しています。

ましてやさらに他の血液がん、そして血液のがんではないがん(固形がん。例えば肺がんや乳がんなど)に当てはまるなどを、この症例報告で言うことはできません。

これらを受けて

・「新型コロナワクチンががんを引き起こし、再発やがんの進行につながることを示唆するデータはありません」(米国立がん研究所

・「新型コロナワクチンががんを引き起こすことを示唆する情報はありません。また、これらのワクチンががんを増殖または再発させる可能性があることを示唆する情報もありません」(米国対がん協会2022年12月9日更新

と結論されています。

まとめ

新型コロナは罹患後に他の病気のリスクを上げるという研究が増えて来ています。

そのため、想定される死亡よりも上回る超過死亡の増加が話題となっていますが、その原因も、新型コロナの影響や医療負荷などの影響と考えられています

実際、ある研究でも、「新型コロナ以外の死亡」を検討したところ、接種者より非接種者で高率だったというものがあります。

これらより、新型コロナワクチンの接種をすることで、がんなども含めた他の病気でより死にやすくなるという主張には根拠が乏しい状況です。

コロナ禍を通して、様々な説の流行り廃りはありましたが、時を経ても正しいものは残ります。そのため私も一貫して、判断や結論を保留してじっくりと見定めてゆくことをお勧めして来ました。

紹介してきたように、新型コロナワクチンが、がんやいわゆる「ターボ癌」を引き起こすことを示唆する証拠はないとの見解で正統な識者の考えは一致しています。

今回は正しい情報の伝達のためにあえて用いましたが、基準や評価も定まらず正式な医学用語にはなっていない「ターボ癌」との言葉の使用は控えるのが妥当と考えられます。

また、がんと診断されている方に関しても、先述したように関連性は乏しいと見解が出されていますので、その点ご安心いただいて良いものと考えられます。

緩和ケア医師

岐阜大学医学部卒業。緩和医療専門医。日本初の早期緩和ケア外来専業クリニック院長。早期からの緩和ケア全国相談『どこでも緩和』運営。2003年緩和ケアを開始し、2005年日本最年少の緩和ケア医となる。緩和ケアの普及を目指し2006年から執筆活動開始、著書累計65万部(『死ぬときに後悔すること25』他)。同年笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。ホスピス医、在宅医を経て2010年から東邦大学大森病院緩和ケアセンターに所属し緩和ケアセンター長を務め、2018年より現職。内科専門医、老年病専門医、消化器病専門医。YouTubeでも情報発信を行い、正しい医療情報の普及に努めている。

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