日本初の民間宇宙ビジネスはインフラ事業からソリューション事業へ「宇宙実業社」となったスカパーJSAT
衛星の多チャンネル放送を通じて、20年以上にわたって家庭へ情報を届けてきたスカパーJSAT。アジア最大の衛星オペレーターとして活躍してきたスカパーJSATは、「S-Booster 宇宙ビジネスコンテスト」のスポンサー企業として新たな宇宙ビジネスを発掘し、衛星データを利用した防災やセキュリティ事業、JAXA衛星の運用などにも取り組んでいます。広がる宇宙ビジネスについて、お話をうかがいました。
――2017年の「S-Booster 宇宙を活用したビジネスアイデアコンテスト」開始時からスポンサーとして参加されていますが、参加の意義ときっかけはどのようなところにありましたか?
鴨下:私たちスカパーJSATは、通信衛星企業として静止通信衛星による企業・官公庁向けサービスと衛星多チャンネル放送を事業として続けてきました。ですが近年ではデジタル社会の進展がさらに加速し、あらゆる空間におけるビジネスフィールドが拡張しています。そこで、当社の果たすべき役割を再定義し、新たなグループミッションとして「Space for your Smile」を策定しました。宇宙実業社として、宇宙に関わるものには「すべて関わる」、「すべて取り組む」という姿勢によるものです。そのような中、地上から海洋、宇宙も含めビジョンに沿った活動につながるアイデアを広く募集できればと思い、S-Boosterに参加しました。
S-Boosterに関わるきっかけとしては、社内にS-Booster立ち上げに関わった社員がいたためです。2017年から毎回スポンサーとして参加し、スポンサー賞(スカパーJSAT賞)を授与したチームとは業務につながる提携を進めるなど、情報交換を続けています。どのチームもその後活躍されている様子をうかがえ、私たちとしても大変嬉しく思っております。
――社内でのS-Boosterの認知度はいかがでしょうか?
八木橋:実は、私自身が2018年に社内からS-Boosterに応募しました。東海大学の研究者と共同で、津波の早期警戒を目指す「静止測位衛星による津波早期警戒サービス」、また学芸大の研究者(当時)とも共同で、将来的な地震発生の可能性を予測する「超小型衛星群とグローバル地上局ネットワークによる地震発生予測」という2件のテーマで臨み、いずれもファイナリストに選出されました。このテーマは、あいにく受賞には至りませんでしたが様々な方々からよい提案であるとの評価を受けました。その当時の研究者の方々は地震や津波が専門で、宇宙技術の専門家ではありませんが、非宇宙の方々とつながり、新しい宇宙の利用法を発見するよいきっかけとなりました。
鴨下:今年も、斬新な宇宙ビジネスアイデアを持つ人とのネットワークを作れるとよいと思っていますし、本年12月(2021年12月17日)に開催される予定の最終選抜会も楽しみです。また、S-Boosterには非宇宙のスポンサー企業もいらっしゃるので、異業種の方々とつながるよいきっかけとなっています。加えて、内閣府様やJAXA様とのつながりができたことも衛星事業者としては有意義であったと思っています。
――そのような経験を踏まえて、今後、宇宙ビジネスでどのような領域に関心が高まると思われますか?
鴨下:ややインフラ寄りの視点になりますが、低軌道向けの地上局サービスなどの芽を育てているところですので、静止軌道よりも低軌道向けのサービスが充実してくるのではと考えています。中軌道に関わるビジネスも見ていきたいと思っています。
――一方で、静止通信衛星の枠を越えて新たな宇宙事業に取り組まれていますが、防災を含め、衛星データを使ったソリューション事業はどのような経緯で生まれてきたのでしょうか。
加藤:スカパーJSATは、1985年の通信自由化によって設立された民間衛星通信事業者3社から生まれて、衛星通信放送から始まった日本初の民間企業です。現在は17機の静止衛星を保有し、国内で衛星通信市場の基盤を強化しています。1980年代にはゼロ、つまりまったく存在しなかった宇宙ビジネスを30年で約1.5兆円の宇宙事業売り上げまで伸ばし、延べ34機を保有してきたアジアナンバーワンの民間衛星オペレーターとしてここまで来ました。一方で外部環境が変わっていく中で、新技術を使った新しい宇宙利用の事業創出にも取り組む必要も出てきています。
そこで、観測衛星などからのデータ収集、AI等による加工、ソリューション提供へ続く「スペースインテリジェンス事業」を展開しています。
衛星データを加工してソリューションとして提供する事業は黎明期にあって、対象顧客は現在政府や自治体、民間企業であってもインフラ系が中心です。お客さんは「この衛星からデータがほしい」というようには考えておらず、いかに求められるデータをビジネスに直結した形に加工して渡せるかが最も重要な点です。そのため、当社自身もまずはユーザーとのタッチポイントを持ち、ニーズを汲み取りながらソリューション開発を行っています。今後、衛星コンステレーション時代が来たら、衛星データをもっと大量かつ高頻度に取得することができ、よりよいサービスを提供していけると思っており、数年内には事業を飛躍的に拡大できる循環を起こせると考えています。
――「スペースインテリジェンス事業」は、具体的にはどのような取り組みですか?
加藤:大きく3つに分かれていて、一つ目は従来からの衛星画像販売代理事業があります。
グループ企業の「株式会社衛星ネットワーク」(※2021年11月時点)は、アメリカの光学地球観測衛星コンステレーションを要するPlanet Labs Inc.(以下、「プラネット」)の画像販売代理事業に初期から取り組んできました。低軌道の光学衛星の画像販売で、これまで顧客基盤を作ってきた実績もあり、電波収集衛星コンステレーションの米国スタートアップであるHawkEye360社とも協業しています。2021年12月付けで、スカパーJSATは衛星ネットワークを吸収合併し、これまで扱ってきたSAR(Synthetic Aperture Radar:合成開口レーダー)衛星のデータと併せ、幅広いラインアップの衛星画像およびデータを取扱う体制を整えています。
こうした衛星画像販売マーケットではすでに実績もありますが、もっと多くのユーザーに利用してもらうためには、“衛星画像をユーザーが食べやすい形に料理”する必要があると考えています。
そこで二つ目の取り組みとして、ソリューションやアプリ開発です。当社は「Spatio-i」というブランドで、船舶検出(物体認識)をはじめ、これまで安全保障ならびに防災ユーザー向けにソリューションやアプリを提供してきました。まだ手探りなところも多く、コンサルテーションを経てユーザーに実際に利用してもらい、意見を聞きながら改善していくというループが重要であると考えています。
しかしながら、まだまだユーザーにとって衛星データは未知数な部分も多くあり、実利用に中々至らないという課題もあります。そこで三つ目の取り組みとして、2021年4月には三菱電機株式会社、株式会社パスコ、アジア航測株式会社、日本工営株式会社、一般財団法人リモート・センシング技術センターとの協同事業として「衛星データサービス企画株式会社」を設立しました。
「衛星でインフラをモニタリング」するという技術があったとして、たとえば実際にインフラを管理するエンドユーザーの担当者の立場で考えると、「衛星データは信頼できて、実際に使えるのか?」 と思う部分があるわけです。インフラの管理は、万が一何かが起きた場合の責任の問題があるため、このような新技術を導入するためには、ガイドラインや利用手順の整備が必要であり、これらを6社で協調して関係機関と連携しながら推進していきたいと思っています。
――防災向けのソリューション事業では、どのような事例がありますか? 開発の中で浮上してきた課題はどのようなものでしょうか?
加藤:2021年以前からスカパーJSATと日本工営株式会社および株式会社ゼンリンの3社で「衛星防災情報サービス」を開発・提供する協同の取り組みを進めています。 このサービスでは、各社が保有する衛星データや地図データ、氾濫予測情報などを組み合わせ、近年多発する水害や土砂災害、地震、火山などにより発生する災害リスクの予測や減災、被災後の早期復旧にも活用することで、平時における管理から災害時の状況把握までを精密に行える情報を提供するものになります。
2021年8月には、九州で線状降水帯の発生による降雨被害がありました。その中でも佐賀県武雄市での被害が大きかったです。そこで我々は、光学衛星画像およびSAR衛星データを解析することで浸水域を推定し、ゼンリンの地図に重ねることで浸水被害の件数を推定しました。しかしながら、衛星データの観測頻度はまだまだ十分とは言えないため、SNS(Twitter)から取得したデータも組み合わせることで情報の更新頻度を補間しました。ただし、SNSはどうしても情報の出どころがツイートする人に委ねられるため、ピンポイントな情報となったり、人里を離れるとそもそもツイートする人がいないという課題もあり、情報の完全性には欠けてしまいます。従って、俯瞰的に実際の状況を捉えられる衛星データの拡充は重要であると実感しており、特に天候や夜間に関係なく撮影できるSAR衛星に期待するところは大きく、今後、小型SAR衛星コンステレーションで高頻度に観測できるようになれば、自治体や国における衛星データの使い方も変わってくると考えています。
――自治体向けの防災情報としては、今年6月に「衛星データを活用した、ため池モニタリング実証実験」を発表されています。これはどのような事業ですか?
加藤:福岡市と福岡地域戦略推進協議会が実施する「福岡市実証実験フルサポート事業」に、株式会社ゼンリンおよび日本工営株式会社と組んで、衛星防災情報サービスの一つのアプリケーションとして「衛星データによるため池モニタリング」の技術実証を行う事業となります。なお、衛星データについては、将来的な小型SAR衛星コンステレーション時代を見据え、株式会社QPS研究所のSAR画像も実際に利用します。
福岡市内には約300か所ため池があり、それらの管理責任は市にあるものの、実際には見回りなどの実務は水利組合が担っています。しかし、全国的に高齢化や担い手不足で管理における課題も出てきており、異常発生時のレポートが間に合わない、台風など災害のときには見回りそのものが危険という問題もあります。
また、豪雨時には、ため池の吐水口にゴミが溜まってしまうこともあり、その場合水位が上がったときに放水ができなくなる恐れがあり、非常に危険です。
こうした問題を解決するためにSAR衛星で観測し、堤防の異常やため池内の堆積ゴミの状況をモニタリングすることを目指しています。今回、実証として1箇所のため池をモニタリングしていますが、衛星画像は広範囲に撮影することがメリットでもあるため、市内に点在するため池全体をモニタリングするだけでなく、周辺の山間部、河川堤防や法面等といった幅広いインフラの管理にも使うことで、一度の撮影で複数のユーザーに横展開することによるコストメリットが生まれると考えています。
八木橋:福岡市のため池モニタリングの例は、全国的な課題ではあるものの、北海道では雪など、それぞれ地域ごとに異なる課題を抱えています。日本はさまざまな種類の災害がありますから、多様なユースケースで実績を積み、将来は世界中の課題解決に広げることも目指したいですね。
――衛星データによるモニタリングで、人の負担を減らすことができるわけですね。
加藤:例えば、インフラモニタリングの一例として、空港のモニタリングがあります。特に、埋立地は時間の経過と共に地盤が沈下していく傾向にあり、管理計画に織り込まれているケースもありますが、これを空港の場合は年に1回測量するわけです。航空機のオペレーションの邪魔にならないようにしなくてはならず、しかも空港ではドローンが使えません。現在の管理手順に衛星データの使用は想定されていないため、すぐに実利用につながるというわけではないのですが、羽田空港で実証をしてみて、よい感触は得ています。
衛星は年に何回も観測できて、測量点が人に比べて圧倒的に多いというメリットがあります。また、測量が広域になるほど、マンパワーやコストの面で優位性が出てきます。実は人による測量でも誤差はありますから、衛星も誤差が一定の範囲になれば実用になってくると思います。
――ソリューション事業の実証を進めていかれる中で浮上してきた課題と、今後の衛星拡充に向けて期待することは?
加藤:浸水や土砂崩れといった防災利用を進めていますが、災害はいつ起きるかわからず、ユーザーはそのために多額なコストはかけられません。
一方で、ユーザーのニーズに応えるためには、観測頻度の向上はマストであり、衛星インフラの拡充は必要不可欠です。そのためには、平常時から衛星データを使ってくれるユーザーを増やしていくことでマーケット自体を拡大させていき、稼いだ収益からインフラ投資にキャッシュが循環していくような形にしていかないとなりません。海外では、政府がユーザーとなることで宇宙ベンチャーや企業の成長を下支えしていく事例もありますが、日本でも同じような取り組みは必要になると考えます。
また、衛星コンステレーションの整備とともに、データダウンリンクを迅速にするインフラも必要になってくると思っており、当社としても地上局の拡充や衛星によるデータリレーの検討を始めています。
たとえば、現在の商用SAR衛星では撮像依頼の受付が12時間前となっているケースが多く、撮影が6時の衛星であれば、前日の18時までにオーダーを出さないといけない。しかし、12時間前だと早すぎて正確な災害箇所を予測することはかなり難しいです。 これが将来的に、観測の数十分前にオーダーを出して、観測の数十分後に解析した結果を配信することが出来れば、代替のきかないものとして、衛星データの価値は飛躍的に高まることでしょう。
スカパーJSATでは今後、宇宙インフラの拡充に向き合いながらも、従来なかったデータを使ってユーザーのニーズに応える、さまざまなソリューションを開発することで、サステナブルな社会を支える一端を担っていきたいと考えています。
※本記事は宇宙ビジネス情報ポータルサイトS-NET『日本初の民間宇宙ビジネスはインフラ事業からソリューション事業へ 「宇宙実業社」となったスカパーJSAT
スカパーJSAT株式会社 八木橋 宏之、鴨下 京子、加藤 鉄平』に掲載されたものです。