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北朝鮮軍「エリート部隊」で起きた不祥事の意外な顛末

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

 朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の第8軍団の125軽歩旅団で、7月初めに3人の新兵が脱営(脱走)する事件が起きた。北朝鮮軍では、暴言や暴力、性暴力や飢えに耐えかねて逃げ出す事件はしばしば起きている。

 部隊が、中国との国境に接する平安北道(ピョンアンブクト)東林(トンリム)にあることから、脱北の可能性も浮上していたが、3人は脱走から20日後に、自らの足で部隊に戻ったと、デイリーNKの内部情報筋が伝えた。

 その後の取り調べで3人は、脱走の動機について、空腹と、一晩でもいいから思う存分寝たかったということを挙げた。また、直接のきっかけとなったのは、上官によるひどい扱いだったとのことだ。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

 3人は、道内一体を放浪し、コロナによる移動制限を避けて、昼は山に入って過ごし、夜は村に降りてきて、食べ物を調達して食いつないだという。

 そんな彼らが、部隊に戻ることになったきっかけは、「まもなく戦勝節(7月27日、朝鮮戦争休戦協定締結日)だから、今部隊に戻れば、処罰のレベルが通常より低くなるかもしれない」というある兵士の言葉だ。逃走中にも、軍関係者との何らかの接触はあったようだ。

 かくして部隊に戻った3人だが、狙い通りになった。125軽歩旅団は、軍事パレードのときに「核リュック」を背負って行進していた特殊部隊で、脱走したのが故金日成主席の命日の直前で、本来なら一般の部隊に比べてより重い処罰を受けることになる。

 だが、3人は入隊して間もない年端の行かない新兵であることから、部隊長は直属の上官を呼びつけて「絶対になじったり、暴力を振ってはならない、よく面倒を見てやれ」と命令したとのことだ。

 この寛大な措置だが、別の意図が隠されていることも考えられる。

 この部隊では昨年11月に、別の事件、それも上官の暴力が政治的事件に発展するという不祥事が起きている。部隊の上層部も更迭されたと思われるが、その後赴任した新しい上層部が、今回の事件で責任追及されることを嫌い、保身のために事件をなかったことにしようとしているとの推測が可能だ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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