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「忠誠を尽くしたのに…」国家に妻子を殺された北朝鮮軍人の叫び

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

北朝鮮は、中国との国境に接する地域に封鎖令(ロックダウン)を乱発している。両江道(リャンガンド)の恵山(ヘサン)と三池淵(サムジヨン)に対して1月29日の午後5時から、30日間の封鎖令を発動した。

地元で発生した密輸事件により、新型コロナウイルスが中国から国内に流入、蔓延することを恐れたことによるものだ。しかし、18日目の今月15日午前0時に突如解除した。市民からの強い不満に抗しきれないとの判断があったものと思われる。

その西隣の慈江道(チャガンド)の慈城(チャソン)と満浦(マンポ)でも、脱北未遂と密輸事件をきっかけに、今月3日から封鎖令が発動されたが、30日間の予定を大幅に繰り上げて、17日午前0時で解除となった。封鎖解除について、現地のデイリーNK情報筋の明かした理由は、驚くべきものだ。

「封鎖期間中に、慈城と満浦でそれぞれ100人の住民が餓死したからだ」

人口5万1000人の慈城、11万6000人の満浦で、合わせて200人の餓死者が発生するという、極めて深刻な事態が起きていたのだった。飢えで倒れた病院に搬送された人もいたが、点滴液がなく、食塩水を口に含ませることでしのがざるを得ない有様だったという。

中でも問題となったのは、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の軍官(将校)の家族の悲しい結末だ。

この軍官は、封鎖令の発動で帰宅できなくなり、部隊内での寝泊まりを余儀なくされた。自宅に残された妻子と連絡を取り合っていたが、連絡が急に途絶えてしまい、人民班長(町内会長)に連絡した。

地域担当の安全員(警察官)が、家々を回ったところ、倒れている人が次々と見つかり、大急ぎで病院に搬送したものの、全員が亡くなった。その中に、軍官の家族が含まれていた。軍人の家族は同じ地域に固まって暮らすことを考えると、他の餓死者も、軍関係者やその家族と思われる。

こうした事態にある軍官の家族は、「われわれは密輸もせず、国に忠誠を尽くしてきたのに、なぜ死ななければならないのか」と怨嗟の声を漏らしたという。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

本来、中佐以下の軍官に対しては、1日あたり雑穀米800グラム、肉類100グラム、魚介類200グラム、野菜1.5キロなどふんだんな食糧配給を行うように規定されているが、所詮絵に描いた餅。

軍の補給を司る後方総局の倉庫から、末端の兵士のもとに至るまで、5段階にわたって横領、着服、横流しが行われ、量が減らされ、中身も格安で栄養価のないものに変えられてしまう。

昨年からのコロナ鎖国で、今年に入ってからは食糧事情がさらに逼迫。1月、2月には軍官本人の分に当たる1日630グラムの配給、それも10日分しか配られなかった。家族に対する食糧配給はなかった。家に残された家族は、配給された食糧だけでは耐えしのげず、市場で食べ物を買っていたようだが、封鎖令で外出が一切禁じられ、それすらできなくなり、餓死に至った。

件の軍官は、部隊の政治委員に異議申し立てを行った。また、一般住民からも当局への非難が相次ぎ、社会的に地位が高いとされる軍官の家族が餓死したことで、地域社会に動揺が広がった。これを重く見た朝鮮労働党慈江道委員会の責任秘書(トップ)は、中央党(朝鮮労働党中央委員会)に提議書を提出し、現地の封鎖を解除する決定が下された。

一般の機関や工場、企業所に勤める民間人は、職場から食糧配給が得られず、月給も雀の涙ほどしかもらえなくとも、商行為を通じて収入を確保、生活を成り立たせていた。

一方の軍人やその家族は、商行為が禁じられ、食糧は軍からの配給に頼らざるを得ない。かつてはその待遇の良さで誰もが羨む職業だったが、近年は食糧配給も減らされ、住宅の割り当ても行われないなど、暮らしぶりが急速に悪化していた。そこに今回の封鎖令で、ひとたまりもなくやられてしまったというわけだ。

当局は、封鎖解除と同時に、1日あたり成人400グラム、子ども150グラムのトウモロコシを、封鎖日数分だけ配給した。量は少なくても配給を行うことで、怒れる住民の懐柔を図ったものと思われる。

なお、今回の封鎖令のきっかけとなった密輸を主導したトンジュ(金主、新興富裕層)と、密輸に手を貸していた国境警備隊関係者ら7人は2月15日ごろに管理所(政治犯収容所)送りとなり、家族もどこかに連れて行かれ姿を消したとのことだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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