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連続失点と4318人――いわきFC、J2デビュー戦

川端康生フリーライター
(著者撮影)

不穏なファーストハーフ

 遠目から放たれたシュートがシャンクしてゴールマウスを大きく逸れていった。

 ゴルフならOBを心配しなければならないような軌道。しかしスライス回転したボールはゴールラインを割ることなく、コーナー方向へ弾んでいった。

 その瞬間、集中を切らしていたのはむしろ攻撃側だったと思う。追いついて拾った選手が中を見た時点で、ペナルティエリア内は赤いユニホームばかりだったはずだ。

 それでも多少余裕があった。

 ボールをコントロールしながらゴール前へ視線を送る。そこで動き出したFWと目が合ったか。

 クロスを蹴り出した。

 ニアサイド、DFの前のスペース、ピンポイント。

 そこにドンピシャのタイミングで……。

 角度はほとんどなかったが、飛び込んできたFWが「点」で合わせたヘディングシュートはゴール右上隅へ吸い込まれていった。

 2023年、J2開幕戦。ファーストゴールのシーンである。

 ゴールを決めたのはアウェイの藤枝MYFC。

 前半35分。その瞬間、赤く染まったゴール裏スタンドが沈黙したのは言うまでもない。

 さらに37分、45分にも失点。ハーフタイムに辿り着いた時点で0対3。相手に10本のシュートを許し、それと同じくらい危ない場面を作られた。

「前半3失点は僕が就任してから初めて」

 試合後、村主監督がそう口にした通り、昨季J3では負けた試合はすべて1点差負け(そもそも34戦して4回しか負けてない)。

 クラブ史を振り返ってみても2021年のJFLでホンダに4失点したことがあるくらい(そもそも大量得点を奪うことはあっても、大量失点を喫した経験はほとんどないクラブである)。

 このまま劣勢が続けば、歴史的惨敗も……。

 そんな不穏な予感さえ募るJ2デビュー戦のファーストハーフだった。

追撃開始

 だが、そんな不安は杞憂だった。

 後半頭から左サイドバックに江川、サイドハーフに永井、前線に近藤を起用。

 開始3分で嵯峨がヒールで流し込んで追撃開始ののろしを上げ、15分には谷村が押し込んで1点差……。

 モメンタムも、スタジアムの空気も一変し、同点ゴールも時間の問題……とさえ感じさせるほど、ゲームを変えてみせたのだ。

 成因が選手交代だったことは言うまでもない。

「追撃の1点目」は、江川が競ったボールを、永井が中盤の争奪で収め、持ち出して近藤へ展開。その近藤からのグラウンダーを、やはり交代に伴いポジションを上げていた嵯峨がヒールで流し込むという、まさに選手交代が奏功して生まれたゴールだった。

 いや、先に挙げるべきはむしろ守備面だろう。

 前半の劣勢は、いわきの「ボールホルダーに強くプレッシャーをかけるスタイル」を逆手にとられ、「寄せて逆サイドへ」という攻撃を許したことに起因する。

 チェンジサイドに対するスライドが遅く、やすやすとアタッキングサードへの侵入を許し、藤枝の選手たちに気持ちよくストロングを発揮させてしまった結果の3失点だったのだ。

 それが江川の起用によってロングボールを跳ね返すパワーが増し、サイドハーフとの連携でセカンドボールを奪えるようになり、中央で宮本が前を向いてプレーできるようになり……と好循環へと転じたのだ。

 その宮本が相手ボールを奪ったところから始まった2点目は、交代策が生み出したそんな好循環の賜物であり、何より(良いときのいわきの)「前向きに相手を圧倒するスタイル」そのものでもあった。

 あの流れのまま3点目を奪えても不思議はなかったし、実際決定機もあった。

勝利は飾れず

 結果的には、その後得点は動かず、いわきはJ2デビュー戦を勝利で飾ることはできなかった。

 1点差に迫ってからの30分間、同点に追いつくチャンスもあったし、逆に突き放されるピンチもあった。

 90分を通して振り返れば、藤枝の3対2での勝利は妥当なスコアだったと思う。

 やはり看過できないのは前半である。須藤監督が「本当は4対0、5対0にしたかった」と振り返っていたが、それもあながち大袈裟ではないような内容だった。

 藤枝の戦術がハマったと言えばそれまでだが、相手がサイドの背後を狙ってくるのは昨シーズンまでの戦いでも経験してきたことだ。

 これまではスライドして封じることができていた(それどころか、そのまま相手のオープンスペースを突き、攻撃に転じることも珍しくなかった)が、この試合ではまったく対応できなかった。

 しかも、それは(流れの中だけでなく)フリーキックやゴールキックのリスタートでも同様で、藤枝がダイアゴナルにロングボールを蹴ってくることはわかっているはずなのに、一本のパスで簡単にピンチを招くシーンもあった。

 この試合を見れば(いわきを分析すれば)今後の対戦相手も当然同じような戦い方をしてくるだろう。

 しかもこのゲームが「昇格組同士」の対戦だったことを考えれば、クオリティはより高くなると覚悟しなければならない。

 個人として、ユニットとして、チームとして、どう守るのか。というより、どう上回るのか。

 いわきらしい解決策を期待したい。

これからもっと

 それにしてもグリーンフィールドのスタンドは見事に埋まっていた。

 キックオフの1時間半くらい前、21世紀の森に着いて、スタジアムが近づくにつれて足がどんどん早まっていく観客と歩きながら、みんなのワクワク感が伝わってきて、僕もつられて早足になった。

 スタグルの充実ぶりにも、その間を物色しながらそぞろ歩く人の多さにも目を見張ったし、そんな老若男女の表情からもこの日を心待ちにしていたことが感じられた。

 スタンドの間から新設されたビジョンが目に入ったときには、2016年の旗揚げ初戦を思い出した。

 あのときは2基のビジョンが設置されていて驚いたが、まだレンタルの移動式だった。

 それが7年後の開幕戦では大型ビジョンがスタジアムにどっしりと根を下ろして聳えている。

 あの日の観客は2668人。

 県リーグの試合にこんなに集まるのかとやっぱり驚いたが、チケットは無料。組織立ったサポーターはまだおらず、バックスタンド隅で応援のチャントらしきものを歌っている人が4、5人いただけだった。

 それが8シーズン目にはチームはJ2にいて、有料で4318人が集まり、スタンドは赤く染まり、それどころか失点に沈黙したり、連続失点に怒ったり、追撃開始に盛り上がったりしている。

2016年4月、旗揚げ初戦の応援団(著者撮影)
2016年4月、旗揚げ初戦の応援団(著者撮影)

「あっという間にここまで来ましたね」

 創設時からチームを見ている人と顔を合わせるたびに、そんな言葉を交わした。

 確かにあっという間のスピード昇格ではあったけど、そんなスピード感とは別の、少しずつしか進めないことを、本当に少しずつ濃くしたり、密度を増したり、温度を上げたりしてきた人たちのことも、真っ赤なゴール裏を眺めながら想ったりした。

 ちなみに、これまでは(だいたい)勝ってばかりだった。

 勝って優勝して昇格してばかりだった。

 でも、これからはそうはいかない。

 勝ったり、負けたり、また負けたり、やっと勝ったり……。

 でもでも、だから――これから、いわきはもっと楽しくなるのだ。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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