ダービーで星になった馬に見守られ、春最後の大一番に臨むルメール騎手の心境とは?
土曜日に4勝していざ阪神へ
「おおむね良い感じでした」
宝塚記念(GⅠ)を直前に控えた週の半ば、クリストフ・ルメールと話す機会があった。そこで今年のここまでを振り返った彼はそう言うと、更に続けた。
「今週末も楽しみです」
その今週末は日曜日の春のグランプリを前に、土曜日は東京競馬場で障害以外の全11レースに騎乗。「疲れが残らなければよいけどね?」と半ば冗談で言うと、彼は答えた。
「勝てば疲れも飛ぶので頑張ります」
そうして臨んだ土曜日、ルメールは4勝をマークした。事前に彼の言っていた言葉が本当なら、疲れも飛ぶ結果で阪神へ飛ぶ事になったわけだ。
こうして、楽しみにしている宝塚記念が、いよいよに迫った。
騎乗するのはご存知イクイノックス(牡4歳、美浦・木村哲也厩舎)。デビューからここまで7戦5勝、2着2回。その全てでルメールが手綱を取って来た。
「前走のドバイシーマクラシック(GⅠ)は完勝でした。ペースが遅くなりそうだったので、下手に抑えるより彼のリズムで走らせた方が良いと考え、逃げました。道中はすぐ後ろに脚音が聞こえていたけど、直線に向いたら何も聞こえなくなり、放しているのが分かりました。それでターフヴィジョンを見たところ、思った以上に突き放していたので、早々に勝利を確信出来ました。しかもライバル視されていた相手がこの前のロイヤルアスコットで勝っていますからね。相手が弱かったというわけではありません」
ルメールの言う“ロイヤルアスコットで勝った”のはモスターダフの事だろう。同馬はドバイシーマクラシック直前のサウジアラビアでも2着を7馬身突き放してGⅢを勝っていたが、イクイノックスの4着に敗れた。しかし、それ以来の出走となった6月21日(現地時間)のプリンスオブウェールズS(英国、GⅠ)で2着に4馬身の差をつけて楽勝した。その2着馬が前走でタタソールズゴールドC(GⅠ)や昨年の愛チャンピオンS(GⅠ)の優勝馬ルクセンブルクなのだから、ルメールの言いたい事は火を見るよりも明らかだ。
「イクイノックスは皐月賞(GⅠ)とダービー(GⅠ)で2着に負けたけど、夏を越した後、当時とは比べ物にならないくらい成長してくれました。キタサンブラックの仔なので、お父さんに似た成長力があるのだと感じました」
今年は「おおむね良い感じ」
この直前は栗東トレセンでの調整となったが、これに関しても「何も問題なさそうでした」と言う。
「すっかり栗東に慣れているようで、落ち着いていました。厩務員さんも『美浦にいる時と変わらない雰囲気』と言っていたし、実際、調教の動きも良かったので、何も心配していません」
予想される高速馬場も、初めてとなる阪神競馬場も「能力が高いので大丈夫でしょう」と言うと、続けて口を開いた。
「枠順も良い(3枠5番)ので、順当に力を出してくれると信じています」
そこで「春競馬を良い形で締めくくりたいね?」と問うと、答えたのが冒頭のセリフだ。
「この春はおおむね良い感じでした」
GⅠ勝ちは先述したドバイシーマクラシックとジャスティンパレスを駆っての天皇賞(春)(GⅠ)だけだった。しかし、1週前のユニコーンS(GⅢ、ペリエ―ル)等、重賞は実に8勝もした。勝利数もリーディングを争うほど勝てており“おおむね良い感じ”というのも頷ける。
今年最大のショックを乗り越えて
しかし、同時に“おおむね”であり「決して満足出来るわけではないのですね?」と改めて問うと、ある重賞勝ちのシーンを述懐して答えた。
「青葉賞(GⅡ)のスキルヴィングは本当に強い勝ち方で、絶対にGⅠを勝てるレベルの馬だという手応えがあったし、実際にダービーも楽しみでした。でも、考え得る限りの最悪の結果になってしまいました」
ルメールの語るように青葉賞を快勝したスキルヴィングはダービーで2番人気に支持された。しかし、レース中に急性心不全を発症。ゴール入線直後に倒れ、残念ながら息を引き取った。
「4コーナーで手応えがなくなり、最初は『こんなにバテるわけはないのに?!』って思いました。でも、最後は明らかに様子がおかしくなったので、飛び降りたのですが、その直後に力尽きてしまいました。何とか命だけは助かってほしいと祈りましたが、可哀想な結果になってしまいました。競馬なので、常にそういう覚悟は持っていますけど、それでも言葉に出来ないほどのショックでした」
スキルヴィングはイクイノックスと同じ木村厩舎の馬だった。厩舎の先輩と、パートナーのランデブーを、空の上から見守ってくれていると信じて、春最後の大一番に刮目したい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)