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ノーベル平和賞を受賞した国連世界食糧計画(WFP)が運ぶのは……

谷口博子東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)
南スーダンのリール州で、WFPのヘリから搬出される栄養補助食(2017年2月)。(写真:ロイター/アフロ)

今年のノーベル平和賞は、国連機関の一つ、世界食糧計画(World Food Programme: WFP)が受賞した。賞の選考委員会は、その受賞理由として、飢餓との闘いに尽力してきたこと、紛争影響地域で平和に向けた状況改善に貢献し、飢餓が戦いの道具として利用されないよう推進役となってきたことを挙げている。

今年4月WFPは、国連安全保障理事会で、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)のパンデミックが、「飢餓のパンデミック」も引き起こす恐れがあるとして警鐘を鳴らした。新型コロナ流行以前から、シリアやイエメン、スーダンや南スーダン、中央サヘル地域などでは、紛争や気候変動、経済的危機などによって人道危機が深刻化し、さらに新型コロナで世界のサプライ・チェーンが打撃を受けて、食料や人・モノの輸送に大きな支障が出ていると報告する。先月の安全保障理事会でもWFPは、国際社会が危機感を共有し、行動を起こすようにと再度呼び掛けた。WFPによれば、現在も6億9000万人もの人々が飢えに瀕し、さらに今年末までに2億7000万人が急激な飢餓に見舞われる可能性がある。

食料だけではない、人道援助を支えるWFPのエア・サービス

WFPは57年の活動の歴史の中で、輸送分野でも大きな役割を担ってきた。運ぶのは食料のみならず、医療・非医療の機材、車両やテント、ワクチンなど。さらに人道援助スタッフも運ぶ。昨年、コンゴ民主共和国でWFPを訪問したときも、同地での活動の筆頭として空輸の話をされ、いかに危機的状況にある住民の近くまで必要な物資を運べるかが頑張りどころだと力説された。

その輸送機能を代表するのが、WFPが運航し、軽量貨物輸送と旅客運輸を担当する国連人道支援航空サービス(United Nations Humanitarian Air Service: UNHAS)だ。17ヵ国*で310の定期運航先を有し、800もの援助組織がサービスを利用している(2019年実績)。以前勤務していたNGOで南スーダンに入ったときにも、国内移動の多くをUNHASにお世話になった。多様な機種の航空機やヘリコプター90機(2019年実績)を、基準をクリアした民間航空事業者からチャーターして、各地域が必要とする人とモノを運び続けている。

*中米:ハイチ

中東:アフガニスタン、イエメン

アフリカ:ソマリア、エチオピア、ケニア、スーダン、南スーダン、リビア、チャド、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、ニジェール、ナイジェリア、カメルーン、マリ、モーリタニア

世界同時危機の中、人とモノの循環をいかに確保するか

世界中の旅客運輸・輸送が新型コロナで大きく制限される中、WFPも他の人道援助団体も、大幅な活動見直しを迫られた。人材の配置については、外国人スタッフの赴任のキャンセルや、数週間から数ヵ月に及ぶ出発の遅延が発生し、かたや赴任終了後も出国手続きが従来のように進まなかったり、開いている空港を乗り継ぎながら通常の何倍の時間もかけて帰国したりなど、挑戦が続く。こうした状況下で人員の交替は容易ではなく、結果、活動国にいる人が何役も兼任したり、赴任期間を延長したりする場合もある。他方で、これまで外国人スタッフが担当していた業務を現地スタッフに託していく状況が、将来国を支えていく現地スタッフへの業務委任を後押しする動きにもつながっている。

物流面では、新型コロナで世界同時に同じ物資が必要となり、かつ輸送が大幅に制限される中、人道援助分野でも物資を現地調達せざるを得ない状況が生まれた。ただ、活動国はもともと生産・供給力がぜい弱であり、多数の援助団体が同じ物資を求めることで物資の不足や価格高騰につながって、現地の人が自国の物資を購入できない事態が起きている国もある。パンデミックの発生以降、空港を完全封鎖する国、民間の輸送は制限しながら人道物資の輸送だけは空路を開く国など対応はさまざまだが、現在直面する課題にどう対処するか、これからも起こりうる世界規模の危機にどう対処していくか、国際レベルでも各機関・団体でも、模索が続いている。

命をつなぐ食料はもちろんのこと、水・衛生、住まい、保健医療など喫緊のニーズを支える人とモノの流れをいかに確保し続けていくか、WFPのノーベル平和賞受賞をきっかけに、国際社会の話し合いと連携が加速すればと願う。

東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学 博士(保健学)

医療人道援助、国際保健政策、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ。広島大学文学部卒、東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻で修士・博士号(保健学)取得。同大学院国際保健政策学教室・客員研究員。㈱ベネッセコーポレーション、メディア・コンサルタントを経て、2018年まで特定非営利活動法人国境なき医師団(MSF)日本、広報マネージャー・編集長。担当書籍に、『妹は3歳、村にお医者さんがいてくれたなら。』(MSF日本著/合同出版)、『「国境なき医師団」を見に行く』(いとうせいこう著/講談社)、『みんながヒーロー: 新がたコロナウイルスなんかにまけないぞ!』(機関間常設委員会レファレンス・グループ)など。

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