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熊本地震で地震火災は少なかったのか?

廣井悠東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者
(写真:アフロ)

はじめに

2016年4月をもって,名古屋大学減災連携研究センターから東京大学大学院工学系研究科へ異動することとなりました.今後も何卒よろしくお願い致します.さて,今年度がはじまって間もない中で発生した熊本県熊本地方を震源とする地震(以下,熊本地震)の発生から1ヶ月が経過しようとしています.複数回の強い揺れや収容避難の問題など,熊本地震の被害様相がこれからの防災計画に与える影響は少なくないものと考えられます.しかしながら,この地震による火災被害を取り扱ったニュースや記事などをみかけることはあまり多くありません.そこで今回は,熊本地震に伴って発生した地震火災について,出火に焦点を絞って考察してみたいと思います.

熊本地震における地震火災の件数

東日本大震災で筆者らは,北海道を含めた東日本の消防本部全てに火災調査を行い,2011年3月11日から1ヶ月間に発生した全火災3,162件を調べ上げ,そのうち地震や津波などに関連する火災398件を見つけ出しました.しかしながら熊本地震については,現在もまだ精力的な災害対応や支援が続いているのに加え,大きな余震の発生可能性が少なくないと見られていることから,このような網羅的な地震火災調査はいまだ行われていません.従ってここでは厳密な悉皆調査ではないことに注意しながらも,総務省消防庁の被害報から地震火災の件数を引用した分析を行いたいと思います.最新の被害報(熊本県熊本地方を震源とする地震(第50報),2016年4月14日)によりますと,熊本地震による火災件数は熊本市消防局で9件,上益城消防組合消防本部で1件,八代広域行政事務組合消防本部で2件,阿蘇広域行政事務組合消防本部で1件,宇城広域連合消防本部で1件,菊池広域連合消防本部で2件の,総計16件であることが報告されています.これらの消防本部は全て救急件数が50件を超えている地域で,救急件数が50件未満の消防本部では地震火災は発生していません.このことからも,まずは甚大な被害があった消防本部で地震火災が発生しているものとみることができます.

さて,この16件という数字だけをみると「東日本大震災時の地震火災398件とは大きく火災件数が異なる」ということがお分かりいただけると思います.東日本大震災は津波を原因として発生した火災(津波火災)も159件発生していますが,これを除いた239件と比べても16件は小さな数字といえます.このこともあってか,メディアの方々からの取材でも,私が被害調査で知人や現地の方々へ聞き取りや情報交換をした時も,「今回は地震火災が少なかった」といった前提で議論が進むことが多いのですが,熊本地震は本当にこれまでと比べて地震火災が少ないと言い切ってよいのでしょうか.この点を慎重に検証するため,先ほどの数字をもとにして出火率を考えてみたいと思います.

熊本地震で倒壊した建築物(筆者による現地調査で撮影)
熊本地震で倒壊した建築物(筆者による現地調査で撮影)

熊本地震の出火率を考える

一般に,地震火災の出火率は住宅の倒壊率と因果もしくは相関があるものと言われています.しかしながら今回の熊本地震における倒壊率などの精緻なデータはまだ得られていませんので,揺れの強さを指標として出火率を分析したいと思います.熊本地震において熊本県は,前震と呼ばれている「平成28年4月14日21時26分頃に発生した地震」と本震と呼ばれている「平成28年4月16日1時25分頃に発生した地震」のおおむね2つの強い揺れによって大きな被害が出たものと見られています.このため,消防本部ごとにこれら前震と本震の最大震度を抽出すると,熊本市消防局はともに7,上益城消防組合消防本部でともに6強,八代広域行政事務組合消防本部で5強(前震)と6弱(本震),阿蘇広域行政事務組合消防本部で5弱(前震)と6強(本震),宇城広域連合消防本部で6弱(前震)と6強(本震),菊池広域連合消防本部で5強(前震)と6強(本震)になります.最大震度6弱の八代広域行政事務組合消防本部で2件の火災が発生している点は気になりますが,ここでは最大震度6強の消防本部を抽出し,1万世帯あたりの出火件数(以下,出火率)を計算してみましょう(ただし被害報で火災が報告されている熊本県のみを計算).「平成27年国勢調査人口速報集計」からこれらの世帯数を引用すると,震度6強地域の世帯数は474,689世帯と推察され(ただし消防本部単位),1万世帯あたりの出火率は約0.3件となります.筆者のこれまでの研究によれば,東日本大震災時の出火率は津波火災および非浸水地域を除けば1万世帯あたり約0.4件ですので,調査データが単純に比較できないことに注意しつつも,熊本地震の出火率は東日本大震災と比べて同じくらいか,わずかに少ない程度という解釈をすることができます.つまり絶対数だけ見ると熊本地震では地震火災があまり発生していないような印象を受けるのですが,それは被災範囲が東日本大震災などの広域災害に比べてやや狭いことによるもので,出火率は東日本大震災の非浸水地域を大きく下回るものではないことが分かりました.しかしながら別の地震を取り上げてみると,例えば阪神・淡路大震災における震度7地域の出火率は1万世帯あたり約3.0件とされており,また中越地震における震度6強以上地域の出火率は1万世帯あたり約1.2件といわれていることからも,東日本大震災以前の大規模地震時と比べて少ないことも確かです.

これは,感震ブレーカーやマイコンメーターの普及,電力会社による慎重な通電再開など社会環境の変化によるものとも考えられます.しかしながら一般に,地震火災は時刻や季節によってその数が大きく異なるといわれています.例えば食事の支度をしている家庭が多くなる夕方に発生した地震では出火件数が多いと考えられます.また,冬に地震が発生した場合も暖房器具などの火気器具が室内に多いことにより,出火件数が多くなるとみられています.阪神・淡路大震災は1995年1月17日5時46分,中越地震は2004年10月23日17時56分に発生した,真冬もしくは夕方の地震でした.つまり東日本大震災や熊本地震はこのような出火の多いとみなされている時刻や季節に発生した地震ではなかったため,出火率が低かったとも解釈できるのです.もし今回と同じ地震が冬の夕方に発生した場合,16件を大きく超える出火件数となる可能性も十分に考えられます.出火率に関係する要因としては他にも,倒壊建物の数など建物被害に関する指標もありますが,「広域に大きい揺れをもたらした本震の発生時には数多くの避難者が発生しており,自宅で火気器具や電気を利用する状況ではなかった」といった今回の地震に特有の被災特性が影響している可能性もあります.延焼や避難など出火以降のステージも考慮すると,地震火災の被害は大都市であればあるほど大きいものと考えられます.つまり東京や大阪,名古屋など大都市での火災被害は阪神・淡路大震災を大きくこえる甚大なものになる可能性もあります.これらの点は今後の精緻な調査・分析で明らかにする必要がありそうですが,いずれにせよ今回の熊本地震で地震火災の件数が少なかったからといって,必ずしもわが国の地震火災リスクが低減したというわけではないことに注意する必要がありそうです.

東京大学先端科学技術研究センター・教授/都市工学者

東京大学先端科学技術研究センター・教授。1978年10月東京都文京区生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻・博士課程を2年次に中退、同・特任助教、名古屋大学減災連携研究センター・准教授、東京大学大学院工学系研究科・准教授を経て2021年8月より東京大学大学院工学系研究科・教授。博士(工学)、専門は都市防災、都市計画。平成28年度東京大学卓越研究員、2016-2020 JSTさきがけ研究員(兼任)。受賞に令和5年防災功労者・内閣総理大臣表彰,令和5年文部科学大臣表彰・科学技術賞,平成24年度文部科学大臣表彰・若手科学者賞、東京大学工学部Best Teaching Awardなど

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