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労働法規違反で送検された企業の<企業名公表>について

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
(ペイレスイメージズ/アフロ)

ゴールデンウィークの余韻もそろそろなくなってきた今日この頃ですが、10日、厚生労働省が「労働基準関係法令違反に係る公表事案」として、労基法違反などをして送検された企業について、具体的な企業名を出して公表したことが話題となっています。

<厚労省>書類送検“ブラック企業”334件 HPに初公表

有名なところでは、電通や日本郵便が目に入ってきます。

他にも有名な企業が少なからず見受けられます。

ブラック企業を回避する一つの目安に

まず、このことの是非ですが、これは良いことであると評価したいと思います。

中には、公表すると、その企業が困るではないか!という人もいるでしょう。

しかし、労働者がブラック企業に入社しないようにするというのはとても大事な問題です。

ここで誤らなければ、かなりの労働者が救われると思います。

ですから、このリストはブラック企業に入らないための重要な指標となると思います。

むしろ、今まで公表されていなかったために、「私が入った会社、去年、労基法違反で送検されていたみたいだよ・・」ということが普通に起きていたわけです。

当たり前ですが、企業が自分から「当社は労基法違反で送検されております」などとは公表しませんので、こうした情報が共有できるようになったことは歓迎すべきことです。

このリストは、今後、毎月更新され、公表から1年間見ることができるようですので、就活生や求職者は職選びの情報源として大いに活用すべきだと思います。

送検されるって、どういうこと?

さて、送検、送検、と言ってますが、これがどういうことなのでしょうか?

実は、労働基準法は違反をすると刑事罰がある条文があります。

そうした条文に違反する行為は犯罪になります。

たとえば、残業代(割増賃金)を払わないことは犯罪ですし、長時間労働させることも場合によっては犯罪になります。

そして、労働基準監督官は労働基準法などの一部の法令について警察官と同じ権限を持っています。

ですので、刑事罰のある条文に違反した企業に対して捜査をすることができます。

捜査を開始して、ある程度証拠などをまとめたら検察官へ記録を送ります(これが「送検」です)。

裁判にかけるかどうか(起訴するかどうか)については、検察官の判断によるので、送検すると労基署の手からその事件は離れます(補充の捜査を検察官から命じられることもあるので、完全に離れるわけではありませんが)。

しかし、労働基準監督署(労基署)も、のべつ幕無しに送検しているわけではありません。

普通、法律に違反する行為を見つけた場合は是正勧告などを行います。

多くの企業は、労基署から是正勧告されれば、渋々ではあっても従います。

そうなれば、送検はされません。

ところが、中には労基署から是正勧告を受けても無視したり、ゴマかそうとしたり、嘘をついたりする企業があります。

そうすると、再び労基署から是正勧告が出されます。

まぁ、ここで是正すれば、送検されることはありません。

なのですが、中にはそれでも従わない猛者もおり、こうした悪質な企業について、送検されることになるのです。

これが一般的な送検されるまでの流れです。

もっとも、中には重大な違反行為をしたということで、送検される例もあります。

重大さ悪質さ、ここがポイントになります。(下図参照・スマホなどでは見えないと思いますので、その場合はここからPDFをダウンロードしてください)

労働基準監督官の主な仕事(厚労省)より
労働基準監督官の主な仕事(厚労省)より

ちなみに、送検はあくまで検察に送ることですから、送検=有罪というわけではありませんので、その点は注意をしてください。

334件は多いのか?少ないのか?

ところで、334社という数字について、みなさんはどのようにお考えでしょうか。

少ないでしょうか?

多いでしょうか?

先ほど指摘したとおり、リストに載っている企業は、送検まで至った企業ですから、悪質さ、重大さ、そのいずれか、または、その両方を備えた企業ということになります。

そういう前提で見ると「そんな猛者な企業が334社もあるのか!」という気持ちになります。

他方、法違反という観点からすると、送検に至るのはあくまでも氷山の一角です。

送検前に労基署に言われて是正した企業、労基署に発見されず今も違法を続けている企業、こうした企業がまだまだあることを考えれば、334社なんて少ないに決まっています。

監督官の増員は急務

公表された企業以外にも、法違反をしている企業は数多くあります。

中には、法律の方が悪いと居直る経営者もいますが、労働法規を守ることができない経営者の方が悪いのは明らかです。

労基法は最低限の基準ですから、これを守れないというのはあり得ない経営をしているということになります。

ところがこうしたことを取り締まる労働基準監督官が足りません。

労働基準監督官が、1つの案件を送検するまでに費やす労力は、膨大なものがあります。

その意味で、送検に至る企業は、本当に悪質なものに限定されていってしまいます。

しかし、本来刑事罰を受けるべき企業が、労働基準監督官の人手不足で制裁を受けないというのもおかしな話です。

法を平等にいきわたらせるためにも、労働基準監督官を純粋に増員することは急務だと思います。

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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