NHK土曜ドラマ『フェイクニュース』放送記念 プロデューサー・北野拓インタビュー
本日(10月20日)、NHKで夜9時から放送される土曜ドラマ『フェイクニュース』は、タイトルのとおりフェイクニュースを題材とした作品だ。
物語は、ある中年男性がSNSに投稿したつぶやきから始まり、フェイクニュースが拡散していく姿を大手新聞社からウェブニュースに出向している女性記者・東雲樹(北川景子)の視点を通して描かれていく。
とてもスピード感のある現代的な作品である。
脚本は『逃げるは恥だが役に立つ』や『アンナチュラル』(ともにTBS系)、そして現在放送中の『獣になれない私たち』(日本テレビ系)を手がけている野木亜紀子。
演出は『外事警察』『ロング・グッドバイ』『スニッファー』(それぞれNHK)を手がけた堀切園健太郎。
音楽は『聲の形』や『DEVILMAN Crybaby』といったアニメ作品の劇伴を多数手がける牛尾憲輔。
そして主演は北川景子。
この大胆な座組を実現したのがプロデューサーの北野拓だ。
2016年に宮崎発地域ドラマ『宮崎のふたり』を制作し、ギャラクシー賞10月度月間賞を受賞した期待の新鋭である。
31歳の若手プロデューサーが、どのようなことを考えて『フェイクニュース』というドラマを作ったのか。
ドラマを作るに至った経緯と、北野プロデューサーの経歴について伺った。
NHK土曜ドラマ『フェイクニュース』プロデューサー・北野拓インタビュー
ジャーナリズムとテレビドラマの距離。
―― 『フェイクニュース』の前編を試写会で拝見させていただいたのですが、とてもおもしろかったです。
北野拓(以下、省略)ありがとうございます。すべては作家の野木さんや監督の力です。
情報量が異常に多く、展開も速く、内容をこれでもかと言うくらいに詰め込んで作りました。
―― 前作『宮崎のふたり』が、文芸的な作品だったので、こんなに最先端のエンタメに寄せてくるとは思いませんでした。内容もすごく攻めた内容ですね。
まったく逆ですよね(笑)『宮崎のふたり』を作った後で、ドラマ番組部に異動になりまして、大河ドラマの助監督を一年間やりながら、企画を出していました。
―― 野木亜紀子さんに脚本を依頼された経緯について教えてください。
野木さんとは、去年の春頃にお会いしました。『空飛ぶ広報室』(TBS系)や『逃げるは恥だが役に立つ』といったドラマを見て、エンタメの器の中で、社会的なテーマを描ける方だと思いました。
僕自身も新人時代、報道記者をやっていまして、ずっと、社会的なテーマを、エンタメを通して世に問いたいと思っていました。
そうした思いがあり、今回一緒に仕事をさせて頂くことができたのだと思っています。
まだ枠もとれてない段階で、ドラマを一緒に作りたいです!と連絡して、雑談の中でいくつか企画を提示したら、恋愛や夫婦ものではなく、誤報を正すチームの話をやりたいと言われたのが記憶に残っています。
その後、二人で話す中で、僕自身も関心が高かった「フェイクニュース」の話に行き着き、企画書を書きました。
僕はまだドラマ部では新人なので、野木さんが脚本でなければ通らなかった企画だと思います。
―― 牛尾憲輔さんが音楽を担当されたことも、驚きました。
SNSの世界と親和性の高い電子音楽のミュージシャンを起用したいと考えていました。
音響デザイナーと監督との初回の打合せの際に、すぐに牛尾さんのお名前が挙がりました。
過去の映画やアニメの劇伴を聞いた際に、コンセプチュアルな音も、心情に寄り添う音も、ともに素晴らしい曲を書く方だと感じていたので、新しい才能とお仕事をさせて頂きたいと思い、オファーさせて頂きました。
企画意図とプロットを送るので、ご検討いただけますか?とマネージャーさんにお伝えしたら、題材に興味を持ってくださり、快諾いただきました。
―― 映像と見事に融合していましたね。あまりドラマのイメージがなかったので、驚きました。
牛尾さんの劇伴が「エンタメドラマではあるが、その奥に深いものがある」という今回のドラマの世界観を作ってくれました。
「一滴の水滴が大きな川の流れに」というコンセプトのテーマ曲を頂いた時に、このドラマの世界が広がりました。
牛尾さんの音楽と監督の映像との親和性も高いと思います。
フェイクニュースをドラマで扱った理由。
―― フェイクニュースをめぐる状況をどのようにお考えでしたか?
マスメディアで働く立場として、何をコメントしても批判されるので、避けたいのですが、少しだけお話させて頂くと、僕の同期や先輩の記者もフェイクニュースを題材にした番組を作っていたので、ずっと気になっていたテーマでした。
僕も記者をやっていたので、他人事みたいには言えないのですが、マスメディア自身の責任もあり、“誰もが信じたいものを信じる”時代になってきたと思います。
次々と真偽不明の情報が世の中に発信されて、“事実が嘘に、嘘が事実に”捏造されていくと、最低限の事実が共有できないから議論できなくなっていきますよね。
それで過激な意見が増え、二極化されて、賛成か反対か、善か悪か、という極端な意見ばかりが問われる世界になってきていると感じていました。
僕は新人時代にNHK沖縄放送局にいたのですが、僕が沖縄に居た頃より沖縄ヘイトが強くなっているし、差別的なことを言っても構わないという空気が蔓延していて、フェイクニュースによって分断が起きていると思います。
そんな社会的な事象を何とかドラマにできないかと思ったのが、きっかけですね。
―― 難しい問題ですね。試写会で見た時に、情報に酔っ払うような酩酊感があったのですが、あの感覚って、SNSとかtwitterをずっと見ている時の感覚だと思うんですよね。twitterって、次から次へと新しい情報が入ってくるから、ずっと見ていられるじゃないですか。
このドラマも次から次に論点が出て状況が変化していきます。
情報に振り回されて自分がどこにいるのかわからなくなっていく時って、すごく気持ちいいんだけど、同時にすごく嫌な気持ちになるところもありますよね。このドラマ自体にSNSを見ている時の酩酊感があると思います。
それが、ドラマという虚構の側がSNSを中心に回っている現実に挑んでいるように見えました。
この脚本を映像化するのはホント、大変だったろうなぁと思います。
そのあたりは、監督の堀切園さんが力を入れて作ってくださいました。
SNSの画面一つにしても、リアリティにこだわり、時間をかけて何度も画面担当の助監督と話し合い、丁寧に作っています。
堀切園監督のアイデアでネットメディアのセットもカラフルにするなどして、野木脚本のポップさを表現しています。
その結果、基本はリアリティベースですが、少し寓話の世界が混在するような不思議な世界観になっています。
―― すでに当たり前となっている日常風景のはずなのに、ドラマとして映像化されると、こんなめちゃくちゃな世界で自分たちは生きているんだって、改めて思いますね。
社会性のあるテーマをエンターテイメントにしたい。
―― ここからは、北野さんの経歴について伺います。今までどのようなドラマを見てきましたか?
大学時代は山田太一さんのドラマや山崎豊子さん原作のドラマが好きで、たくさん見ました。
他に好きだったドラマは坂元裕二さんの『わたしたちの教科書』や岡田惠和さんの『彼女たちの時代』や(ともにフジテレビ系)です。
安達奈緒子さんに脚本を書いていただいた『宮崎のふたり』は、山田太一さんのテイストに近いのですが、『フェイクニュース』みたいなテイストは、自分が好きだったドラマとは真逆なんですよね。
―― 現在、おいくつですか?
31歳です。1986年生まれですね。
―― 今、テレビ局のプロデューサーをされている方の中では、若手ですよね。今のテレビドラマの作り手は60年代生まれが中心で、70年代生まれ以降で頭角を現している人が中々いないと思うんですよ。
上の世代の方々がたくさんいるので、チャンスがあまりないからだと思います。
―― 僕は1976年生まれの41歳で、北野さんの一回り上なんですけど、僕ぐらいの年齢、それこそ連続テレビ小説『半分、青い。』(NHK)のヒロイン・楡野鈴愛のような70年代生まれが、テレビが一番華やかだった時代を享受した最後の世代だと思うんですよ。
たぶん、それ以降の若い人たちにとってのテレビは、色々ある中で一番影響力の大きいものの一つという感じで、テレビドラマもすでにそうなりつつある。これは雑誌とWEBの関係とも近いと思います。
だから北野さんは、テレビの最盛期の後で、テレビドラマを作っている世代だと思うのですが、そういう若い方が今、どういう気持ちでドラマを作っているのか、とても興味があります。
僕の場合は、ドラマが作りたいということもあるのですが、同じくらい社会性のあるテーマや題材をエンターテイメントとして見せることに興味があります。
山田太一さんも坂元裕二さんの作品も、背景にある社会性の部分に魅力を感じます。
「テレビは社会の今と切り離すことができないメディア」だと思うので。だから、最初は報道記者になりました。
例えば、野島伸司さんの作品でもトレンディ作品より、TBSで放送していた『未成年』や『聖者の行進』(ともにTBS系)が好きなんです。
記者時代に感じたニュースだと伝えきれないことを、ドラマで描いた方が伝えやすいと考え、ドラマの世界を志しました。
だから、社会性のあまりないドラマには興味をひかれないんですよね。
―― 大学時代はどのような学生でしたか?
大学時代は仲間たちと海外に行ってドキュメンタリーを作ったりしていたので、まずは報道の仕事をやってみたいと思いました。
テレビ局を数社受けて、最終的にNHKに運良く採用されました。
NHKは入社すると、基本的には地方局に配属されるので、沖縄放送局を希望して3年間沖縄で取材をさせてもらったのですが、その時の経験は今の自分のベースとなっています。
―― その後、NHK宮崎放送局に移られたのですか?
ドラマを作りたいと会社に言ったら、すぐにドラマ番組部には行けないので、まずはディレクターの基礎を学んで欲しいと言われ、宮崎放送局に異動して。
そこであらゆるジャンルの番組を作りました。
―― どのような番組を作っていたのですか?
BSプレミアムで放送されている紀行番組『新日本風土記』や、NHK総合で放送されていた『目撃!日本列島』など、ドキュメンタリーをメインに作っていました。
「米軍が沖縄の次に鹿児島、宮崎に上陸しようとしていた」という太平洋戦争の史実を伝える番組や俳優・永瀬正敏さんに密着した番組も作りました。他にも、スポーツ中継、バラエティ系の公開収録、ニュースリポートまで、とにかく何でもやりました。
―― 興味深いのは2013年にラジオドラマの演出を担当された『呼吸する家』です。木皿泉さんが脚本を書かれていることに驚きました。
ハートネットTV(Eテレ)で放送した、空き家を活用した終末期のお年寄りが暮らす“ホームホスピス”のドキュメンタリーを、ディレクターになって最初に作ったのですが、木皿泉さんの『すいか』(日本テレビ系)の世界に似ていると思ったんですよ。だから、ラジオドラマの企画が通った後で、木皿さんに脚本を依頼しました。
最初は「ドキュメンタリーがあるなら、やる必要がないんじゃないか」とも言われたのですが、番組を見たら木皿さんご自身が介護生活をされていることもあって、興味を持っていただいて。
ラジオドラマ『呼吸する家』はとても楽しかったですね。
初演出だったので、木皿さんから「妥協したらあかん」と言われたことが記憶に残っています。
―― 木皿泉さん、安達奈緒子さん、野木亜紀子さんという、脚本家に対する目のつけどころが、ドラマファンのツボを押さえてるなぁと、毎回驚かされるのですが。
とにかく自分が次回作を見たいと思う作家の方にお願いしているからかもしれません。
僕の場合は、まず企画ありきで、企画にふさわしい脚本家の方にその都度、お願いさせて頂いています。
―― 安達奈緒子さんが脚本を担当された『宮崎のふたり』は地域発ドラマでありながら、地方の厳しい現実や寂れた風景が描かれていて衝撃的でした。
今はどこの地方も厳しい現実を抱えているので、それを踏まえた上で地方の魅力を描きたいと思って、安達さんも「それだったら書けます」と引き受けてくださりました。
安達さんは男女の話や女性の内面や夫婦の話は抜群に上手な方ですよね。主婦として生活しながら書かれているから、セリフにリアリティがあるのだと思います。安達さんとはいつかまたお仕事させて頂きたいですね。
―― この二作を並べると作家性みたいなものを感じます。
僕自身に作家性はないです。
とにかく地方局で蓄積した番組作りのノウハウしか自分の中にないので、今取り上げるべきだと思う出来事やテーマを題材にすることでしか企画を立てたことがないので、面白い原作の小説やマンガを探して持ってくるみたいな発想がそもそもないんですよね。
これはやはり、NHK沖縄放送局での3年間の影響が強いですね。目の前で酷い事件がたくさん起きて、不条理な目に合わされている人たちをたくさん見ました。そういう人たちの声を届けたり、権力に対しておかしいことはおかしいときちんと言うことが、報道の役割だと思うんですよね。
だから、ドラマもニュースともっと近い場所にある方がいいというのが、僕の考えです。
―― ありがとうございました。
土曜ドラマ『フェイクニュース』
NHK総合にて
前編 10月20日 夜9時放送
後編 10月27日 夜9時放送
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