詩織さんVS山口氏 元TBS記者「準強姦疑惑」反論の疑問点ー国会で「安倍政権への忖度」の追及を
安倍晋三首相と親しい元TBS記者・山口敬之氏に、若手国際ジャーナリストの伊藤詩織さんが性的暴行を受けたと告発した問題で、伊藤さんは、10月24日、外国人特派員協会で会見を開き、真相の究明を求めるとともに、日本の司法や性犯罪被害者への支援の在り方についての課題を語った。一方、山口氏は10月31日発売の月刊誌『HANADA』(2017年12月号)で、伊藤さんの主張に対し全面的に反論した。ただ、今回の山口氏の主張には自身の過去の主張と食い違う部分もある。
●「不起訴相当」検察審査会の判断への疑問
伊藤さんによると、彼女は2015年の4月、当時TBSのワシントン支局長であった山口敬之さんに、米国での就労ビザの相談のために会った。二人で飲食している間に、伊藤さんは、急に昏倒し、意識を取り戻すと、山口氏にレイプされている最中だったという。被害後、伊藤さんは、彼女の下着から検出された山口氏のDNA、山口氏のホテルへ移動したタクシー運転手の証言やホテルの防犯カメラ映像などの証拠を集め、告発を受けた高輪署も山口氏の逮捕令状を裁判所から得た。しかし、まさに捜査官が山口氏を逮捕しようとしたその時に、警視庁本部の中村格・刑事部長(当時)の突然の指示で、逮捕は見送られた。その後、捜査は警視庁本部捜査一課に引き継がれたが、十分な捜査は行われず、東京検察は不起訴。伊藤さんは今年5月に検察審議会に審査申し立てしたものの、同9月21日、検察審議会は『不起訴相当』を議決した。
検察審査会は小沢一郎氏の強制起訴など、かねてから政治的思惑にその議決が左右されることが指摘されている。今回の不起訴についても、伊藤さんは会見で、以下の点で公正な審査が行われたかに疑念を示した。
- 検察審査会に証人や申立人の代理が呼ばれ、証言することがあるにもかかわらず、伊藤さんや、彼女の弁護士も呼ばれることはなかった。
- 検察審査会は不起訴相当議決の理由について、その内容の具体的な説明はなかった。
- 伊藤さんが山口さんからタクシーから下され、ホテルへ引きずられていく防犯カメラの動画を審査員に見てもらいたいと伊藤さんは主張。だが、実際に動画として証拠が提出されたのかについて、検査審査会は回答しなかった。
- 伊藤さんの申し立てを扱った審査員の男女比は、男性が7名、女性が4名。男女比を半々にするべきではなかったか。
●伊藤さんが望むこと―真相の究明と性犯罪被害者の救済
逮捕令状が発令されていたにもかかわらず、山口氏が逮捕されなかった件についても、伊藤さんは、当時の警視庁本部刑事部長・中村格氏に対し、何故、急に逮捕をやめさせたか、取材を何度も申し込んでいるにもかかわらず、中村氏は取材に応じないと報告。中村氏に対する追及が国会の場でも行われることを期待すると述べた*。
*中村氏については、同氏が菅義偉官房長官の秘書官時代に、テレビ朝日『報道ステーション』に強い圧力をかけていたことを、当時、同番組のコメンテーターであった元経産官僚の古賀茂明氏が指摘している。安倍晋三首相と親しい山口氏が逮捕されなかったことも、なんらかの政治圧力が働いた可能性がある。
会見では、伊藤さんは先月18日に出版した手記『Black box』(文芸春秋社)についても触れ、同著で伊藤さんが最も訴えたかったことは、「捜査や司法のシステムの改正に加え、社会の意識を変えていくこと、そしてレイプ被害にあった人々への救済システムの整備が必要だということ」と語った。伊藤さんは手記の中で、スウェーデンでの性犯罪被害者の病院などの受け入れ態勢を紹介。同国のような性犯罪被害者救急センターを日本でも充実させるべきだと訴えている。また、今年7月に刑法改正を評価しつつ、「被害者が抵抗できないほどの暴力、脅迫があったと証明できなければ、罪に問われることがないという現状は変わっていません」と課題を指摘。3年後の見直し向けて、さらなる議論が必要になること、その議論に自身の手記が役立つことを期待する、と述べた。
●山口氏の反論と、その疑問点
一方、山口氏は月刊誌『Hanada』の記事(2017年12月号)に約20ページにわたり、自身の主張を寄稿。「伊藤さんはホテル内を自力で歩いて、部屋に入った」「汚れたブラウスの代わりに、私が貸したTシャツを伊藤さんは着て帰ったが、レイプ犯の服を着て帰る被害者がいるだろうか?」「ホテルでの件での後もビザについてのメールを送ってきている。被害者がレイプ犯に送るメールだろうか」等と、伊藤さんに反論している。
だが、今回の山口氏の主張には、伊藤さんが被害を受けたとするホテルでの件の後、山口氏自身が彼女に送ったメールと食い違いがある。今回の『Hanada』の記事では、ホテル入室後、トイレに駆け込んだ伊藤さんの描写として山口氏は以下のように書いている。
しかし、伊藤さんが被害を受けたとする晩の約2週間後、彼女に山口氏が送ったメール(2015年4月18日送信)では以下のように書いているのだ。
問題の晩から約2週間後のメールでの文面では、意識がない或いは朦朧としている伊藤さんの服を脱がし、ベッドに寝かせたのは山口氏だ。だが、今回の『Hanada』の記事は、より伊藤さんが「自らの意志で服を脱ぎ下着姿になった」と強調する意図があるのではないか。この描写の食い違いについて、筆者は山口氏に月刊Hanada編集部を通じて説明を求めたが、山口氏からの回答は無かった。今年7月改正前の刑法においても、泥酔し意識がない、あるいは正常な判断能力や抵抗する能力が失われている女性に対し性行為を行い、その女性が被害を申告した場合には、準強姦罪(3年以上の懲役)となる。
●なぜ「泥酔した」女性をホテルに無理矢理連れて行ったのか?
山口氏の他の主張についても、疑問を持たざるを得ない。「伊藤さんが自力で歩いて部屋に入った」ということに関しても、ホテルのロビーの防犯カメラの映像を観ないと第三者には判断がつかないし、山口氏が確保していた部屋のあった2階の廊下には防犯カメラがないため、映像で確認できない。山口氏が貸したTシャツを伊藤さんが着たことについても、ブラウスが濡れていたため、他に着るものが無く仕方なく着たが、帰宅するなり、ゴミ箱に投げ込んだことが、伊藤さんの手記の中で書かれている。またビザに関するメールも、警察への告発に山口氏が気づかないよう、引き延ばしのために伊藤さんやその友人達が内容を考え、送ったものだと、やはり伊藤さんの手記の中に書いてある。また、山口氏は、ホテルの室内と浴室で、伊藤さんが二度嘔吐したとしているが、伊藤さんがホテル側に確認したところ、吐しゃ物を清掃した記録はないというのだ。つまり、問題の晩のホテル室内で起きたことについての山口氏の主張が事実か否か、疑わしいわけであるが、なぜ、山口氏は吐しゃ物にこだわるのか。伊藤さんの「薬物を使用し昏倒させた」という疑いに対し「酒を飲み過ぎただけ」との印象を持たせようとするためだろうか。
そもそも、山口氏は、伊藤さんがタクシー内で「駅で下して」と訴えていたにもかかわらず、ホテルに連れていったことについて、「泥酔した伊藤さんを駅に置いておくわけにはいかなかった」とするが、常識的に考えても、出会って間もない他人同然の女性が体調不調を訴えて帰りたがっているのに、既婚男性が自分の部屋へと連れ込むこと自体が極めて不自然だ。もし、伊藤さんの身体を本当に気遣っていたのであれば、警察や救急に預けるべきだったのではないか。この点についても筆者は山口氏に説明を求めたが、やはり回答は無かった。
本件について伊藤さん寄りの発言をしている東京新聞の望月衣塑子記者やTBSの金平茂紀氏らについて、山口氏は自身のフェイスブックで「一方的な主張をしている」と批判していたが、あくまで自身が正しいと主張するならば、都合の悪い質問にも答えるべきであるし、その主張を裏付ける客観的かつ具体的な証拠を提示すべきだろう。
●伊藤さんと山口氏だけの問題ではない
伊藤さんが被害を受けたとする晩に、何が起きたか。伊藤さんと山口氏の主張は、相反するところが大きい。しかし、そもそも何故、高輪署による逮捕を中止させたかについて、中村氏が伊藤さんの取材にも応じないのであれば、やはり国会での調査も必要となってくるだろう。中村氏の現在の役職は、警察庁組織犯罪対策部長。共謀罪摘発を統括する役職だ。多くの冤罪を生むことになりかねない共謀罪を扱う役職は、人権意識が高く、時の政権とも適切な距離を置ける人物であることが望ましい。その役職に中村氏がふさわしい人物であるか否かと見極めるという点においても、伊藤さんの求める真相究明に、国会は協力すべきであろう。また、日本において性犯罪被害者がその被害を訴えづらいことも事実だ。女性捜査官によるケアや、病院などでの被害者の受け入れ態勢の改善、セカンドレイプやバッシングから被害者を守る社会の意識変革も必要だろう。
(了)