Yahoo!ニュース

ガザ危機「習近平仲介論」がアメリカで浮上

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
出典:2023年10月23日の環球時報(Vitaly Podvitski作)

 中国の王毅外相兼中共中央政治局委員がワシントンで10月26-27日に米国のブリンケン国務長官と会って以来、イスラエル・ハマス戦争に関して「習近平仲介論」が浮上している。ウクライナ戦争も、習近平国家主席が提案した「和平論」が中東に影響し中東和解外交雪崩現象を招いたが、今回のイスラエル・ハマス戦争はそれに対抗したバイデン大統領がサウジアラビア(以後、サウジ)とイスラエルに国交を樹立させようとしたのが直接のきっかけになった。1948年以来のパレスチナ問題を置き去りにしてサウジがイスラエルを認めることをパレスチナは許さなかったのだ。

 ハマスの背後にいるとされるイランに影響力を持ち、イランとサウジを和解させ、イスラエルとも交流のある習近平に、「大規模中東戦争へと拡大しないよう、イランを説得せよ」というブリンケンの王毅への要求が広がった形だ。

 何と言っても中国は毛沢東時代からパレスチナ建国を主張していた。

 ここで習近平が力を発揮すれば、バイデンとしてはさらに面白くないだろう。どんなことをしてでも中国を潰して米一極支配を維持したいバイデンは、一方では対中強硬派のキャンベル調整官を国務副長官に指名した。それでいながら11日からサンフランシスコで開催されるAPECサミットに何としても習近平に参加して欲しいと望むバイデンの矛盾する要求に、習近平はどのように対処するのか、米中覇権のゆくえが興味深い。

◆皮肉にも「習近平仲介論」を生んだ王毅・ブリンケン会談

 米現地時間の10月26日から27日にかけて王毅はワシントンを訪問しブリンケンと会談した

出典:中国外交部ウェブサイト
出典:中国外交部ウェブサイト

 公的には双方はパレスチナ・イスラエル紛争などの国際・地域問題について意見交換し、王毅が主張する「二国家解決策」にブリンケンも同意したとなっている。

 つまりパレスチナという地区から多くのパレスチナ人を追い出して1948年にイスラエルという国を誕生させ国連加盟もさせたが、パレスチナという国家は1988年に建国宣言をしたものの、国連では認められていない(2021年時点で138の国連加盟国が国家として承認している)。パレスチナを国連が承認しイスラエルと同等の主権国家として扱うことによって問題を解決しようというのが「二国家解決策」だ。

 王毅は訪米中にサリバン国家安全保障担当大統領補佐官と会談したり、バイデン大統領とも会談したりしたが、これはバイデンが今月サンフランシスコで開催されるAPEC首脳会議で習近平との会談を希望していることの表れだった。

 また王毅は中国時間28日に米国の戦略関係者とも座談会を開いている。

 一方、こうした公的報道とは別に、イギリスのフィナンシャル・タイムズは、<米国は中国政府に対し、イスラエル・ハマス戦争に対するイランの対応を和らげるよう強く迫った>と報道している。英語ではurge(強制する)という単語を使っている。上から目線だ。

 これが10月17日の<イスラエル・ハマス戦争は中国の外交力を試している 北京「親パレスチナ中立」は紛争の調停に役立つ可能性がある>というForeign Policyの論考と相まって、ガザ危機に関して「習近平仲介論」が浮上するきっかけになったようだ。

◆中国の環球時報「米国は中国に調停を手助けして欲しいと思っている」

 案の定、中国共産党の機関紙「人民日報」の姉妹紙「環球時報」は10月28日、<米国は中国に中東紛争の調停を手伝ってもらいたいのだ>という見出しで、実に多くの海外メディアが、「米国は中国に仲介して欲しいと望んでいる」という趣旨の報道をしていることをまとめている。

 それらのいくつかを列挙してみよう。

 ●ブルームバーグ:米中関係には早急に議論すべき様々な二国間問題があるが、多くの米メディアは、中東情勢は米国側が今、中国と最も議論したいテーマであり、米国政府は中国が中東紛争を調停し、中東のジレンマから脱却するのを手助けすることを期待している。

 ●CNN:中東での戦争の亡霊が迫っている。米中外交トップ間の会談の最も差し迫った焦点は、イスラエル・ハマス戦争と地域紛争の予防だ。

 ●ABC:米中二国間関係には深く掘り下げる必要がある多くの問題があるが、中東紛争が議題の重要な位置を占める。

 ●AP通信:中東と欧州では、世界を変えかねない2つの紛争が起きており、米国は中国との共通点を少なくとも見つけたいと思っている。

 ●ロイター通信:ガザ地区の情勢を受けて米国は中東問題を交渉の最重要課題に据えている。米中の政策アナリストは、中東での、より広範な戦争を回避することが双方の相互利益になると考えている。米国は、中国が「イランに対する影響力」を行使して、イスラエル・パレスチナ紛争が他の地域に波及しないようにすることを望んでいる。しかし、同メディアのインタビューに応じた米中の専門家は、中東に関する米中の立場にはほとんど共通点がないという点で一致している。

 ●ロシアの「イズベスチヤ」紙:米国は中国が中東情勢の調停に協力することを期待している。ロシアの政治学者ペトロジエ・ピロシコは「ワシントンは新たな中東危機に単独で対処することはできない」と述べた。イランとサウジの和解を仲介した中国の成功経験から、米国は中国を調停に巻き込もうとしてきた。しかし、ロシア高等経済大学の専門家であるスースロフは「中東問題に対する中国と米国の立場は全く異なる」と述べた。米国は、紛争の拡大を防ぐ方法はイランを弱体化させることだと信じて、イスラエルによるハマスの破壊を支持している。一方、中国は包括的停戦を提唱し、紛争は「パレスチナ国家樹立」によってしか解決できないと主張している。

 ●ウォール・ストリート・ジャーナル:「中国が中東で米国を支援する可能性」を分析した。米国にとって、中国はロシアやイランよりも強力な潜在的敵であるが、ビジネスにおける利益を共有している。中国は米国を助けるのか? バイデンを中東の苦境から救うことは、中国の最優先事項ではないかもしれない。一つだけ確かなことは、バイデン・チームが焦っていればいるほど、中国の支援の価値があがることだ。

 ●ハンデルスブラット(ドイツ最大の経済商業紙):米国は中国と中東戦争について話し合うことを望んでいる。しかし、中国政府はバイデン政権が対中政策のトーンを変えないことを十分承知しており、特に来年の米国大統領選挙に際し、中国を米国の主要な競争敵対国として扱うだろう。

 ●アメリカのポリティコ:アメリカは、中国を必要としているからこそフェンタニルについて協力的に話し合いたがっているが、技術面、特に半導体に関しては、米国は中国が一定の技術力を獲得しないようにするために、非常に積極的な政策をとっている。中国政府は、米国のこのダブルスタンダードによる分断にうんざりしている。中国の立場は非常に一貫しており、米国が協力する意思があれば協力し、米国が協力する意思がなければ協力しない。

 ●韓慶日報:必要なのは、米国が中国に何らかのオリーブの枝(友好のしるし)を差し伸べて、その態度の真剣さを示すことだ。たとえば、中国製品に対する関税の撤廃や、特にコンピューターチップを含む中国に輸出されるハイテク製品に対する貿易罰則の引き下げなどを実行すべきだ。

◆毛沢東は「パレスチナという国家を建設すべき」と主張していた

 2013年10月9日、中国共産党新聞網は<毛沢東はパレスチナという国家を建国すべき>という趣旨の主張をしていたことを報道している。

 それによれば毛沢東は1970年5月20日「全世界の人民よ、団結せよ!米国侵略者の全ての走狗(そうく)(追随者)を打倒せよ!」という声明を発表している。その中で毛沢東は以下のように述べている。

 ――米国の侵略に抵抗し国家救済のために闘うベトナム、カンボジア、ラオスの最終的な勝利は、中国の断固たる支援と切り離せない。同時に、中国はまた、外国の侵略や干渉と闘うインドネシア、イラク、シリアおよびその他の国々の人民を積極的に支援し、国家の権利とさまざまな正当な要求を回復するためのパレスチナ人民の闘争を支援している。(引用ここまで)

 また毛沢東は1965年に<イスラエルも台湾も、米国の支援という西側帝国主義の血に染まっている>という趣旨のことを言っている。なかなかよく見ていると驚く。拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』の視点と一致する側面を持つ。今般、本コラム執筆のための調査で初めて発見し、誠に驚いている。

 今年10月23日、環球時報は<血に染まった拒否権>というタイトルで、以下のような「血に染まったアンクル・サム(Uncle Sam=United State)のイラスト」(Vitaly Podvitski作)を載せた。

出典:環球時報(Vitaly Podvitski作)
出典:環球時報(Vitaly Podvitski作)

 これは1950年代初期に天津の街角でよく見かけたポスターを思い起こさせた。朝鮮戦争におけるアメリカのトルーマン大統領と、豆粒のように小さな吉田茂元首相が血のしたたる爆弾を中国に投げ込もうとしているイラストだった。

 ああ、あれから変わっていない・・・。

 変わったのは、中国が強くなったことだろうか。だからその中国が米国を超えることなどあってはならない。バイデンは11月1日、国務副長官に対中強硬で知られるキャンベル・インド太平洋調整官を指名すると発表した。

 ギクシャクと矛盾する米国の対中政策は、米国の衰退を示唆しているようだ。折しも国連では10月27日、イスラエル・ハマスの軍事衝突を巡る緊急特別会合を開き、「人道的休戦」を求める決議案を採択した。賛成票121ヵ国の中には中露と数多くのグローバルサウス諸国が入っている。アメリカやイスラエルは反対、日本は棄権している。日本はどこに行こうとしているのか?毛沢東が言った「米国の走狗」として、ウロウロと彷徨っているのではないだろうか。日々進んでいく日本の国力の衰退を憂う。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

遠藤誉の最近の記事