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「歳入庁」創設は実現するか

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
安倍晋三首相(自民党総裁)の直轄組織、党行政改革推進本部の本部長を務める甘利明氏(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

自民党内で中央省庁の再々編構想が急浮上してきた、と日本経済新聞が報じている。

「省庁再々編案が急浮上 『政と官』あり方問う契機に」(日本経済新聞電子版4月6日)

安倍晋三首相(自民党総裁)の直轄組織である党行政改革推進本部の本部長を務めるのが、甘利明・元経済再生担当大臣。首相の盟友だ。前掲記事によると、党行革本部は、2001年の省庁再編の検証を指示し、3月下旬に各府省に文書を出したという。

その省庁再々編構想の中で、財務省から国税庁を分離して「歳入庁」を創設する案も再燃しているようである。森友文書問題に端を発して、「歳入庁」構想に同調する動きが、野党にもある。

「歳入庁」の利点として挙げられるのは、税と保険料の徴収一元化である。日本年金機構が行っている年金保険料の徴収業務も国税庁の国税徴収業務と合わせれば、国民や企業は、国税と年金保険料を一元的に納付できる。確かにそうかもしれない。

では、日本年金機構の年金保険料の徴収業務を、今ある国税庁に集約するという策ではダメなのか?

日本年金機構の徴収業務を国税庁に集約しても、徴収一元化はできる。なのに、「歳入庁」を新設する意味はあるのか。唯一違うのは、国税庁の権限を財務省から奪うことだけである。「歳入庁」構想には、徴収一元化という美名の下に、何が何でも財務省から国税庁の権限を剥奪するのが真意のようにみえる。

徴収一元化を、行政組織改編のコストを最小にして行うなら、日本年金機構の徴収業務を国税庁に集約すれば済む話である。

おまけに、徴収一元化は、「歳入庁」を創設しても解決しない。

なぜなら、地方税と医療介護(一部)の保険料の徴収は各地方自治体が行っているからだ。もっと細かいことを言うと、会社や役所に雇われている人(被用者)の医療介護の保険料は、役所ではなく、それぞれが加入する健康保険組合や協会けんぽや共済組合がそれぞれに徴収している。これらを一元化せずして「歳入庁」ができても、徴収一元化の恩恵はほとんど享受できない。地方税や医療介護の保険料の徴収も一元化しなければ、国民の恩恵はほぼない。

地方税の個人住民税を課される人の数は、国税の所得税を課される人よりも多い。企業も、従業員の個人住民税と医療介護の保険料の源泉徴収や、法人住民税や事業税や事業所税の納付で、相当な事務量が課されている。国税の所得税・法人税と年金保険料の納付事務の比ではない。

では、地方税や医療介護の保険料の徴収も、「歳入庁」に一元化すればよいではないか。もしできればそれはいい。

しかし、自治体の地方税徴収は、自治体の課税自主権に裏付けられたものであり、これを国家機関の「歳入庁」に一元化することは、そもそも自治体の強い反対に遭い実現は困難だ。地方税の中での徴収一元化は、地方税ポータルシステムe-Ltax(エルタックス)の中で既に進められている。

中央省庁の再々編という文脈で、「歳入庁」創設を進めても、徴収一元化という恩恵はごくわずかしかない。

むしろ、「歳入庁」構想の陰に隠れた焦点は、徴収一元化の利点ではなく、国税庁が持つ権限を財務省から剥奪すること、と言ってよい。

なぜ、国税庁が持つ権限を財務省から剥奪しなければならないのか。

国税庁の持つ権限が、政治家を怯えさせているという「都市伝説」がある。国税庁の持つ権限を背後に財務省が政治家を脅している、とかといわれている。そんなに、政治家が怯えるようなものなのか。国税庁を持つ財務省の勢いは、第2次安倍内閣以降めっきり衰えており、財務省はもはや怯える存在ではいないはずだ。

まず脱税をしていなければ国税庁は何も怖くない。とはいえ、国税庁が持つ権限には裁量があり、その裁量が政治家にとって「迷惑」だということはあるかもしれない。国税庁が持つ権限にある裁量と考えられるのは、脱税か否かのグレーゾーンの時に脱税としない扱いにするとか、納税漏れがあっても事を荒立てないようにするとか、といったことだろう。

脱税は論外だが、脱税していない(かもしれない)が、国税庁が持つ権限にある裁量に怯えることがあるなら、国税庁を財務省から分離するよりも、その権限行使に制限をかければよいだけだ。裁量の余地をほぼなくし、オープンに開示されているルールに従って国税庁の業務を遂行させれば済む話だろう。

では、どうやって裁量の余地をほぼなくしルールに従って業務を遂行させればよいか。

国会の議決が必要ない政省令での規定を、国会の議決が必要な法律に盛り込み定めることである。政省令にある権限行使の裁量を制限することである。

国税庁だけでなく中央省庁が持つ権限の裁量は、象徴的にいえば、法律ではなく政省令で規定されているところに源がある。政令や省令は、国会の議決は不要で、法律で定めきれなかった詳細な規定が盛り込まれる。法律の運用は、政省令で事実上決まる。「○○法施行令」という政令があるが、まさにそれである。政省令は、内閣や各省庁の中だけで決めれば執行できる。

法律ではなく政省令で規定する内容が多すぎるから、官僚が持つ裁量の余地が増す。今の政省令で定めていることを(国会の議決を経て)法律で定めて、官僚の裁量を制限することが問題の解決につながる。例の国有地売却など、官僚が持つ裁量の余地が問題を引き起こした。官僚の裁量の余地なく、定められたルールに従って処理するしかない、と事前に決めていれば、あんなことは起きなかった。

政治が判断の裁量権を行使し、官僚は定められたルールに従って業務を遂行するという姿になれば、官僚が自らの裁量で不都合な文書を操作することはできなくなるし、政治が自らの持つ裁量についてその責任のすべてを負うことができる。今の体制では、政治家にも官僚にもほどほどの裁量があるから、結局、無責任体制を助長する。

国税庁の話は、余分な裁量をなくすことで、問題は解決する。余分な裁量がなくなり定められたルールに従い徴税業務を粛々と行う国税庁に、政治家は怯える必要など何もない。怯える必要がなくなれば、国税庁を財務省から切り離すことも無意味になる。

税と保険料の徴収一元化は、国と地方自治体をまたいだ電子納付システムを構築して、ワンストップ化すれば実現でき、「歳入庁」創設に伴うコストは不要になる。為にする組織改編は、国民に何の利益ももたらさない。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

慶大教授・土居ゼミ「税・社会保障の今さら聞けない基礎知識」

税込550円/月初月無料投稿頻度:月2回程度(不定期)

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