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習近平最大の痛手は中欧投資協定の凍結――欧州議会は北京冬季五輪ボイコットを決議

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
建党百周年式典における習近平中共中央総書記(写真:ロイター/アフロ)

 バイデンが主導しようとしている対中包囲網は見せかけが多く軟弱だが、欧州議会がウイグル人権弾圧問題で中国の報復制裁に対して決議した「中欧投資協定の凍結」ほど、習近平にとって手痛いものはない。欧州議会は北京冬季五輪ボイコットをさえ呼びかけている。

◆EUがウイグル問題に関して制裁

 今年3月22日、EU(欧州連合)主要機関の一つである「欧州議会」は、中国のウイグル人権弾圧に対して制裁を科すことを議決した。制裁対象となったのは以下の4人と一つの機構である。

   ●王君正(新疆ウイグル自治区・副書記、新疆生産建設兵団書記)

   ●陳明国(新疆公安庁庁長)

   ●王明山(新疆党委員会常務委員、政法委員会書記)

   ●朱海侖(新疆党委員会前副書記兼政法委員会書記)

   ●新疆生産建設兵団公安局

   (いずれも制裁内容は「ビザ発給禁止および海外資産凍結&取引禁止」)

 ここには悪名高き新疆ウイグル自治区の陳全国・書記の名前がない。

 その意味で、どちらかと言うと、軽い制裁だった。

◆EUの制裁に対する中国の報復制裁

 ところが同日、中国政府は「虚偽と偽情報に基づくもの」としてEUに強く反発し、非常に激しい「報復制裁」を発動した。制裁対象は10人(欧州議会5人、加盟国議会議員3人、学者2人)と4つの機構で、以下のようになっている。

 ●欧州議会議員5人

 ・ラインハルト・ビュティコファー「対中関係代表団」団長(議長)(ドイツ)

 ・マイケル・ガーラー「台湾友好グループ」議長(ドイツ)

 ・ラファエル・グルックスマン「民主的プロセスにおける外国の干渉に関する特別議会委員会」 委員長(フランス)

 ・イルハン・キュチュユク「外交委員会」委員(ブルガリア)

 ・ミリアム・レックスマン「外交委員会」委員(スロバキア)

 ●加盟国議会の議員3人:

 ・オランダ議会のヨエル・ウィーマー・シャエルズマ

 ・ベルギー連邦議会のサミュエル・コゴラティ

 ・リトアニア共和国議会のドヴィル・サカリアン

 ●学者2人

 ・ドイツ人学者Adrian Zenz

 ・スウェーデン人学者Björn Jerdén

 ●4つの機構:

 ・EU理事会の政治・安全保障委員会

 ・欧州議会の人権小委員会

 ・ドイツのメルカトル中国研究センター

 ・デンマークの民主主義財団連合

 (制裁内容:制裁対象の関係者とその家族は、中国本土、香港、マカオへの入国と、中国領土内での商取引を全面的に禁止する。)

 EUが中国に科した制裁が新疆ウイグル自治区に限定され、おまけに人権弾圧の総指揮者である自治区書記の陳全国を除外するという軽微なものだったのに対し、中国の対EU報復制裁は、広範囲の個人にわたっているだけでなく、何といっても4つの機構を制裁対象としたということが大きい。

 特にラインハルト・ビュティコファー「対中関係代表団」議長を制裁対象に入れたことは、欧州議会に大きな反発を招き、中国にとっては手痛い「しっぺ返し」となって跳ね返ってくる結果を招いた。

◆中国の報復制裁に対してEUが中欧投資協定(合意)を凍結

 昨年末、習近平が2013年から7年間もかけて推進してきた「中欧投資協定」が大筋合意に達していたのだが、5月20日に欧州議会が凍結を決議したのだ。

 実はなかなか合意に至らなかったのは、欧州議会で対中関係代表団の団長を務めるラインハルト・ビュティコファーとドイツのメルカトル中国問題研究所が中欧投資協定に強く反対していたからである。

 それでもドイツがEU議長国で、トランプ政権を嫌っているメルケルが首相である間に(そしてトランプ政権である間に)、何としても合意に導きたかった習近平は、EU企業の中国への参入制限を緩和するなどの譲歩を見せて、2020年12月30日に「(包括的)中欧投資協定」の「滑り込み合意」に漕ぎ着けたのだった。

 それまで中国は中欧投資協定に反対する「対中関係代表団」や「メルカトル中国問題研究所」の代表を、中欧指導者会議に参加させないという方向で動いてきたという経緯さえある。

 そこを何とか躱(かわ)して、ようやく大筋合意に漕ぎ着けていたというのに、報復制裁の対象に、この二つの組織の代表をも入れたということが、欧州議会の逆鱗に触れた。

だから欧州議会は5月20日に、「包括的中欧投資協定合意の凍結」を議決したのである。

 欧州議会の第2会派である中道左派の社会民主進歩同盟は、「中国の対EU報復制裁の解除」が、中欧投資協定の審議入りの前提条件だとしている。

 さあ、習近平、どうする?

 まさか振り上げた刀を下すわけにもいかないだろうし、かと言って制裁解除をしなければEU市場を失う。

 習近平としては、アメリカがだめならヨーロッパを中国に引き寄せておけば、中国は安泰だという計算があったにちがいない。

 しかし、ここにきて、ウイグルの人権問題が大きく立ちはだかり、中国の進路を厳しく阻んでいる。

 ラインハルト・ビュティコファーは記者会見で「中国側はひどい計算ミスを犯した」と指摘した上で、「中欧投資協定は少なくとも2年間は批准されない」との見方を示した。

◆習近平、独仏首脳に審議復帰を懇願

 窮地に立った習近平は、建党百年式典が終わるとすぐに、ドイツのメルケル首相とフランスのマクロン大統領に呼び掛け、中独仏首脳のリモート会談を7月6日に行った。

 日本では、独仏が中国に「ウイグル人権問題の解決を迫ったが、習近平からは何の反応もなかった」という形で報道されているが、なんとも偏った偏向報道に呆然とした。

 フランスの報道「20minutes」「Elysee.fr」あるいはドイツの連邦政府プレスなどを見ると、あくまでも「中欧投資協定」と「中欧指導者会議」に関することがメインテーマで、習近平は何とか「中欧指導者会議」を再開し、「中欧投資協定」の審議を再開してくれと懇願している実態が浮かび上がってくる。

 独仏首脳はどうやら「中欧指導者会議の再開」も「中欧投資協定」の審議入りも賛同するが、「なにせ、欧州議会がそれを阻んでいるのでねぇ・・・」というニュアンスの表現で逃げている。

 フランスの報道には、もちろんウイグルの人権問題に関しても話し合ったということが最後に取り付けたように少しだけ書いてはあるが、これは欧州議会あるいは自国民への「主張しましたよ」という「弁明」のようなもので、それがメインテーマとは解釈しにくい。

 そもそもこのリモート会談は習近平が必死になって呼びかけたもので、ウイグル問題がテーマであったような報道をすると、いま世界がどこに向かって動いているのかを見誤らせる。

 中国政府側では、気候変動の問題とか、コロナワクチン普及あるいはアフリカ支援の問題など、10月末にローマで開催されるG20に向けて中国は責任ある行動を取った的なニュアンスで報道している。

◆王毅外相もEUに懇願

 7月8日、王毅国務委員兼外相は、ボレルEU外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長とテレビ会議を行ったと中国の外交部が報じている

 中国政府の報道なので、相当に引き算をして受け止めなければならないが、それを前提とすれば、王毅はおおむね以下のように語っている。

 ――中国とEUは包括的な戦略的パートナーであり、今日の世界における2つの独立した力だ。 われわれには中国とEUの対話と協力の優位性を維持する責任があり、相互利益とウィンウィンを堅持する義務があり、手を携えて地球規模の課題の解決に貢献する自信がある。(中略)「国際秩序」は「小さなグループによる家族のルール」を押し付けるべきではなく、「国連憲章を基準とした国際システム」によって形成されるべきだ。

 対してボレル氏はおおむね以下のように応答している。

 ――中国の急速な発展は客観的な事実であり、EU側は中国と制度的な対立をするつもりはなく、「新冷戦」や小さなサークルにも賛同しておらず、欧中関係を不安定に陥れるつもりはない。 EUと中国の協力関係は基本的かつ戦略的なものだ。欧中が強固な関係を築くことは双方の利益につながる。EUは中国との接触と対話を再開したいと考えている。EU-中国(中欧)投資協定の発効は双方の利益にかなうものであり、そのために協力したい。

 以上が中国外交部による報道で、EU側の報道は、それとニュアンスを異にする。

 EU側報道によれば対談は以下のような内容であったらしい。

 ●両者は3月22日の中国の報復制裁に関して率直な意見交換を行った。

 ●ボレル氏は香港・新疆ウイグル自治区の動向に関するEUの懸念を強調した。

 ●EUと中国の交流のチャンネルは開かれている必要がある。

 ●王毅外相はボレル氏の中国訪問を改めて要請した。

 ●ボレル氏はEU・中国戦略対話を秋口に開催する用意があると表明した。

 (以上)

 いずれにせよ、中国の焦りと憂慮が見て取れるではないか。

◆EUが北京冬季五輪ボイコット

 そのような中、追い打ちをかけるように、同日(7月8日)、欧州議会は2022年北京冬季五輪への出席を見送るようEU加盟国の政府関係者に求めることを決議した。

決議に法的拘束力はなく、さらに2022年北京冬季五輪への「各国政府代表や外交官の招待を辞退する」よう求めているにすぎないので(すなわち、選手派遣をボイコットしているわけではないので)、インパクトはそれほど大きくない。

 またEU27ヵ国のうち18ヶ国は「一帯一路」加盟国なので、予断は許されないものの、EUの対中行動には注目したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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