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弓矢に投石、火炎瓶…暴徒化する香港の学生デモ 未来ある若者を暴力に駆り立てる中国共産党支配の恐怖

木村正人在英国際ジャーナリスト
暴徒化する香港の抗議デモ(写真:ロイター/アフロ)

習主席が指示した「慈悲なき」取り締まり

[ロンドン発]返還から50年の2047年に中国の「一国一制度」に移行する香港で学生の抗議デモが火炎瓶を投げたり、弓矢や投石機で警官を負傷させたりするなど暴力化しています。

将来を賭した彼らを突き動かすのは中国共産党支配への恐怖心です。「暴力はいけない」と批判するのは平和ボケの日本だけに通用するナイーブな議論です。

米紙ニューヨーク・タイムズは、分離主義を根絶する中国共産党の恐怖支配を白日の下にさらす403ページにのぼる内部文書をスクープ。過去3年間、新疆ウイグル自治区で行われたウイグル族やカザフ族ら約100万人の強制収容所や刑務所への収容などの弾圧政策が生々しく記されています。

【スクープのポイント】

・習近平国家主席はウイグル族過激派が駅で150人以上を刺し31人を殺害した数週間後の2014年4月、新疆ウイグル自治区を訪れ、取り締まりの基本方針を伝達。習主席は独裁権力を行使して慈悲なき取り締まりを実施し、過激派によるテロ、浸透、分離主義を一掃することを求めた。

・海外でのテロ発生とアフガニスタン駐留米軍の削減は中国指導部の不安を高め、弾圧に拍車をかけた。英国でテロが発生したのは「治安より人権」を尊重する政策の失敗と考え、習主席は01年の米中枢同時多発テロ後の米国の「対テロ戦争」を見習うよう共産党に促した。

・新疆ウイグル自治区の強制収容所は16年8月に陳全国氏が同自治区の党委員会書記に任命された後、急速に拡大。陳氏は強制収容所の拡大を正当化するため習主席の演説文書を配布し、檄を飛ばす。

・地方当局者は、弾圧が民族間の緊張を悪化させ、経済成長を減速させることを恐れた。これに対し陳氏は、強制収容所から数千人を解放した地方幹部を投獄するなど邪魔立てするグループを追放した。

同化を強いられるイスラム教徒

中国共産党幹部は「新疆ウイグル自治区のウイグル族がアフガンに行き、イスラム過激派にテロの訓練を受けている」「アフガンから新疆ウイグル自治区にテロが広がっている」との懸念を公に示しています。

これに対して『一つの時代の終わり 権威主義の復活が中国の台頭を妨げる』の著書がある米フォーダム大学のカール・ミンズナー教授(専門は中国の法律と政治)は英シンクタンク「ヘンリー・ジャクソン・ソサイエティー」で講演した際、こう指摘しました。

「ウイグル族がアフガンのテロリストキャンプで訓練を受けていることを示す証拠は少ししかなく、そんなに多くない」

「中国の他の地域とは明確に異なる新疆ウイグル自治区には大きな重圧がかけられている。中国共産党に従っていることを示すためにイスラム教徒も酒を飲み、ラマダン(イスラム教徒の断食月)に食事を取り、イスラム女性もベールを脱ぐよう強要される」

「同じような傾向は地下に追いやられた中国のキリスト教コミュニティーにも見られる」

陳全国という男

中国共産党が主導するイスラム教徒の弾圧が若者をアフガンに追いやり、テロリズムを拡大させているとの批判もあります。弾圧の先頭に立つ陳全国氏とは一体、どんな人物なのでしょう。

チベット自治区の人権問題と民主化に取り組む国際団体「チベットのための国際キャンペーン(ICT)」のホームページに陳氏のことが記されています。

河南省出身。11年、胡錦濤国家主席(当時)にチベット自治区の党委書記に任命され、1989年の大規模デモに対して戒厳令を敷いた胡氏と同じようにチベット弾圧で頭角を現し、チベット自治区と新疆ウイグル自治区での強硬姿勢で注目を集めるようになりました。

【陳氏の足跡】

11年5月、チベット自治区の党委書記に任命

11年8月、革新的な治安システムとして300~500メートルごとに“簡易”警察署を導入。碁盤の目(グリッド管理)のように配置した“簡易”警察署を拠点に地域社会を完全に管理下に置く

11年10月、2500人の警察官を募集。このうち458人はラサに新設された新しい警察署に配置

11年秋~16年、1万2313人の警察関連職を募集。それまでの5年間に募集されたポストの4倍以上

11~15年、チベット自治区の「傑出」した7000人以上の党員が1787カ所のチベット仏教の僧院に送り込まれる。2万人以上の党員と幹部をチベット自治区の村と町に派遣

16年8月、新疆ウイグル自治区の党委書記に

「血統の破壊、ルーツの破壊、連帯の破壊、起源の破壊」

陳氏の目的はチベット族とウイグル族の「血統の破壊、ルーツの破壊、社会的な連帯の破壊、起源の破壊」だとICTは指摘しています。陳氏はチベット自治区で実践した革新的な社会監視システムにさらに改良を加えて新疆ウイグル自治区に移植しました。

イスラム教徒ウイグル族コミュニティーの各戸に貧困支援を名目にQRコードを貼り付けました。スマートフォンでスキャンするだけでそこで暮らす人々の個人情報にすぐにアクセスできるようにして管理を強化しました。

“簡易”警察署による「グリッド管理」システムは潜在的な脅威となる個人のプロファイリングとターゲット設定が行われています。

人工知能(AI)を活用してすべてのチベット族とウイグル族を対象にし、最先端の顔認識システムを使用して「少数民族」と漢民族を区別する新しい技術を活用。顔認識を使う中国の防犯カメラ企業ハイクビジョンは米国とオーストラリアで禁輸対象になっています。

拷問の手段として「オオカミの歯」や「トラの椅子」と呼ばれるスパイクの付いた棍棒が使用され、地域社会に恐怖を植え付けます。

その一方で、陳氏がチベット自治区で主導した中国人とチベット族の結婚促進政策は新疆ウイグル自治区でも取り入れられ、中国人とウイグル族の「ペアリング」計画が進められています。

ターゲットにされる学生

NYタイムズ紙がスクープした内部文書からは、中国共産党が、ソーシャルメディア(SNS)を使いこなす学生に神経を尖らせている様子がうかがえます。中国共産党は学生たちを忠実な「傑出」したウイグル族の公務員と教員に養成しようとしています。

中国の他の地域で学んだ学生は幅広いネットワークを持ち、メッセンジャーアプリWeChat(微信)やミニブログサイトWeibo(微博)の扱いに慣れています。

中国共産党にとって不都合な情報を拡散されたら、取り消すのは非常に難しくなります。このため学生たちの家族を強制収容所に収容した場合の想定問答まで周到に用意していました。

香港の学生たちが暴力に走るのは「一国一制度」に移行すれば、自分たちもチベット自治区や新疆ウイグル自治区と同じ運命をたどることが分かっているからです。そして台湾の若者たちも「香港の次は台湾」と危機感を募らせています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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