コロナ予防接種カードは「免疫パスポート」として使えるか 集団接種が始まった英で論争
最初に接種を受けたのは90歳の女性
[ロンドン発]新型コロナウイルスの感染者が173万人、死者が6万1千人を突破したイギリスで8日から米ファイザーと独ビオンテックが開発したワクチンの集団接種が始まりました。論争を呼んでいるのが、2回の接種を忘れないようにするための「予防接種カード」です。
臨床試験以外で最初にファイザーとビオンテックのワクチンの接種を受けたのは北アイルランド・エニスキレン出身の女性マーガレット・キーナンさん(90)。英イングランド中部コベントリーのユニバーシティ病院で接種を受け、「とても光栄です」と英BBC放送に語りました。
50病院で集団接種を始めたNHS(国民医療サービス)イングランドのサイモン・スティーブンス最高経営責任者(CEO)はこれに先立ち「ワクチン接種は新型コロナウイルスとの戦いにおける決定的なターニングポイントになるでしょう。予防接種は少なくとも来年の春まで続きます」との見方を示しました。
一部の国では感染症の拡大を防ぐため入国時にはポリオや黄熱病などの予防接種証明書が求められます。コロナ予防接種カードは使いようによってはワクチン接種で免疫されたことを証明する「免疫パスポート」として使用できるため、人権団体が「国民総背番号制への道を開く」と早くも猛反発しています。
予防接種カードには「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防接種を忘れずに」「このカードを財布に入れて保管して」という注意書きがあり、裏面に1回目と2回目の「ワクチンの名前」「接種日」などの記入欄が設けられています。しかし住所、氏名、生年月日などの個人情報は一切含まれていません。
こうしたカードはイギリスではヒトパピローマウイルス(HPV)などの予防接種ですでに使用されています。2回目の接種のリマインダーになり、予防接種後に気分が悪くなった時に医師や看護師に提示するそうです。常時携帯は義務付けられていません。
「ワクチンパスポート」「IDカード」メディアも錯綜
予防接種を受けた人は社会的距離政策などのコロナ規制から解き放たれるのか、航空会社や映画館、スポーツスタジアム、レストラン、パブ、バーは予防接種カードの提示を求めて接種していない人の搭乗や入場、利用を拒否できるのか――という論争が沸き起こっています。
英衛星放送スカイニューズ・テレビで「ワクチンパスポート」と説明する女性キャスターに対してジェームズ・クリバリー英外務担当閣外相は明確に否定せず、予防接種カードについて「人々の生活を解放する」と答えました。
メディアの報道も「IDカード」「常に携帯しなければならないコロナウイルスカード」「新しいCOVIDカードが必須になるのか、一種の“免疫パスポート”として使用されるのかは明らかではない」と錯綜しています。
こうした混乱を受け、マイケル・ゴーブ内閣府担当相はBBCに「免疫パスポートは計画していません」と断言しました。「どうか先走らないで下さい。免疫パスポートは私たちの計画にはありません。現段階で私たちがしなければならない最も重要なことはワクチン接種が必要な人に確実に行き渡るようにすることです」
イギリスでは都市封鎖(ロックダウン)や飲食店の営業制限など社会的距離政策に加え、大量検査と接触追跡アプリを組み合わせた「テスト&トレース」作戦を展開していますが、なかなか新型コロナウイルスの感染を上手く制御できていないのが現状です。
ワクチン接種を展開する新しい保健担当閣外相に任命されたナディム・ザハウィ氏はBBCにこう説明しました。
「もちろん自分のかかりつけ医(GP)にカードで予防接種を受けたことを知らせることができます。しかし、またレストランやバー、映画館、その他の会場、スポーツ会場も(テスト&トレース)アプリで行ったように、おそらくそのシステムを使用することになるでしょう」
「サービス提供者は“あなたが予防接種を受けたことを示して下さい”と言うでしょう。私たちはテクノロジーを可能な限り簡単でアクセスしやすいものにします」
予防接種カードは社会をさらに分断する
英人権擁護団体リバティは英大衆紙デーリー・メールに「予防接種カードを持っていない人は、必要不可欠な公共サービス、仕事、住宅へのアクセスを妨げられる恐れがある。こうした人たちはもともと社会的弱者で、今回のコロナ危機でさらに困窮している」と警鐘を鳴らしています。
カードは「国民総背番号制の道を開く」上、自由なイギリス人と締め出されるイギリス人の二層化を進めかねないとの指摘も浮上しています。
オーストラリアは今回のパンデミックで国民、永住者、その家族以外は入国禁止になっています。豪カンタス航空はすでに「予防接種は国際線には必要不可欠になるだろう」「海外旅行者向けに利用規約を変更することを検討している。飛行機に乗る前に予防接種を受けるようお願いする」との方針を示しています。
航空業界団体IATAの医療顧問は英紙フィナンシャル・タイムズに、新型コロナウイルスの蔓延が少ない国や地域では「旅行者に健康状態の証明を要求し始める可能性は非常に強い」と話しています。
コロナ危機はそれでなくても分断している世界を完全に閉ざしてしまいました。世界経済フォーラムとコモンズプロジェクトは検査による陽性、陰性、ワクチン接種の有無を示すデジタル証明書を使った「コモンパス」フレームワークの開始に取り組んでいます。
ファイザーワクチンで最大6カ月の免疫
ファイザーとビオンテックのワクチンは今月2日、英医薬品・医療製品規制庁(MHRA)から緊急使用を承認されました。第3相試験で95%の予防効果、65歳以上でも94%の有効性が確認され、最大6カ月の免疫がつくと考えられています。
イギリスのコロナワクチンの接種は強制されていません。個人の自由意志に委ねられています。イギリスでの接種の優先順位は次の通りです。
(1)介護施設の高齢者(42万5千人)と職員(最大150万人)
(2)80歳以上(330万人)と医療従事者、ソーシャルワーカー(150万人)
(3)75歳以上(220万人)
(4)70歳以上(330万人)
(5)65歳以上(340万人)
(6)16~64歳の心臓病・高血圧・糖尿病など高リスクグループ
(7)60歳以上(370万人)
(8)55歳以上(430万人)
(9)50歳以上(470万人)新年1月中旬以降
この9グループで、第1波で死んだ人の最大99%をカバーしているそうです。新型コロナウイルス感染症に脆弱なグループは高齢者、男性、肥満、喫煙者、心臓病・高血圧・糖尿病の基礎疾患のある人です。
(おわり)