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日中首脳会談開催に向けて――岸田外相と王毅外相および李克強首相との会談を読み解く

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
4月30日に中南海で会談した岸田外相と李克強首相(写真:ロイター/アフロ)

4月30日、岸田外相は午前中に王外相と午後は李首相と会談した。王外相が日中関係悪化の原因は日本側にあるなどとしたのに対し、李首相はやや対等だった。会談の目的は日中首脳会談開催にあり、中国側の姿勢を読み解く。

◆王毅外相の「上から目線」――日本は歴史を直視せよ!

岸田外相は中国の王毅外相の招聘に応じて、4月29日から5月1日まで中国を正式訪問した。4月27日、中国の外交部報道官が「宣布」という言葉を使って表明した。国際会議以外で日本の外相が中国側の正式招聘を受けて訪中するのは4年半ぶり。それも日本側の要請により、ようやく実現した形だ。

中国側は最初から「日本があまりに強く希望するので、仕方ないから受け入れてやる」という姿勢だった。

29日に北京入りした岸田外相は、30日午前に北京にある釣魚台の国賓館で王毅外相と会談した。

そのときの写真を見ていただいても分かるように、王毅外相は「笑ってはならない」とばかりに、ニコリともせず「厳粛な表情」を保ち続けている。

挨拶の冒頭に熊本地震への見舞いの言葉は述べたものの、それ以降はひたすら「上から目線の言葉」を岸田外相に投げ続けた。動画(の一部)をご覧になりたい方はこれをクリックしてみていただきたい。王毅外相が岸田外相に言った言葉を列挙してみよう。( )内は筆者。

●ここ数年来、中日関係は絶えず紆余曲折して波乱が多く、低迷状態に陥ってきたが、その原因がどこにあるか、日本は自分でよく分かっているだろう。(日本が歴史を直視しないことが原因だと非難し、安保関連法案・南シナ海問題に関するアメリカとの同調など指していることになる。)

●日本は両国関係を改善したいという希望を提起し、あなた(岸田外相)も第一歩を踏み出したいと言っているが、もしあなたが本気で真心から誠意を示すならば、われわれは歓迎する。

●中日両国は隣国で、われわれも日本と安定的で健全な友好関係を保ちたいとは思っている。しかしこの関係は必ず「歴史を直視する」という基礎の下に築かれなければならない。日本はその約束を厳守するという基礎の下で協力的な両国関係を打ち立てるべきで、対抗という基礎の下に両国関係を構築しようと思ってはならない。

●中国には「聴其言、観其行(その言葉を聞くだけでなく、その行いをも観察しなければならない)」という古い言葉がある。

●私は今日、あなたがどのようにして日中関係を改善しようと思っているのかを聞く用意があるが、しかし日本側が本当に行動の上でも実行するのか否かを観察していきたい。

と、まあ、こんな具合だ。

この言い回しはないだろうと受け止める日本人は少なくないと思う。中国のネットでも、さすがに「王毅外相、ちょっと威張り過ぎじゃないのか?」というコメントがあるほどだ。しかし圧倒的多数のユーザーは「王毅、いいぞ! 威勢があって、実に勇ましい!」とか「王部長(外交部長=外相)の話は実に精彩を放っている!」あるいは「日米は虚偽の国家だ。民主を旗頭にしながらアジアの安定を乱している!」などと、王毅外相に礼賛の声を送っているものが多い。

王毅外相の高圧的態度は、こういった中国人民の目を意識したものであろうことは明白だ。王毅外相は駐日本国の中国大使にもなったことがあり、流暢な日本語を操る「親日派」だった。そういうイメージを払拭しなければならないという「すさまじい努力」が、彼の表情と言葉から滲み出ている。

もう一つは、身分の低い王毅外相(中共中央政治協委員ではない)に高圧的な姿勢を取らせておいて、李克強首相自身は比較的おうようであるという姿勢を見せる中国の戦術と見ることもできる。

さらに深く読めば、それは来るべき日中首脳会談における習近平国家主席の安倍首相に対する表情(笑顔の度合い、あるいは厳しい表情の度合い)を模索するためのものとも解釈できるのである。

岸田外相は王毅外相に対して、「中日会談が長きにわたって途絶えているということは、望ましいことではない。ぜひ、より頻繁に往来できる関係に戻していきたい」と述べ、冷静だった。

二人の外相間では南シナ海問題も話されたと思うが、中国では公表されていない。

岸田外相も会談後、「日本の立場を述べた」と言うに留めている。北朝鮮問題では意見の一致を見たようだ。

◆割合に対等だった李克強首相との会談

30日午後、岸田外相は中南海の紫光閣で李克強首相と会談した。その時の模様は、「中華人民共和国中央人民政府」が開設する「中国政府網」に書かれている。

中央テレビ局CCTVでも30日午後7時(日本時間8時)のニュースで放映した。

中国では党内序列の順番に沿ってその日の出来事を放映することになっているのだが、この日の習近平国家主席(党内序列ナンバー1)の大きなニュースがない。そこで29日に習主席が開催した中共中央政治局学習会における一帯一路の講話を最初に報道し、次に党内序列ナンバー2の李克強首相のニュースとして岸田外務大臣の顔が中国全国放送で一斉に報道した。

李首相は王外相ほど高圧的でなく、割合に穏やかな表情で岸田外相と握手を交わした。岸田外相も王毅外相と会ったときは、「笑顔の日本の外相と厳しい表情の中国の外相」という対比が目立ち、その心地悪さで学習したのか、岸田外相が笑顔を控えたことが見て取れ、対等という印象を与えた。

会談内容も、李克強首相は「ここ何年か、中日関係は遠回りをしてしまったが、目下の両国関係には改善の兆しが見える。その基礎はまだぜい弱ではあるものの、双方はそれぞれの責任感を以て両国関係を正しい方向に導かなければならない」と、「双方」の努力が必要と強調し、決して「責任は日本側にある」といった高圧的なことは言わなかった。口調も表情も穏やかで、「四つの政治文書の遵守」を求めるに止めている。

「四つの政治文書」とは「1972年の国交正常化」「1978年の日中平和友好条約」「1998年の中日共同声明」および「2008年の戦略的互恵関係に関する共同声明」の四つを指す。2014年11月7日に行われた日中首脳会談で双方が承認し合った。

岸田外相も、この「四つの政治文書に基づく原則の遵守」には賛同の意を表しており、さらに積極的に環境対策や防災対策など5つの分野で協力を強化していくことを提案した。それに対し、李克強首相も賛同する考えを示している。

その上で、両者は「大局的な観点から日中関係を改善していくことが重要だ」「世界経済の安定に向け、協力を強化すること」などで認識を共有した。

ここで重要なのは、李克強首相が最後に「中日首脳会談」の必要性に触れたことだ。

◆目指すは日中首脳会談

岸田外相の役割は、要は安倍首相と習近平国家主席による首脳会談の早期実現に向けた外交日程の調整を進めていくことにあったと言っていいだろう。

実は王毅外相との会談後、李克強首相に会う前に、岸田外相は中南海で楊潔チ国務委員(中共中央政治協委員ではない)と会談している。

そのときの二人の表情の対比も、とくとご覧いただきたい。彼もまた、「日本に笑顔を見せてはならない」とばかりに、必死だ。

楊国務委員は「中日関係改善の情勢は、目下、まだぜい弱で複雑だ」「日本が中国と向かい合って行動することを望む」「両国はパートナーシップを重視し、互いに威嚇とならないこと」などとし、その上で「日中首脳会談の早期実現」を目指すことで一致した。

9月4日と5日に浙江省の杭州市で開かれるG20首脳会議における日中首脳会談や年内に日本で行われるであろう日中韓首脳会談における日中首脳会談などが念頭にあるものと思われる。

ただ、2015年末の日韓外相会談において慰安婦問題にケリをつけたことが、中国は気に入らなくてたまらない。したがって今では「日中韓」という組み合わせを嫌う。以前は「日中韓」ならば「中韓」が組んで「日本の歴史問題」を糾弾できると喜んでいたが、今は逆転してしまった。北朝鮮の暴走のせいで、韓国のパククネ大統領が、アメリカの言うことを聞くしかなくない所に追い込まれたからだ。いま「日中韓」という組み合わせになれば、「日韓」が組み、中国は歴史問題(特に慰安婦問題)をカードにできなくなる。

このように、北朝鮮の暴走が中国の「歴史カード」の威力に微妙な影響を与えているのは、なんとも興味深いサイクルである。

日中首脳会談が持たれることはもちろん悪いことではなく、両国関係が改善されるのは歓迎すべきだろう。

ただし、歴史を正視しなければならないのは中国の方で、中国共産党が日本軍と共謀して強大化し、その結果、現在の中国、すなわち中華人民共和国が誕生した事実を忘れてはならない。

中国がこの真実を見る勇気を持たない限り、中国国内における言論弾圧が消えることはなく、日中両国民に真の(対等な)友好と幸せをもたらすこともないだろう。いま日中の良好な関係を希求するのは、いかなる必要性に基づいているのかを、正直にみつめる良心を互いに持ちたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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